85 夢をひとつ見つけて
ステージフェスティバルのオーディションは、放課後に小会議室で行われた。今年度は10の枠を、31の組が争っているらしい。数が多すぎるため、オーディションは急きょ、2日間に分けて行われることになった。
小会議室前の廊下には、生徒たちが列をなしている。オーディションの参加者たちと、様子を見に来た生徒たちで、混雑もいいところだ。
今年はまったくノータッチの陽佑だが、去年の文化祭(仮称)のオーディションも、審査員はつとめず、今と同じように廊下で聞いていたものだった。
山岡たちの番がやってきて、小会議室での演奏が廊下にまで響きだすと、みんなぎょっとして体を震わせた。陽佑はびくっと頭を上げた。
このギターは……山岡だろうか。
「すごい」
陽佑は口走っていた。
ロックはよくわからない。というより、そもそも音楽も楽器もおよそ詳しくない陽佑である。音楽の教科書でリコーダーを吹くのがせいぜいだ。が、そんな自分でもよくわかる。演奏が、去年のものとは段違いにうまくなっている。特にギターの音が……どう表現すべきか。深みというか、音の濃度が増しているというのか。
騒がしかった廊下は、静まり返っていた。誰もが、漏れ聞こえてくる曲に圧倒されていた。素人でさえ、聴覚を通じて体の奥をゆさぶる音の質が、ただものではないと感じ取っている。演奏が止むと、廊下の生徒たちは思わず拍手していた。陽佑も、彼と同じように階段に座っていた生徒たちも、立ち上がって手を叩いていた。
やがて小会議室から出てきた山岡たちは、廊下でなおも拍手を続ける生徒たちに驚き、照れたように、ありがとう、と言った。彼らは、リーダーの山岡の机がある3年2組の教室に引き揚げた。
「すごかったな」
陽佑は、教室で山岡たちに素直な賛辞を贈った。
「聞いててくれたのか」
「そりゃ聞きたいよ。去年と全然違う」
「だろー。去年の3年の、あのバンドは超えたと思うぜ」
「手ごたえは、あったな」
「今年はイタダキでしょ」
「いけるいける」
橋本も相葉も宮野も、ほぼ合格を確信している。
「猛練習、したんだな。すごいや」
陽佑は率直に感心した。運動会のデコレーション以来、山岡は乗りに乗っている、という感じだ。山岡はにっと笑った。
「3組の
「えーと……」
陽佑は少し挙動に迷った。顔も名前も知ってはいる。直接関わった覚えは……いや、ある。確か去年の文化祭(仮称)で……。
「去年の文化祭のオーディションに、3年女子がフラメンコ踊るってんで、来てたろ?」
「ああ、覚えてる」
「あれ、ギターの伴奏してた奴はおれらと同学年だったんだよ。あれが大下」
「あ、そうだ、そうだったっけ」
「あれから、ギターつながりで仲よくなってな。フラメンコギターってどんな感じなんだって聞いたら、基礎ってほどじゃないけど、手ほどきというか、さわりだけちょっと教えてもらったんだ。あれスゲエ難しいのな。よくあんなの弾けるなって、びっくりした。指がもげるかと思ったよ。でもせっかくだから、自分の弾き方に応用できる部分はないかなと思って、いろいろ研究してみた」
「それからコイツのギター、すっげー深みが出てきたんだぜ。コク、みてーな」
双川が山岡を親指で示して、太鼓判を押す。デミグラスソースみたいだな、と宮野が茶々を入れる。
「去年の文化祭がなかったら、こうはなってなかっただろうな」
そう言って、山岡はどこかへ視線をさまよわせた。
陽佑の企画によって、思いもよらない共通項を持つ生徒同士が知り合い、刺激し合い、新しい方向性を見出していく。まさにその流れを自身で目撃して、陽佑は心の芯が震えたような気がした。
……ああ、そうだ。こうなればいいと願っていたことが、叶いつつある。
俺は、――これが見たくて、去年必死になっていたんだ。
……やって、よかったんだ。充足感が、陽佑の心のひだをゆっくりと染め上げて行く。
「
ふたつ? 陽佑は小さく首をかしげた。ひとつは去年のこの時期から聞いてはいるけど、もうひとつってなんだったろうか。……まあいいや。
「ステージでまとめて返してもらえそうだね」
「おうよ、10倍とはいかねえけど、演奏で3倍くらいには返してやるぜ」
リーダーがそう言い切ると、バンドのメンバーたちも、忘れるなよと言いたげに顔を見合わせて笑った。
「結局、バンド名どうなったの?」
「『for YOU』だってよ」
照れくせーわ、と双川が、きまり悪そうな顔を向こうへそむけた。
「山岡がつけたんだ。ユー、じゃなくて、ヨウ、って読むんだぜ」
相葉が言って、橋本が陽佑を指さした。
「え」
とっさに振り返ると、山岡は少しばかり、照れたようにつぶやいた。
「……おれ、プロのギタリスト、目指してみようかな」
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