84 アップデート

 運動会が終わってから、陽佑ようすけのところには何度も、文化委員たちがやってきて、去年のあれはどうすればいいかと質問してきたものである。陽佑はあくまで、去年はこうやったよという説明に徹し、前回のことにとらわれず適度にブラッシュアップしてやってほしいという立場を心掛けた。


 各出演者の持ち時間は、どうやらフレキシブルに割り振られているようだ。たとえば一組につき5分間という持ち時間を割り当てたとしても、演目によっては5分もいらないという人もいるし、逆に5分ではどうしても足りないという人もいる。そこで文化委員は、取りあえずの持ち時間を通知した上で、応相談、としたのである。なるほどステージフェスティバルの開始時間と終了時間さえきっちり守れば、中の区切りは文化委員会の裁量でかまわない。そのかわり出演者との綿密な打ち合わせが必要になってくるが、文化委員はその労を厭わなかった。このやり方によって、出演者を去年より倍増させることができたし、例えば演劇部などは去年より長い持ち時間を確保できたようである。文化委員会は各出演者に、大まかな持ち時間を通知し、本番中は予想外のアクシデント等により前後する場合がありますのでそこはご了承のほどを、と言い添えたのだった。もちろん出演者がわに異存はない。いい考えだなと長谷部はせべに伝えたら、去年があったからこそだよ、と返ってきた。


 また、同じ文化部でありながら美術部が参加できないことについて、なんとかならないかという声があったらしい。イメージデザインを担当するようになったというほか、演劇部は、舞台の背景に美術部員が製作した絵や彫刻を飾ったり、またコーラス部やブラスバンド部の舞台に光などの演出を美術部員に担当してもらったりと、ステージへも意識して参加できる部分を増やしているようだ。


 今年度の文化委員は、陽佑の覚書や去年のアンケートを精査して、さっそくのアップデートに成功しているように見える。それでかまわないと陽佑は思う。自分のやり方を毎年なぞってくれなくていい。もうこの企画は、陽佑のものではなく、学校のものなのだから。去年、自分はイチからこれを作った。アラや反省点が出るのは当然だ。去年のステージをたたき台にして、どんどんいいものに、その時代が必要としている形に、変えていくべきだ。いつか誰かが、各クラスごとに教室で何か企画もやればいいのに、と言い出すかもしれない。ならばその部分は、その人に立案して頑張ってもらえばいい。時代の流れが中学校の生徒の質にも影響しているというなら、そのときの生徒の質に合わせた行事にすればいい。合わなければやめてもいい。いつかまた、誰かが「やらないか?」と声を上げるまで。


 どうやら、たたき台をひとつ提供した、という点に関してだけは、胸を張っていいのかな、という気が、陽佑にはしてきた。



 ……そんな文化委員たちの働きを見て、はっと陽佑の脳裏にひらめいたものがあった。「運動会から騎馬戦をなくそう」というキャンペーンを企画すればよかったのだ。交渉相手は学校か生徒会執行部かわからないが、成否はともかく、生徒たちに呼びかけて行動を起こすことはできただろう。文化祭(仮)を立ち上げることだってできたのだから。なぜ、運動会の前に思いつかなかったのだろうか。終わってしまってから、しかも3年生が始めたところで、どうするというのか。「受験生のくせに暇な奴だ」と呆れられるのがオチである。まさしく祭りの後ならぬ後の祭り、いやいや俺いったい何をつぶやいているんだ……下級生よ、不満があるなら戦って勝ち取ってくれ、未来の希望はお前たちのものだ。文化祭(仮)の企画とは異なる、あまりにも虚しいだけの無力感に打ちのめされて、俺ってやっぱりぼんやりした馬鹿だと思う一方、3年生としての運動会は終わってしまったからどうでもいいか、という気持ちも否定できない陽佑だった。

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