83 無力であること

「ステージフェスティバル開催 オーディション参加者募集」


 そんな見出しのポスターが、校内に貼り出された。去年より前倒しされたマラソン大会と、生徒会執行部の改選が終わって間もなくのことだった。主催は生徒会と文化委員会。開催日は11月下旬で、オーディションはその2週間前。完全に、2学期の文化委員が決まってから動き出したのだろう。その方が賢いな、と陽佑ようすけは思った。去年はまったく初めてだったから、試行錯誤しながら早めに動いていたのだが、来年度以降は来年度の都合で決めてくれればいいと思っていた。激戦だったという文化委員の座を勝ち取り、今年もやろうぜ、と思った生徒が多かったらしいことは、ちょっと嬉しい。ただ菊田きくたたちは、本人が悔しがっていた通り、自分たちで文化祭の運営に携われないままの降板となった。あれ以来菊田は言動にあらわすことはないけれども……。


 ポスターは、モダンアートな雰囲気のデザインだった。後で聞いたところによると、生徒会執行部と美術部が話し合って、美術部が作成した、今年度ステージフェスティバルのイメージデザインで、今後チラシやプログラムなどにも使用されるのだということだ。美術部が関われる部分を増やしたのである。


 それにしても。

「ステージフェスティバル、か。そうか、そんな名称でよかったんだ」

 うんうんと頷いて、陽佑はしみじみと感心した。文化祭といえば秋という呪縛に捕らわれてしまうが、ステージフェスティバルならあまり季節を気にしなくてすむ。去年は名称のことまで気が回らず、「文化祭(仮称)」のままで開催になだれ込んでしまったことが、こうなると死ぬほど恥ずかしい。

「感心するトコ、そこなのか?」

 連城れんじょうがやや呆れ気味に、陽佑をながめている。


 今年度のステージは、演劇部とブラスバンド部とコーラス部はもちろんオーディションなしで参加するようだが、有志枠で出演できる数が10組と、去年より倍増している。連城は「こうなると思ってたから、もう準備も半分終わってるぜ」と、目を輝かせていた。今年もオーディションに参加する気のようだ。例のファッションショーかとたずねると、もちろん、と力のこもった答えがあった。今年はちゃんと衣装を作るのだとか。山岡たちバンドメンバーも、すでにポスターの前で闘志を燃やしている。今年こそバンド名を決めなくてはならないのではないだろうか。ほかの生徒たちも興奮気味に、掲示板の前で騒いでいた。


 陽佑は、現在文化委員ですらなく、今年度は完全にノータッチである。しかし、2学期が始まってすぐ、文化委員の長谷部はせべから、去年の文化祭(仮称)の準備の覚書を見せてほしいと頼まれて、これでよければとノート一式を文化委員会に寄贈した。あと1、2年も続けることになれば、陽佑のノートなぞもはや必要なくなるだろう。もちろん、そこまで続かず頓挫することになるかもしれないが、それは陽佑が判断するべきことではない。


「根付くといいね」

 隣から話しかけられたのでそっちへ首を向けると、梅原が立っていた。連城も気づいて、よう、と声をかける。

「さあ、どうかな」

 陽佑は軽く首をかしげた。

「俺はあくまで、枠を作っただけだから。盛り上げるのは参加する人たちだから、俺がどうのこうの言えることじゃない」

「また、謙遜しすぎ」

「そーだそーだ」

 梅原と連城に言われて、陽佑はなんだか落ち着かない気持ちになった。

「これだけたくさんの人が、1年楽しみに待ってたってことでしょ。それに、ゼロから枠を作ることが、いちばん大変なことじゃないのかな」

「ゼロからじゃないよ。前例はあったんだし」

「ずっと前に途絶えちまったものじゃねーか。それを掘り起こして、新しい形で復活させた功績はやっぱ、それなりに大きいと思うぜ」

「そうそう」

 去年の発起人は、無言で頭をかいた。どう反応していいかわからず、しばらく間をおいてからようやく、ありがと、とだけ口にした。


 でも。

 ……文化祭は一度すたれたのだ。学校側の都合なのか、生徒が望まなくなったのか、結局判然としなかったけれど。またそのうち、文化祭というかステージの開催意義が問われるときが、必ずくるだろう。そう遠くない未来で。陽佑の在学中はもってくれたようだが、卒業後のことまではわからないし、どうしようもない。そのときがきたら、生徒たちは何を思うのだろうか。

 続いたら楽しいだろうけれど、是が非でも続けてほしいとまでは思わない陽佑だった。時代が変われば事情も変わる。そのときまで陽佑は責任が持てない。それに結局、文化系クラブの発表方式は従来のままがよかったという生徒も、きっといるはずなのだ。すべての生徒が今の方式に満足しているとは思えない。去年、池田がこぼしていたように。


「とりあえず、ね」

 梅原が陽佑の目をのぞきこんできた。秋の金色の日差しを照り返す水面のような瞳に、奥の奥を読み取られてしまったような気がして、陽佑はうろたえた。

桑谷くわたにくんは、新しい行事の定礎を作った。それが生徒の大多数に喜んで受け入れられて、恒例行事になりつつある。その骨組みを作り上げたことは、桑谷くんの実績で、実力なの。それを受け入れればいいの。オッケー?」

「…………うん」

 軽くのけぞって、陽佑は口数少なに応じた。ふと梅原の、柔らかそうな唇に目が向いてしまった。頬が熱を帯びるのを感じる。たぶん誰にも気づかれていないだろうけれど。無理やり視線を引きはがすと、梅原の向こうで連城が、声を立てないように笑っている。陽佑はせいぜいにらみつけた。


 だけど。だとしても。

 ……去年の文化祭は、半分梅原が手伝ってくれたようなものだ。

 梅原が、バンド見たいなと言ったから、なら準備は俺がしようと、腹を括れた。梅原が、桑谷くんならできるよと言ってくれたから、俺は自分でも思っていなかったような強い態度で、生徒総会に臨むことができた。

 俺は、梅原に手を引いてもらったようなものだよ。自分じゃ何もできやしない。

 陽佑は足もとに目を落とし、小さく笑った。

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