23 つないだ手を

 さて、綱引きが終わると、借り物競争である。陽佑ようすけは、1年生の部、第2走者であった。第1走者は広沢という女子だったが、「ホウキ」という課題に手こずり、4位に沈んでしまっている。

 陽佑は軽く深呼吸して、スタート位置についた。走るのは、速くも遅くもないと、自分では思う。これは課題で難易度が大きく変わるから、走力だけ云々してもしかたがないのだ。ピストルの合図で飛び出し、4人中3位で、課題の書かれた紙が入れられた封筒を取る。

「同級生1人」――これが、陽佑の課題だった。

 運営に携わったり審判をしていたりと、その場を離れられない生徒は不可だ。陽佑は緑組の応援席を振り返り、大急ぎで駆け寄ろうとした……矢先、急ブレーキをかけた。どうしたわけか、梅原が、トラックのすぐ外にいて、こちらに声援を送っている。確か彼女は得点係をつとめていた。おそらく持ち場を交代して応援席に戻る途中で、借り物競争が始まったのだろう。

 当然ながら応援席よりこちらの方がずっと近い。


 ――ラッキーにもほどがあるというものだ。


「梅原、来てくれ!」

「えっ」


 ごく自然に、陽佑は左手を伸ばして、梅原の右手を握っていた。感慨にふけっている暇はない。右手の課題を彼女に示しながら、先に立って走る。梅原は「同級生1人」の文言を確かめると、ひとつうなずいて、陽佑に負けないよう足を速めた。ほかの走者が驚く速さ、いや早さで、陽佑と梅原は手を取り合ったまま、ゴールテープを切った。1位だ。

「ありがとな」

「どういたしまして」

 課題をチェックされた後、お役御免となった梅原はにっこり笑って、応援席へ帰っていった。1位の待機地点に誘導される頃には、第3走者である2年女子がもうスタートしている。陽佑は呼吸を整えると、余韻の残る左手を見つめた。……触れてしまった。きわめて合法的(?)に。

 温かくて、柔らかくて。

 指が細くて。

 一緒に走りながら、握り返してきて。


 …………洗いたくないな。


 いいことがひとつあった、陽佑だった。別に手をつないで走る必要はまったくなかった、という理性には、目をつぶってもらうことにして。



 エキシビションとなる教員リレーが和やかに終了すると、最重要競技ともいえる対抗リレーが行われる。各組の精鋭が結集した最後の決戦で、無論陽佑などは出る幕はない。緑組は、1年代表として、女子は陸上部の布村ぬのむら、男子は同じく陸上部の森本が力をふりしぼったが、あえなく最下位に終わり、総合得点によって決まる競技の部での優勝は心もとなくなってきた。これで全競技が終了したことになる。得点板には覆いがかけられていた。結果発表までのお楽しみというわけである。



 生徒たちは一旦各教室に引き揚げた。準備時間のうちに着替えなどを済ませ、応援合戦に備えるのだ。各組とも、工夫をこらした揃いの衣装に着替える。大半が制服の流用だが、工夫次第でいろいろできるものだ。緑組の女子は、白地(不要なシーツを集めたものらしい)に緑をあしらったスカートを履いている。そして男女とも緑のスカーフを首元に結ぶ。実は生地が何種類かあって、緑の色合いも人によって違っていたりするし、形もけっこう歪んでいる。首に巻いて結ぶから、遠目にそこまではよくわからないというレベルであるが。この衣装に連城れんじょうは何か思うところがあるのか、しきりに首をかしげていたが、口に出しては何も言わなかった。


 応援合戦は黄組、青組、緑組、赤組の順に行われた。打ち合わせで聞かされていなかった3年生の寸劇などがあってから、音楽が入ってダンスとなる。あとはもう、練習した通りに踊るだけだ。なにせ1年生は指示された通りに動くので精いっぱいなのだから。しかし、こうして初めて参加した応援合戦は、競技の部とは少し違った高揚感があった。


 そのままの恰好で閉会式を迎える。緑組は、競技の部で最下位、応援合戦の部で2位、デコレーションの部で3位と、いまひとつぴりっとしない結果に終わってしまったが、1年生はむしろ、やっと無事に終わったという気持ちの方が強かったかもしれない。初回の運動会は、こんな感じか、というものだ。2年後――果たして彼らは、どんな運動会を作っていくことになるのか。今はただ、あー片づけ作業がめんどくさいな、という感想の方が大多数を占めている。

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