64 生徒会長の憂鬱

桑谷くわたに、おれ、文化祭に関われなくなったよ」

 ……ある日の放課後、珍しくバレー部にも生徒会室にもさっさと行かず、ぐずぐずしていた生徒会長の菊田きくたが、陽佑ようすけに話しかけてきた。心なしか、肩をすぼめて。


「え……どうして。今年度、文化祭やらなくなったの?」

 リュックを机に置いたまま、連城れんじょうとしゃべっていた陽佑は、驚いて姿勢を起こした。

「いや、やるよ。学校側と今年度の行事予定の協議するときに、おれが真っ先に確保した」

「どういうこと?」

 連城も、きょとんとした目を丸くして、菊田を見つめている。

「見ろよ」

 菊田が指さした先には、年間行事予定表が掲示されている。春先に全員に配布されたのと同じものだ。

「去年とはだいぶ、日程変わってるだろ」

「ああ……今年は11月末になったんだよな、確か」

 陽佑は改めて行事予定をのぞきこんだ。2学期が、去年とはずいぶん変わったなと思ったのを覚えている。文化系クラブそれぞれの発表会がなくなったかわり、文化祭は11月末になり、その分マラソン大会が前倒しされるなど、いくつかの行事が組み替えられているのだ。

「ほら、10月に執行部の改選があるんだ」

「うん、確かそこは去年と同じだったよな…………あれ?」

 ようやく気づいた。

「執行部の改選があって、その後……文化祭?」

「そういうこと」

 菊田は力なく、ポケットに両手を押し込んだ。

「今年の文化祭をやるのは、改選された新しい2年生の執行部だ」

「あ…………」

 陽佑は小さく声を上げた。連城がわずかにのけぞる。

「いや、わかってるんだ。学校は文化祭を学校行事として認可した。これからも続けていくために、時期としてはここがいいというのを、検討して11月末にしたんだ。今後のために、その方がいいんだろう」

 菊田の視線が床に落ちた。

「……引き継ぎたかったよ。この手で」

 ポケットにおさめた手を、菊田は引っ張り出して、ながめた。

「わかってるよ。新しいイベントを定着させるために、最初の頃は割を食う部署があるのは仕方ない。調整のためなんだ。これからのためには、その方がいい。わかってる、けどさ」

 菊田は、プライドが高く負けず嫌いで知られていた。計算高いとまで陰口を叩いている同級生もいるほどだ。その菊田が、……ほころびている。陽佑も連城も、どう言えばいいのかわからなかった。やりきれない瞳で天井を見上げ、無言で嘆く菊田に、かけられる言葉は何もなかった。


 執行部改選の時期は決まっている。これを別のタイミングに動かすためには、規約の改正と生徒総会の賛成多数が必要だ。陽佑が文化祭を提案して生徒総会で賛成されたのとほぼ同じ手続きだ。というより、規約の改正ならもっと面倒かもしれない。今からそれを行ったとしても、今年度の文化祭、というより執行部改選に間に合うのだろうか。


「改選の時期は動かせないのか?」

 食い下がるように連城が、陽佑の思案と同じことを菊田に直接たずねた。現役の生徒会長は寂しそうに首を振った。

「理論上は可能だ。生徒総会で議決を得ればね。でも、11月末に文化祭やって、その後で執行部が交代という流れにすると、12月に選挙のための日程を確保する余裕はないらしいんだ。試験もあるしな。1月にするしかない。3年生が執行部を引退するのに、1月は遅すぎるというのが学校側の判断だ。この点についてはおれも異議はない」

「……………………」

「悔しい」

 とうとう、会長がこぼした。

 菊田もきっとわかっている。というより、わかりたくなくても、わかるしかないのだ。陽佑はいたたまれなかった。誰が悪いわけでもない。学校も、陽佑が始めた文化祭を今後も守ろうとしてくれているのだ。だからこその日程変更だったのだ。だけど……。

「ありがとな、菊田」

 ……そう言うしかなかった。

 ――そんなに、思い入れてくれて、……ありがと。


 黎明れいめい期なればこそのひずみに飲みこまれてしまった、ひとつの小さな期待。とむらう言葉を、陽佑はそれしか見つけられなかった。

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