21 出撃準備?

 運動会では、男子のみの競技として、騎馬戦がある。オーソドックスな、騎手のハチマキを取れば勝ち、というやつだ。

 陽佑ようすけはあまり乗り気でない。もともと運動会で喜び勇んで参加できる競技はあまりないのだが、それでも、早くゴールに入れば勝ちとか、明確でスポーツマンシップなルールが定められているものはまだいい。ところが騎馬戦ときたら。いやもちろんルールはあるのだが、その中につかみ合いが公然と含まれているのが、どうも陽佑は好きになれない。闘争心丸出しでつかみ合いの格闘戦、というのが、性に合わないのだ。しかも体格の関係上、陽佑はもう騎手になることが決められている。まさにつかみ合いの当事者になるわけで、陽佑は当初からげんなりしていた。こうした状況で闘争心が燃え盛る性質ではないのである。なんでこんな競技がまだ残ってるんだ、なくなってくれればいいのにと思うのだが、あいにく陽佑に呪術の能力はそなわってなさそうだった。


 緑組の男子で模擬戦が始まったのだが、陽佑は小声で「あー……」とつぶやいて、すっかりやる気をなくしてしまった。参加者はみんな、激しい闘争に突っ込んでいく。あんなとこに混じってケガしたらやだな、というのが陽佑の偽らざる心境である。3年生からはしきりにげきが飛ぶ。「おいそこの1年、ちゃんと参加しろ!」……言われてしまった。しょうがないので、馬役に指示を出し、迂回して、騎馬戦ダンゴの側面からそーっと近づいてみようとしたのだが、飛び出してきた2年生が立ちはだかり、あっという間にハチマキを取られてしまった。


 ……そうだ、逆にこれでいこう。早めにハチマキを取られてしまえばいいのだ。やる気がないと思われても仕方がない。どうすればいいかわからないまま、まごまごとそのへんをうろつくよりは、味方の足を引っ張らずにすむのではないだろうか。どのみちワンサイドゲームなどあり得ず、犠牲者は必ず出るのだから、自分が犠牲者の役を担当すればいいのだ。ようやく合図で模擬戦が終了したが、誰かの馬で左サイドを担当する連城れんじょうがへとへとになっているのが見えた。それでもやっぱり、騎手より馬の方がよかったなと陽佑は思う。


 騎馬戦にくらべたら、応援合戦のダンスの方がよほどいい。ダンスはあまり経験がないけれども、つかみ合いがない分だけずっと気が楽だ。とにかく自分が練習すればどうにかなる。途中、男女ペアで踊るところが何箇所かあり、そのペアは身長順によって決められた。陽佑の相手は田村という女子生徒になった。梅原は絶対無理だろうとあきらめていたので、あまりがっかりしなかった。連城の身長なら梅原の相手役になれるのではないだろうか。練習の合間にちらっと見てみると、残念なことに2人ほどのズレがあり、連城は美濃部みのべと踊りつつ、梅原がサッカー部員の樋口ひぐちと踊るのを横目でながめるはめになっていた。


 そのほか、多足リレーの練習が、合間を見て行われた。陽佑は5人ムカデの前から2番目になっており、5人で足を縛り合わせて「せーの」で走る、というか歩き出す。これがけっこう難しい。


 ある日の組集会で、応援合戦の衣装がレジュメで説明された。衣装といっても金も材料も時間もなく、実際に作って配られるのは女子のスカートのみであり、あとは各自で制服をいじって用意しておくように、とのことだった。スカートも現在製作中だという。男子は、制服の長袖シャツを加工するのだが、袖と裾に縫い上げて細工しなければならない部分があり、大半の男子が「げー」と小さな声を上げた。こんなときこそ連城の出番である。彼はレジュメを読み込んで、「わかったけど、この解説はちょっとわかりづれーな」とひとりごち、シャツを抱えてまごつく裁縫不得手な男子のために、衣装説明会を開催した。

「ここをこーやって折り上げて、ここに待ち針をブッ刺して固定。糸は白。ここんとっから縫い始めて、こう。歪んでもかまわねえ。どーせ応援合戦の間だけもちゃいいんだから」

 おお、と感嘆する男子の中には数名「連城やってくれ」と丸投げしようとする不届き者も数名いたが、陽佑が穏やかに「連城はクラス委員だ、過労で殺すつもりか?」と諭して各自でやるよう促した。また、どうやったのか、女子に依頼する要領のいい奴も数名いたようである。


 そのほか、陽佑は選択競技として、玉入れと借り物競争に出場することが決まっているが、こればかりは練習のしようがない。ぶっつけ本番である。もっとも選択競技はだいたいそうだ。綱引きも障害物リレーも。


 そう、選択競技の出場者も、応援時の1年2組代表も、大野が出てくることですんなり決まった。学年応援代表という地位を、体育委員の野村から打診され、改めて連城からも依頼された大野は、軽く戸惑ったようだったが、たまたま居合わせた陽佑の方をちらっと見ると「おう」と短く返事した。そこから先は大野の本領発揮である。欠けていた競技の出場選手枠は埋まった。まだ要領がわからず、わらわらとまとまらずにいる1年2組を、ジョークでどっとなごませて輪の中に囲い込み、輪の端を体育委員の野村にさっと渡す。ほぼ全員にウケて、誘導しているという実感が、大野のひび割れた部分をみるみる修復していくのが、陽佑にもわかった。


 大野はもう、梅原のことを気にしていないように見えた。あからさまに無視するのではなく、さりげない無視に変わってきた。梅原もさりげなく大野をやり過ごしている。……これがあのふたりのちょうどいい距離感なのだろうか。仕方がないのかもしれない。一度粉々になってしまった関係なのだから。

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