20 祭囃子(まつりばやし)
各委員が決まってまもなく、中学校は全校を挙げて運動会の準備モードに入った。生徒たちは浮足立ち、校内の空気が陽気で張りつめたものへと変化していく。運動会の運営にメインとなるのは生徒会と各クラスの体育委員だが、クラス委員もサポートに回される。
4色のチームに分かれての結団式は、早々に行われた。赤、青、黄、緑の4色のチームに分かれるのだ。1年2組は、2年2組、3年2組とともに、緑組と決まっていた。体育館裏で行われた緑組の結団式では、キャプテン、副キャプテン、応援合戦リーダー、デコレーションリーダー、各クラスの体育委員が紹介された。
運動会の中で、「応援合戦」という種目がある。各組に順次出番が与えられ、所属する全員で自由にパフォーマンスを行って、審査を受ける。何をやってもいいのだが、たいがいどの組も音楽を使ってダンスを行うのが通例だった。もちろん持ち時間ぴったりとはいかないので、前後にほんのちょっとしたパフォーマンスを工夫して、調整する。他の競技とは独立して採点されることになる。もちろん持ち時間より早すぎたりオーバーすれば減点対象だ。内容と衣装と手際と時間と、3年生の腕の見せどころである。
デコレーションというのは、チームの応援席に設置される巨大な看板である。各チームで運動会当日までに描き、当日にこれも独立して採点される。競技や応援合戦とは違い、運動会当日までのところで、ほぼ出来上がってしまう部門だ。
結団式ではキャプテンから、いくつかの連絡事項が伝達された。各クラスからデコレーションの看板を描くための人員を「供出」することなどだ。次いで、応援合戦のダンスのためのグループ分けがなされ、それぞれ指導にあたる3年生が紹介されて、さっそく練習が開始された。以後は、昼休みも放課後もダンス練習に割かれることになる。そのくらいのペースでないと間に合わないのだ。
クラスでは、体育委員とクラス委員の進行で、デコレーションの看板製作にあたる生徒の選出と、運動会各競技の参加選手を決める話し合いがなされた。最初にクラス全体で、絵が得意な看板製作の作業を担当する生徒を3人選ぶ。次に、1年生全体競技となる「多足リレー」の組み合わせを決める。今度は男女で分かれ、徒競走の走る順番や、騎馬戦の組み合わせや、選択競技の出場者を決める、という具合である。放課後にはまた3年生から応援合戦の練習に招集がかかっているので、あまり時間はない。
そして応援合戦の練習が終わると、そのままクラブ活動というわけで、世の中にはタフな人種がいるものだ。
「今日もか? たいへんだな」
陽佑は、連城と野村に声をかけた。2学期の男子体育委員は野村だ。各競技の出場選手がまだ決められていない部分がある。この手の話し合いでは、茶々を入れてふざけ倒し、話し合いを台無しにしてしまう奴がいることもある。また進行役も不慣れで手際が悪かったりして、最後まで決めきることができなかったのだ。その上3年生からは矢継ぎ早に指示が出され、競技の間に行う応援の代表者を決めろの、競技の出場者は生徒会だけでなくキャプテンにも提出しろの、あれもやれこれもやれで、体育委員はオーバーヒート寸前である。そんなときのためにクラス委員がサポートにつくのだが、頭数さえ増やせばどうにかなるものと、そうでないものがあり、後者については女子も含めた体育委員とクラス委員と4人で「うーん」とうなるしかない。
「あのさ」
差し出がましいけど、と前置きして、陽佑は提案してみた。
「応援代表、大野にふってみたらどうだ?」
え、と連城と野村が、陽佑を見つめた。
「あいつ、ああいうの向いてないかな? それと、選手決める話し合いも、大野に助けてもらった方がいいと思う。ふざける奴がいたらあいつにまとめてもらって、そこですかさず野村が話を進める、みたいな分業してみたらどうかな。もちろん女子の同意も必要だけどさ。野村、大野と仲いいだろ? 打診してみたら」
ああ! と野村は顔から霧が晴れたような表情になった。
簡単に相談をまとめてしまうと、野村は大野を捜してバスケ部の練習している体育館へ行き、連城は久しぶりに陽佑と一緒に下校することになった。といっても、放課後のダンス練習を経ているので、1学期よりもだいぶ遅い時刻だ。
「よかったのか? ……大野のこと」
連城は、割り切りきれていない様子で、陽佑にたずねた。
「俺もよくわかんね。確信があって言ったわけじゃないから」
陽佑は正直に暴露した。
「けど、あの才能は、活用しないと損だと思う。お祭り好きそうだし、それに――」
9月上旬はまだ暑い。それでも陽佑の顔は上気しない。
「――あいつも少し、自信取り戻す機会があっても、いいと思う」
「……自信喪失しているようには見えねーけど」
「うん、俺もそう思う。でも……なんていうか、…………うまく言えねんだけど」
まるで言葉を掘り起こすように、陽佑は不器用に両手を動かしながら話した。
「あいつら……ああいう姿をクラスのみんなに見られて、疑心暗鬼になってないかな、って思うんだ。自分たちがクラスでどう見られているのか、みたいな。ちょっとした役を、クラス公認でまかされたら、あいつ張り切るんじゃないかな。もう、調子に乗り過ぎたらだめだって自制は働くだろうし。働かなかったら野村あたりが止めるだろ」
「梅原がどう思うやら」
「まさか怒ったり抗議したりしないだろ。どんなだろうと、大野は大野で生きていかなきゃいけないって、梅原だってわかってるさ」
生きていかなきゃって、そんな壮大な話でもないのだが。
「優しいな、お前は」
「どうかな。これで失敗すれば見限られるだろうって、けっこう冷酷な視点で言ってるかもしれないぞ」
「…………どーしたよ」
陽佑が珍しく、疲れたような笑顔になったので、連城は少し驚いた。
「わかんね。自分でもわかんね。大野をどう思えばいいのか」
「……………………」
終わりかけた夏の日差しも、さすがに黄昏に征服されつつあった。
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