06 プロジェクト

 先週末、地上波のチャンネルで映画「タイタニック」が放送されていたというので、昼休みに女子数人がテラスで「タイタニックごっこ」をして遊んでいた。


 各教室には、廊下と反対側にもうひとつドアがあり、校庭に面したベランダになっている。1階にある1年生の教室のものは、ベランダというよりテラスの造りで、手すりや囲いがなく、校庭に直接降りられる段差がついている。もちろん教室やテラスでは上履きなので、ここから直接校庭に下りることは平時は禁止されている。非常時には避難経路として活用されるのは当然のことだ。


 タイタニックごっこというのは、男性役と女性役のふたりで、公開当時話題になったあの、舳先のラブシーンを再現して遊ぶという、それだけといえばそれだけの遊びだ。きゃあきゃあと騒いでいるうち、大野がテラスへ出て行って「オレが男性役やってあげようか」などと言い出したので、より一層騒がしくなった。退屈なので机からテラスをぼんやり見ていた陽佑ようすけは、大野がテラスに現れた時点で見るのをやめ、視線を転じた。と、やはり同じタイミングで見物をやめたらしい梅原が、立ち去りかけるのを見つけた。ああ、と陽佑は思った。大野が楽しくふざけているところなんて見たくないんだろうな。見つかったらまた「なに見てんだ」とか難くせをつけられかねない。なんであの男は、梅原にだけ、あんな態度に出るのだろうか。


「梅原、タイタニック見た?」


 ……俺、今なに言った?


 梅原が、ちょっと驚いたように振り向いた。


「あ、びっくりした。うん、見たよ」

「俺も。女子って、ああいうシーンがいいのかな、やっぱり」


 話しかけながら、陽佑自身が自分にびっくりしている。なんで俺は……いきなりこんな話をふっているのかな。


「うーん、あたしはね、あのシーンの方が好きだな。出航してまだ日が浅いときに、男性役ふたりが舳先で、世界はオレのものだぁー! って叫んでるところ」

「ああ、あれか」


 ……陽佑も正直、ラブシーンよりそっちの方が好きだ。しかし、あのシーンが好きな女子って、あまり聞かない。


「変わってんなー……あ、いや、女子であのシーン好きって珍しいなと……」

 言ってから、しまったと思ったが、もう遅い。が、梅原は傷ついた様子も見せなかった。


「ううん、あたしよく言われるの。好きなものとか気になるものとか、女子とあんまり重ならなくて、ぽかーんとされちゃって、話止まっちゃうの。なんか感性がズレてるみたいで」


 ……今さら、そんなことないだろ、とは言えない。


「じゃ、ほかに好きな映画の話とかも、女子とは話題にならない?」

「……好きな映画というかね……好きなシーンがあって……これも女子にはわかってもらえないんだけどね……」

「え、なになに」


 陽佑は身を乗り出した。もう少し聞いてみたい。梅原の感性が多少はわかるようになるんだろうか。……知らない映画を出されたらそれまでなのだが。


「うーん、でもこれ、だいぶ古い映画なのよ。知ってるかなぁ」


 梅原が挙げたタイトルは、実際かなり古い、カンフーアクションスターの映画だった。


「それ見た!」

 思わず陽佑はぱんと手を叩いて、立ち上がってしまった。オンデマンドの見放題サービスで視聴した。やった。話についていけそうだ。


 梅原は、好きというよりやってみたいシーンとして、映画冒頭のあるアクションを話した。自転車で出勤してきた主人公が、ぱっと飛び降りると、自転車だけがまっすぐ滑走して、自転車置き場の柵にがしゃーんと突っ込む、というものだった。


「あれか!」

「知ってる?」

「覚えてる覚えてる」


 即座に陽佑の脳裏に、思い浮かんだ情景がある。制服で自転車を漕いで登校してきた梅原。ぱっと飛び降りると、自転車はそのまま直進し、学校の自転車置き場に、他の自転車を蹴散らして突っ込んで行く……。


「でも、学校の自転車置き場って、それができる構造じゃないんだけどね」


 そういう問題だろうか。


「それと、言っときますけど、スカートの中はレギンスとか、ちゃんと履いてますから」

「そんなの期待してねえよ」


 ……まったく期待してないといえば、嘘になるだろうか。実にくだらない疑問点が見出されてしまった。


「女子はそんな昔のカンフーアクション映画なんて見ないんだよね。それこそみんなぽかーんだよ」

「ふうん」


 まあ、そうかもしれない。女子とは話が合わないって、こういうことか。女子の生態もよくわからんけど、こういう馬鹿げた話で盛り上がれる相手がいないって、そりゃ苦痛で、居場所が見つからないかもしれないな。……ほんの少しばかり感傷的な気分になりかけたとき、あ! と梅原がいきなり声を上げた。


「だめだ。ヘルメットかぶってるもん。いつ脱ぐんだってことだよね。せっかくうまく飛び降りても、ヘルメット脱いでカゴに置きに行ったら、ただの間抜けだし。……自転車漕ぎながらヘルメット脱いでカゴに入れて、…………カッコよくないか」


 即座に陽佑の脳裏に、思い浮かんだ情景がある……。


 ……だめだ。耐えきれず、陽佑は盛大に吹き出した。


「……そんなに笑わなくても」

「わ……笑わずに、いられねえ」


 陽佑は遠慮もできず、体を折って、爆笑した。

 こいつ、面白すぎる。飽きない。なんて面白い子なんだ。

 

 よくわからないが、何かが陽佑のツボに入った。不満そうな梅原にはすまないと思ったが、止められない。おかしくて仕方がなかった。

 

 ……女子の発言でこんなに笑い転げたのは、初めてかもしれない。

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