07 図書当番
礼もそこそこに、
今日ははじめて、図書当番に入るのだ。ホームルームの繰り上げは陽佑の意志ではできないが、急ぐに越したことはない。一緒に当番に入る3年生の
「ああ、桑谷くん?」
「はい、よろしくお願いします」
神妙に挨拶した。
照明をつける。窓を開けて回る。建てつけがよろしくなく、阿久津が手こずっているので、窓は陽佑が全面的に引き受けることにした。阿久津がカウンターの準備をしているところに、遅れて駆け付けて手伝う。緑色の「図書委員」の腕章をつける。阿久津は以前にも図書委員をしたことがあるらしく、指示が的確だった。初期配置をざっと頭にたたき込み、手続きのマニュアルを引き寄せて頭の中でシミュレーションしていると、生徒が三々五々、ふらふらと入ってくる。たいがいはクラブに入っていない生徒だが、クラブに行くため急ぎ足で本を借りに来る生徒もいるし、堂々とさぼる予定らしいのもいる。まじめに勉強を始める奴もいる。
「桑谷くん、貸し出し手続き、やってみて」
「はい」
陽佑は、マニュアルを横目で見ながら作業を始めた。もとより、それほど難しい作業ではない。本とカードを照合し、バーコード読み取り、返却予定日の念押し。金銭がからんでいるわけでもないし、緊張する要素はほとんどない。手が空いた、と判断したら、返却コーナーに置かれた本を持ってきて、返却手続きを行う。処理の完了した本は、所定のワゴンに乗せる。暇を見て、まとめて本棚に戻さなくてはならない。そこまでは、ひとまず阿久津からオーケーをもらえた。
しばらくぼんやりしていたが、数人が並んで貸し出し手続きが続いた。5人ばかり片づけたところで、阿久津が「交代するから、そろそろ返却された本を本棚に戻してきて」と指示を出し、陽佑はワゴンをごろごろ押して歩き出した。新人はとにかくいろんな作業をやらないと、修行にならない。陽佑は、本棚の配置と、本の背表紙ラベルを見比べつつ、戻し作業を行った。……ああしまった、さっきの本と一緒に入れればよかった。そんな失敗をしていれば、効率的な本の戻しかたにも思い及ぶようになる。
処遇のわからない本を2冊ばかり残したワゴンを、ゆっくり押してカウンターに戻る。阿久津はとっくに貸し出し作業を終わって、のんびり座っていた。ワゴンを所定の位置に戻し、居場所を見つけられなかった本について阿久津に質問し、本棚の配置図を見せられて教えられ、見落としだったとわかって再度本棚へ行った。
――あれ。
2冊の本を無事本棚に戻したところで、音楽が聞こえてきた。ああ、音楽室が近いのだ。ブラスバンド部の練習だろう。今まで気が付かなかった。コーラス部もあるのだが、金管楽器のボリュームの方が圧倒的である。
なんという曲名なのかわからない。聞いたことはあるけれど。……ブラバンって誰が入ってたっけ? 佐々木がトランペット吹いてるって言ってたっけ。宮野が、打楽器。あと……。
あ、梅原が……フルート。
カウンターに戻ってしばらくすると、ひとりの女子生徒が、探している本が見つからないと相談に来た。阿久津に見てもらいつつ、陽佑が端末を使って調べ、その本は貸し出し中ですと伝え、返却予定日を教えて、待機リストに載せる。当然ながら、待機している人のための取り置き本スペースもあるが、こちらに借りに来る生徒は今日はいなかった。
図書当番日誌に書く内容を頭の中で練りながら、陽佑はブラスバンドの音楽に耳を傾けた。さすがにクリアーに全部聞こえるわけではないし、演奏が途中でストップしてしまうこともある。合間にコーラス部の曲が炸裂することもある。気がつくと陽佑は、フルートの音ばかり捜していた。1年生はこの時期ではまだ正式に曲演奏に参加はできていないかもしれないというのは、後になってから思い至ったことだったけれど。
そこそこの忙しさとそこそこの退屈さを縞模様に紡いで、閉館時間がきた。閉館のアナウンスをすると、寝ていた生徒が面倒そうに起き上がって、のそのそと帰って行く。陽佑が日誌を書き、窓を閉める。阿久津はまた溜まった返却本を本棚に戻し、テーブルと椅子を整頓する。腕章を外して、カウンターを片付け、ドアに施錠し、職員室に鍵を返却して「おつかれさまでした」となる。陽佑は次回、昼休みの当番に行かなくてはならない。
教室に戻った。あちこちの机に荷物は残っているが、そこにいた生徒はもっと少ない。男子に、まだいたのかよと話しかけられ、図書当番だったと応じると、おつかれと言ってくれた。
ブラスバンドの演奏はまだかすかに聞こえている。
図書当番って悪くないなと、陽佑は勝手に思って、リュックを肩に引っ張り上げた。
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