60 今年のバレンタイン事情

 とはいえ3学期は、去年と同じように、平穏に、さしてクラス委員として忙殺されるというほどもなく、過ぎて行った。ただ、どうしても去年ほど楽しくなかったのは、個人的な感情としていたしかたないところである。それは決して堀川が悪いわけではないのだが。堀川は今回がクラス委員初経験らしく、いろいろと陽佑ようすけを頼ってくる。俺も去年は、要領がわからなくて首かしげたこともあったんだよな。しかも梅原もそうだったし。……だめだ、去年のことが思い出されて止まらない。


 さて、昨年1年2組に所属していた男子生徒は、2年生の4つのクラスにほぼ平均的に配属されている。それが何を意味するかというと、まさにこの時期、ロッカーや机を整理整頓するという風習が、2年生の男子全般に広まったという現象を説明するものである。これはなかなか壮観な図であり、男子からすれば真剣そのもの、女子から見ればばかばかしい以外のなにものでもなかったりする。したがって女子の反応も、昨年の1年2組で見られたものとあまり変わらなかった。

「……なにあれ」

「…………え、嘘でしょ」

「男子って、アホだね……」

 そんな女子のささやきが、耳に入っているのかどうか。

 今年はもう陽佑は、その風習に染まらなかった。もらえるアテがないことがよくわかっていたからである。梅原も去年「来年はあげない」宣言をしていたことだし。一部の男子も、去年の己の醜態を振り返って身の程を知ったらしく、同じように冷めた感情で過ごすことに決めたらしいが、土田とか山岡とか、今年初めてその風習を知った男子は、準備作業に余念がない。


 ところが、である。アテがないと思っているときに限って、不意打ちというものは起こるものだ。2月14日の放課後、担任の笹井先生が姿を消すと同時に、女子クラス委員の堀川と、女子のまとめ役になりやすい葉山が立ち上がって、2組女子全員からだとして、ひと口チョコの大袋をひとつ、陽佑に手渡したのだった。

「えっ、なにこれ」

「文化祭おつかれさまでした。とても楽しかったので、感謝とねぎらいを込めて」

「ああーっ、いいなあ、桑谷くわたに!」

「え、え、え」

 すべての女子と大多数の男子からの拍手、一部の男子からのブーイングが起きた。……この状況で固辞するわけにもいかず、陽佑は照れながらも受け取った。パッケージを確認したら、けっこうな数が入っていることがわかったので、陽佑はその場で女子に、男子全員で分けていいか、とたずねた。もとよりひとりで食べきれる量ではない。女子の方でも想定していたのだろう、快く受け入れられ、陽佑はパッケージを盛大に破った。今度は男子全員から拍手と歓声と「桑谷カッコイイ!」「桑谷大明神!」「大統領!」などとわけのわからない歓声が飛んで、ひと口チョコはあっという間になくなった。見たところ、わしづかみにしてポケットに押し込んでいた不届き者も数名いたようではあるが……。すかさず陽佑は、ホワイトデーのお返しには全員協力しろよと言い渡し、さらに女子から拍手が起きた。これで男子は逃げ場がなくなったというわけである。……なんのことはない、教室でのおやつタイムのために、男子全員が女子全員に借りを作ってしまったというオチであった。


 ほんの少しだけ、梅原が去年の公約をちゃんと守ったことが、寂しくもあった。

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