3学期

59 未来へ、片道切符

 …………やれやれ。

 陽佑ようすけは頬杖の体勢のまま、黒板をながめていた。


 信じたくないのだが……どう数えても、圧倒的多数、だった。3学期のクラス委員は、男子はまぎれもなく陽佑に決まりだった。今年も3学期か。ま、決まってしまったものは仕方ない。任期も短いから、どうにかなるだろうけど。それにしても、なんでこんなに票数が集まってしまったのだろう……後で連城れんじょうにそうぼやいたら、変な目つきでしげしげと見られた上に、あれだけのことやったんだから力量見込まれたんだろう、と言われてしまった。

「あれだけのことって?」

「………………文化祭(仮称)」

「……そんなのありか」

「ありだろう」


 男子の後に女子の選考があったが、珍しく立候補で決まった。文化祭ダンサーのひとり堀川今日子が、あたしやってみようかな、と挙手したのだ。クラス委員はたいがい、投票という名の押し付け合いに行きつくから、立候補者がいるなら願ってもない展開になる。かくして2組3学期のクラス委員は無事に決定した。何か抱負をと言われ、3学期は平穏に過ごしたいですと嘘偽りない気持ちを話したら、どっと爆笑が起きた。堀川は無難に、がんばりますとまとめた。拍手がはじまって、陽佑は堀川と、よろしく、と会釈しあった。


 とはいえ、3学期のクラス委員は経験済みだ。さほど大きな行事はないし、なめているつもりはないが、これまでの忙しさに比べたら片手で処理できそうな仕事である。その後の委員会で、全学年のクラス委員が顔を合わせる機会があったのだが……残念ながら1組のクラス委員は梅原ではなかった。これは期待のしすぎというものだろう。

 隣のクラスなのに。たったひとつ、教室が違うだけなのに。……距離はどれだけ遠いのだろうか。

 むしろクラス委員よりも、心身が硬くなることがあった。卒業後の進路について、調査が行われたのだ。進学か、就職か。具体的には。


 ――卒業後の進路。


 2年生の生徒たちの間に、ごとん、と音を立てて転がり落ちるものがあった。


 陽佑はあまり深く考えていない。高校には行くつもりだったし、行くなら最寄りの北高きたこうかな、と思っている。最寄りといってもバスか自転車の通学になりそうだが。

 進路の調査用紙が配られた日、陽佑と連城はなんとなく無言で学校を出た。横断歩道を渡ってから、ようやくその話題になった。

「あ、おれも北高に行く予定」

「ほんとか?」

 連城に聞かされ、陽佑はやっと明るい声を出すことができた。

「受かれば、な」

「受かるだろ」

「お前はともかく、おれはこころもとねーよ」

「なんでだよ、そんなことないだろ」

「いやー」

 ……話が途切れた。

「……終わっちまうんだな」

 しばらくしてから、連城がぽつっと言った。

 白い吐息がまとわりつく。

「まだ1年ちょっと先じゃないか」

「うん、だけどおれら、去年の今ごろはそんなこと思わなかったよな。1年間って、そういう時間だろう」

「…………ま、な」

「ガキの頃はよかったなーあ、こんなことなーんも考えずに生きて、食って、遊んで、寝て……」

「回顧しすぎじゃないか?」


 そこから、どう話題が流れたのだろう。気づくと、陽佑は連城に、初恋っていつだったかと問われて、ぼんやりした記憶を掘り起こしていた。

「んー、小学校の1年か2年だったかな。俺、ガキの頃からぼさっとしてたから、隣の席になった女の子が見かねたみたいで、あれこれ世話焼いてくれたんだよな。3年生のときに別のクラスになって、その年にその子転校していなくなったんだけど、あれがもしかして初恋ってやつだったのかなと、6年生くらいで気がついた」

「……気がつくまでえらくタイムラグがあるんだが、そーゆーモンか?」

 連城は首をかしげて陽佑を見た。

「連城は?」

「んー……聞いておいてなんだけど、おれ覚えてねえ」

 少しばかり気まずそうに、連城は頭をかいた。

「もしかしたら、あいつが……」


 陽佑は無言で足元を見下ろしてから、ほんの少しだけ、話題を変えた。

「あいつの進路って、聞いた?」

「聞いてねえ。……なんか、聞くのが怖い」

「そうだよな」

 ……誰のことを指すのか、確かめるまでもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る