58 燃え尽きて

 ……残された2学期、陽佑ようすけが燃えかすのような状態になってしまったのは無理もないことだろう。


 生徒会執行部の改選があった。福田たちは、あの文化祭(仮称)がほぼ最後の仕事となったわけである。選挙の結果、後期からの新生徒会長は、2年2組の菊田きくた義仁よしひとと決まった。なんでも1年生の頃から野望があったらしい。副会長が1組の青柳あおやぎという女子で、陽佑は彼女のことはよくわからない。書記は文化祭の華麗なるダンサーだった4組の勝田。会計は同じく4組で、去年陽佑と同じクラスだった深貝ふかがい。去年の球技大会で司令塔になっていた彼だ。


 今年はもう文化系クラブの発表会もなく、気づけばほぼどのクラブでも世代交代が終わった後だった。3年生が引退したのである。2組でも、山岡や小長井こながいや土田といった同級生らが、それぞれのクラブで主将あるいは部長という地位を引き継いでいた。


 そして2年生は、さまざまな行事と並行して2学期に準備を進めてきた、重要な行事がある――修学旅行だ。名だたる史跡と観光地とを、三泊四日で旅して回る。確かに学習も大事であるが、宿泊を含んで仲間と一緒に過ごすというのがすでに特別な時間である。2年生は元気よく出発し、旅し、学び、はしゃぎ、遊び、満喫した。燃えかす状態になっていた陽佑も、灰の中から復活を果たした。これが彼女と同じクラスであったならと、どうにもならない望みを隠して。一度だけ、梅原と話せる機会があった。二日目の夜、ホテルの売店に続くロビーで、ソファにひとりでくつろぐ彼女を見かけたのだ。お土産をチェックしに来た陽佑は、ほんの2、3分間だけ、梅原とふたりで話すことができた――あのときやって来たのが城之内じょうのうちでなかったら、連城れんじょうも呼んでもう少し話せたかもしれないけれど。それでも、こんな時間になっても帰宅の心配なく梅原と過ごせたことは、どれだけ中学生にとって胸躍る気持ちだったことか。グループ単位で宿泊に割り当てられた部屋で、陽佑らは怪談や恋バナや、少々品のない話で盛り上がり、見回りにきた先生にさっさと寝ろと一喝されたのだった。


 授業では燃え尽き状態だったにもかかわらず、期末試験で陽佑は、2学期に落ちた分をだいたい取り戻せたかな、と感じた。総合18位、数学12位の2部門で名前が貼り出されたのは初めてだった。

「なんか俺、今学期はもうわけわからん」

「ゴホウビだよ、きっと」

 家庭科で1位、総合で59位に食い込んだ連城が、陽佑の頭を軽くはたいて言った。


 マラソン大会は去年ほど良くなかった。まあこれはどうでもいい。去年はできすぎだろうと思っていたからか、さほどがっかりしなかった。そういえば去年の今くらいから声変わりがはじまったんだよな、などと考えながら走っていたらコースを間違えそうになり、交差点に立っていた体育委員とか、ほかの生徒たちに大声で呼び止められて、ようやく我にかえった一幕もあった。


 急速に暮れゆく時季にさしかかっていた。クリスマスと年末の足音を聞きながら、陽佑は曇天の街でふと足を止めた。冷たいひと粒を頬に感じたように思ったのだが、気のせいだったのか。


 3学期は短い。その後に、進級がやってくる。最後の学年が――硬く冷たい季節が迫りつつある。自分はあと、どれだけの思い出が作れることになるのだろう。クラス替えがないまま持ち上がる、今の顔ぶれで。そして、梅原と別のクラスのまま。卒業する頃、自分はどの方角を見据えて旅立つことになるのだろうか。数多くの仲間たちと別れて――陽佑はぶるっと体を震わせて、家路を急いだ。初雪の予想はまだ先のはずだった。

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