02 1年2組概況

 中学に入って、当然ながら顔なじみよりも初対面の生徒の方が多い。1年2組で陽佑ようすけは、特に連城れんじょうと早く仲がよくなった。そのほかの男子もだいたいなじむのに時間はそうかからない。だが女子とはスムーズにはいかないものだ。陽佑は自分では、女子にあまり気さくに声をかけられる性質ではないなと思っている。個人的事情ながら女子には少々不信感がある。そもそも女子というのは、ちょっと生物としての成り立ちが根本的に違う存在じゃないだろうか。


 それでも、初めて出会った女子で、印象深い子は数人いるが、中でもふと気を引かれるのが、梅原うめはら志緒しおという女子だった。非常に申し訳ないのだが、どことなく梅干しを連想する名前である。


 梅原という女子をひと言で表現するのは難しい。あえてそれに挑戦するなら「不思議な子」としか言いようがない。顔は――よく見ればかわいいのだろう。派手ではない。廊下ですれ違う男子がみんな振り返るという、わかりやすい華やかな美人とは、違うと思う。ひょっとしてかわいいんじゃないか、というくらいだ。だがどうにも地味である。背は女子の中でも高い方で、陽佑より確実に高い。髪の毛も、肩より少し長い程度で、後頭部でひとつにまとめている(なんというスタイルなのか陽佑にはわからない)。奇抜なところは何もない。女子がたくさんいたら、その中に埋没して、見分けがつかなくなるだろう。けれど、そんな中で彼女がふと身じろぎしてどこかへ視線をやろうものなら、たちまちその姿は女子の中からくっきりと浮き上がり、彼女のあとをつい目で追いかけてしまいそうな――不思議としか言いようのない何かがある。ありふれた容姿に、尋常でない何かが宿っているような。


 1学期が始まってほどなく陽佑は、やっぱり女子の生態はよくわからない、という思いを新たにした。いつも2人以上数人の群を作っている。顔ぶれがほぼ固定で、それはまあいいのだが、教室移動もトイレに行くにも完全固定で一緒というあの感覚がどうもよくわからない。小学校の高学年あたりからそんな傾向はあったようだが、中学生になってより一層かたまりたがるようになってきているのではないだろうか。しかし陽佑が見るところ、梅原はどの「派閥」にも属していないように思える。梅原は、女子としてはあまりにこにこしない性質である。愛想がない、という言い方もできる。なんとなくクールである。でも陽佑は、甲高く鼻にかかったような甘ったるいしゃべり方で「あ~ん、どうしよぉ~」とか言う子よりはずっといいと思う。少なくとも梅原は、話す声はやや低めで、どう考えても作っているとは思えない口調で「うん、どうしようかなと思ってる」と、落ち着き払って言う。


 梅原は友だちを作りたくないのか、それとも実は性格が悪くて友達ができないのか。最初はわからなかった。しかしそのうち、理由の一端が、もうひとりの同級生である大野おおの敏行としゆきにあることが、わかった――というか、いやでもわからざるを得ない。


 大野は、同学年の男子の中で、一番背が低い。陽佑より低い。しかし、とてつもなく陽気で、まあお調子者といってもいい。2組最大のムードメーカーである。体格に反比例したでかい声と、脊椎反射で飛び出すジョークで、注目を集めるのが大好きだ、特に女子からの。リーダー的にみんなを引っ張るのは得意ではなさそうだが、クラスの雰囲気をまとめてリーダーにまかせる、という部分では天下一品だ。……ところが、そんな大野がどうしたわけか、衆人環視の中でも堂々と、冷たくあたる女子がひとりだけいる。それが梅原なのだ。


 梅原と大野は、小学校が異なる。つまりこの1年2組で初めて出会ったことになる。にもかかわらず、1週間とたたないうちに、どうやらこのふたりは相性が最悪らしいことが、クラス中に知れわたっていた。女子と見ればにこにこと近づき、開口一番にジョークを飛ばして女子を笑わせるのが何より大好きな大野が、なぜか梅原のことだけは冷たくにらみつけ、「こっち来んな」「関係ねーだろ」などと冷たい言葉を投げつける。これがあの大野かと、耳目を疑いたくなるほどだ。いつも元気で明るい大野なので、ひとたび梅原に対してトーンを激変させると、教室中がしーんとなってしまう。


 なぜそうなったのかは、誰にもわからない。どちらも黙して語らない。梅原は、当初は大野の態度に戸惑って、ショックを受けていたようだったが、どうやら自分は嫌われているらしいと事実を受け入れたのか、自分から大野に近づかなくなった。それでも同じ教室にいる限り、当人同士が望むまいと、どうしても関わらなくてはならない場面が出てくる。こうなると、場の空気を味方にできる方が断然有利で、気の毒なのは梅原である。大野は大げさなまでに同級生を盛り上げつつ、梅原だけは冷たく排除するのだ。こうして、教室の空気を大野がコントロールする機会が多くなり、1年2組全体になんとなく、梅原と親しくするのがためらわれるような雰囲気ができあがってしまった。誰も、梅原と積極的に関わろうとしない。あいさつとか、二言三言かわすくらいのことはするが、それ以上親しくなろうとしない。いつの間にか、梅原は女子の中でぽつねんとするようになってしまった。


 それがなんとなく、陽佑には気にかかる。どっちも根本的に悪い奴ではないように思えるのに、このふたりの不仲が、2組の空気をおかしなものにしてしまっている。大野の態度は、梅原ひとりがいなくなれば2組全体がいいクラスになるのに、とでも言いたげだ。陽佑にとって理解できないのは、大野が大勢の同級生の前で悪びれることなく堂々と、梅原に攻撃的な態度をとることだ。こういうのって、人目につかないようにやるものじゃないんだろうか。それとも、他人からわかるようにやることが、作戦の一環なのだろうか。大野の意図はどうもよくわからない。


 梅原は最初の頃、大野に攻撃されて驚いていた。あの反応からして、梅原が大野に意地の悪いことをしたとか、そういうことはなさそうだな、と陽佑は思う。もっとも、梅原の自覚しない何かが大野を傷つけたという可能性もあり、それなら一層、梅原が原因を知ることは難しいだろう。しかし、どうもそうではなさそうな気もする。大野が梅原にぶつける冷たい態度は、そばで見聞きしていて気持ちのいいものではない。それはちょっとないんじゃないか、と感じてしまうこともある。陽佑の偏見かもしれないが、大野が一方的に梅原を嫌って、攻撃するという形で暴走している気がしてならない。


 1年2組は開幕から、不愉快なしこりができていた。

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