お茶漬け恋模様
三奈木真沙緒
1年生
1学期
01 ぼんやり新入生
食べ終えると食器を洗う。家を出るのが一番遅いのは陽佑だからだ。高校生の姉がいやに登校が早くなったのは、後片付けをしたくないからだろうなと陽佑は邪推しているのだった。
火元と戸締りを確認し、身支度をして、荷物を持って家を出る。玄関にはしっかりと施錠する。自転車ではなく徒歩通学だ。
陽佑は今月はじめをもって、めでたく中学生になった。
とはいっても。制服は――制服のある小学校に通っていたのであまり新鮮味がない、オーソドックスな学生服で、せいぜい短パンが長いスラックスになった、程度の変化しかない。背負っているリュックだって、形状的にはランドセルとたいして変わらない。上着の首のホックが、小学生時代とは少し違っていて、まともに締めると息苦しい、くらいのものか。
「うーす」
小学生やら中学生やら高校生やらサラリーマンやら、車に自転車に歩行者でごった返す大通りに出て、しばらく歩いたところで、非常に気さくに声をかけられた。同じクラスの
陽佑にとって1年2組は、小学生時代からの顔見知りが少ないクラスだった。それでも4月が下旬に移り変わる頃には、それぞれのクラス内の立ち位置というものがだいたい見えてくる。目立ちたがりな奴とか、責任感強そうな奴とか、やたらいろいろな人としゃべりまくってる奴とか、体育など実技系の授業で活躍する奴とか、授業中にやたらデキそうな発言をする奴とか、教師に目をつけられやすい奴とか。もっとも成績に関する項目は、中間試験の結果を待たないと確定できないけれども。
陽佑の自己診断は「地味」であった。どの授業でもとりたてて注目されない。突出してできる科目もないし、目を引くほどできない科目もない。目立たないし、気の利いた冗談を言えるタチでもない。クラス委員でもないし、周囲を驚かせる変わった特技があるわけでもない。クラブ活動も参加する予定はない。くじ引きの結果、1学期は図書委員を務めることになったが、図書委員ならまあいいやという程度の認識である。そもそも外見からして地味だ。男子では身長が低い方だし、奇抜なくせっ毛があるわけでもないし、顔立ちも特徴があるわけでもない。唯一、肌の白さがちょっとした話題になる程度だろうか(女子はドン引きだろう)。生来のもので、病気ではなくいたって健康体だ。単に白いだけである。だがこれが陽佑のコンプレックスだった。そして表情は、自分で鏡を見るたび、ぼーっとしているなあ、とぼんやり思う。実際陽佑はぼーっとしていることが多く、騒ぐ性質からは少しばかり離れたところにいるので、より一層地味というわけである。声もまだ高い。特に売りもなく、クラスの中でも「その他」という地味なポジションを生き抜くことになるんだろうなと思っている。家庭もたぶん平凡だし、家族と話をするのが最近おっくうになってきたというのも、このくらいの年齢ならそう珍しい現象じゃないだろうなとも思う。
そんな陽佑が中学校で知り合ったうちのひとりが、連城
どうでもいいことをだべくっていると、通学路はえらく短く感じられるものだ。横断歩道を渡って、大通りからはずれる道に入る。民家数軒の前を通過すると、もう学校の生垣がはじまる。反対側の交差点を曲がったところにはバス停があって、そっちから歩いて来る中学生も多い。この時刻、この界隈は、歩行者も自転車も中学生にほぼ占領されており、特に春は下手くそな自転車通学生がふらふらしているので、自動車は極力ここを通らないようにしているらしい。結果、マナーの悪い中学生が増長するというわけである。
陽佑と連城は、門を通り抜けた。前庭から昇降口へ入り、上履きに履き替える。
そうして今日も、まだすっかり慣れたとは言い切れない、中学校の1日が始まる。
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