03 最初の委員会

 陽佑ようすけ連城れんじょうも、クラブに参加するつもりはなかった。なんとなく面倒だな、そんなに打ち込めるとも思えないな、と感じている。だから終業後のホームルームが終わると、もうすることがなく、とっとと帰る。必然的に、ふたりで「帰ろうぜ」となることが多くなる。ただ、毎日必ずそうなるわけではない。「用事があるから先帰ってくれ」となることも当然あるし、「今日はひとりで帰りたい」となることもある。ふたりで一緒に帰るのは、週5日のうち3、4日くらいの割合になるだろう。


 この日は、陽佑が連城に「先に帰ってくれ」と言うパターンに該当した。最初の委員会が、放課後に行われる日だったのだ。図書委員になっていた陽佑は、筆記用具を一度机の天板にごつんとぶつけてそろえてから、女子の図書委員である丸篠まるしのと一緒に、図書室へ向かった。1学期そして年度の最初の委員会なので、初顔合わせとなり、内容はけっこう濃かった。自己紹介、委員長と副委員長決め、校内図書館ともいえる図書室の概要、本の貸し出しと返却の手続きのしかた、そして今月の当番の決定である。図書委員は、1日のうち昼休みと放課後に、カウンターに2人ずつ詰めて、貸し出し及び返却の手続きをしなければならない。忙しい委員会ではある。しかし陽佑はもともと本好きなので、あまり苦痛には思えなかった。図書室にやって来る生徒をぼんやり観察するのも面白いかもしれない。


 委員会が終わると、丸篠はそのままクラブに直行してしまったので、陽佑はひとりで1年2組に向かった。さて帰ろうと教室に踏み込むと、梅原うめはらがひとりでいて、リュックに筆記用具を飲みこませているところだった。


「あ、おつかれ」

「うす」

 ごく自然に梅原がそう言ってきたので、陽佑も何も考えずに返事した。そうか、梅原は保健委員だった。彼女も委員会帰りなのだ。


「……つかぬこと、聞くけど」

「はい?」

 無言でいるのもなんだかな、と思った陽佑は、以前から疑問に思っていたことを、聞いてみることにした。

「梅原って、小学校、どこだっけ」

 切り口としては、そう不自然な質問ではないだろう。1学期最初に自己紹介はあったが、一度で全員のプロフィールが完璧に頭に入るわけではない。あれ、どう言ってたんだっけ、と聞きなおすことは、奇妙な行動ではないと思う。


 梅原は、ある小学校名を挙げた。確かに市内の地名だが、けっこう離れている。ここの中学校の校区だったっけか、と内心で陽佑が首をかしげる前に、梅原自身が明かしてくれた。

「小学校卒業するときに引っ越ししたから、あたしここに知り合いひとりもいないんだ」

「あ……そう」

「あっ、たいへん、クラブ行かなきゃ、じゃね」

「おうおつかれ……」

 風のように……梅原はさっさと教室を飛び出して行ってしまった。


 ま、助かったかな。「それがどうかした?」などと聞かれたら、どうするつもりだったんだ自分。


 陽佑は、自分の机に近づいて、リュックに筆記用具を押し込み、肩に背負った。

 ……そうか。せめて小学校からの知り合い、できれば女子が、梅原が孤立しないようにしてやればいいのにと思っていたが、そもそも梅原にそんな相手はいなかったのだ。

 知り合いが誰もいない中学校に、たったひとりで進学して、クラスの中心的な生徒からいきなり蛇蝎のごとく嫌われて、クラスから浮いてしまうなんて、……そりゃ、キツイよな。


 陽佑は無人の教室を後にした。なんで梅原の心配なんかしたんだろうと、不思議がりながら。音楽室からだろう、ブラスバンド部の演奏が、かすかに聞こえてきた、と思ったらいきなり中断した。誰か何かミスを犯して、ストップでもかけられたのだろう。

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