04 双川陣

 1年2組には、ほかにもクセのある生徒がいた。そのひとりが、双川ふたがわじんという男子生徒だ。身長は、2組男子の中でほぼ真ん中くらい。彼は、見るからに「うわー……」と言いたくなる外見をしている。昔よくいたヤンキーにかぶれているらしく、いかにもな制服の着崩しかたをしているのだ。これもヤンキー風なのか、挙措もどことなくけだるそうだ。そして、顔面に貼りつけたとしか思えないニヤニヤ笑いを常に浮かべている。今どき誰もヤンキーなんて知らないのだが、どことなく不穏当な雰囲気をかもし出し、口調もだるそうながら乱暴で、内側にどんな感情を隠しているかわからない笑い方で、入学当初から多くの生徒になんとなく距離をおかれていた。後でわかったことなのだが、双川はヤンキースタイルにハマって「一周回って今はこれがカッコイイんだ」と主張し、かたくなにそのスタイルを通そうとしているだけらしかった。


 彼については最初いろいろな噂が流れていた。ヤバそうな半グレ集団と仲がいいとか、暴力沙汰で警察に世話になったことがあるとか。しかし、それが事実だと確かめられた者はひとりもいない。新学期当初に、クラスの年間目標となる標語を考えようという話し合いになったときに、さっと手を挙げて「夜露死苦」という語を提案し、相変わらずニヤニヤ笑いながらこれがいいと主張した。面白がったのは連城れんじょうだけで、彼も賛同の挙手をしたのが自分ひとりとわかると「あれっ?」と戸惑っていた。ほとんどの生徒が賛成しなかった理由のひとつは、担任の不破ふわ先生によって「目標に死って言葉が入っているのはどうかな」と代弁された。


 彼はいつも座席で、両の膝を伸ばして座るので、前の席になった者は少々迷惑である。そしてたいがい、うつらうつらしている。ある日の休み時間、そうしてカクンとなったときに机から消しゴムが落ちそうになったので、たまたま通りかかった陽佑ようすけはうまくキャッチした。その瞬間に、はっと双川が目を覚まし、陽佑と目が合った。

「落ちたよ」

 陽佑は何も考えず、双川に消しゴムを差し出した。

「…………あー」


 眠そう半分、だるそう半分という顔で、双川はあごをしゃくった。机に置いてくれ、の意味だろう。陽佑は消しゴムを置いて、机上のカバーにくるまれた本に気づいた。


「オメー、何つったっけ」

 本に気を取られ、何について聞かれたのかがすぐにわからず、陽佑は1秒ほど考え込んだ。

桑谷くわたにだ。桑谷陽佑」

「おー……」

「何読んでんだ?」

 陽佑がたずねると、双川は2度ばかりまばたきしてから、カバーをめくって陽佑に差し出した。なんというか……往年のヤンキーたちの、制服着崩しスタイルを紹介した写真集である。陽佑はとっさに、感想に詰まった。

「これ……昔って本当に、こんなカッコで学校通ってたの?」

「通ってたヤツもいたらしーぜ。ま、大半はカッコだけで、学校もサボってただろーけどな」

 この時代がまた来るんだ、と双川はニヤつきながら主張した。どこでもさっぱり見かけないけどな、という意見を、陽佑はつつましく自制した。カラスともオウムとも見まごうような奇抜な学生服姿で、よくわからないこだわりのにーちゃんねーちゃんがたくさん写っている。表情をしっかり作っている人もいれば、心底楽しそうにいい笑顔をしている人もいる。陽佑に理解できたのは、ディープな世界だということだけだ。


「オレもやってみてーんだけど、さすがに先コーが気の毒かなと思ってよ」

「先……?」

「センセーだよ、センセー」

「ああ……」

 ヤンキー語だろうか。これも生きた勉強というべきか。温故知新? ……何か違う気もする。


「オメー、変わってんな」

 いつの間にか、双川の目が陽佑自身に注がれている。

「何が?」

 ……素で不思議そうにたずねる陽佑に、やがて双川は吹き出した。

「いーや、なんでもねーよ」


 チャイムと同時に、数学の教師が姿を現し、教室内は一気に慌ただしくなった。

「……ひょっとして、話しかけたら迷惑だった?」

「……いーや」

 ニヤニヤする双川に目礼して、陽佑は急いで席に戻った。あいつ小学生の時はどんなだったんだろうと、想像しかけてやめた。

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