45 我に力を

「よー」


 朝からずっと動悸がおさまらない。いよいよ今日が生徒総会だ。昨日に引き続いて期末試験があり、その後が生徒総会だというのに、試験よりも総会への緊張が高まり過ぎて、陽佑ようすけは廊下のかたすみで吐き気をこらえていた。そこへ向こうから双川ふたがわがのそのそやってきたのである。半袖シャツのボタンは堂々と全開、中に着たピンクのTシャツをむき出しにするという、相変わらずの恰好だ。

「ああ…………」

「おう、だいぶプレッシャーきてんな」

「ま、な」

「まー、がんばってくれや。すまねーな、オレらのために」

「いや、……」

 双川たちのためばかりでもない。自分がそうしたいから、今日こうすることを決めた。それだけだ。だが今はそれを説明する気力すらない。


 昨日陽佑は、梅原がバレンタインにくれた一口チョコを、とうとう食べた。あれから毎日拝んでいたが、いたんでしまっても悪いし、翌日の生徒総会にそなえて勇気が欲しかったのである。シャワーを浴びて身を清め、手も念入りに洗い、歯もしっかり磨き、チョコの正面に正座して、あらためて感謝の辞を述べ、柏手を打って伏し拝み、包装フィルムをはがして……いただいた。何の変哲もない普通のチョコのはずなのに、荘厳で甘美な味がした。ゆっくりと時間をかけて堪能した後、包装フィルムを再び拝跪して、丁寧に洗った。完全に乾いてから、チャック付きの小さなビニール袋に入れて、再度柏手を打ち、机の引き出しにうやうやしくしまった。彼の動作を誰かが見ていたら、頭がどうかしてしまったんじゃないかと思うに違いなかったけれど。

 それでも……今日がまるっきり平気になったわけではない。


「やっぱ、怖いな」

「……まー、そりゃそーだな」

 こいつ大丈夫かいな、という顔に、双川が変化した。大丈夫だと……言いたいが、言える状況にない陽佑だった。

「俺に、できんのかな……」

 陽佑は言いよどんだ。自信がない。できるようには思えない。


 表情を見ていた双川が、眉間にしわを刻んだ。

「おい、フヌケてんじゃねー」

 いらだった双川の声は、ぴしりと陽佑を打った。

「テメーのひと声で、クラスの空気変えたことがあったろーが。実績持ってるヤツが甘ったれてんじゃねーよ」

 双川はふいっときびすを返し、のそのそと立ち去ってしまった。

「えっ…………」

 頭の中が真っ白になって、陽佑は呆然と背中を見送った。


 ……俺のひと声で、クラスの空気が。

 あのことか。梅原が大野に攻撃されていた、あのときの。

 桑谷くわたにくんなら、できるよ。あのとき、声上げてくれたみたいに……梅原にも、そう言われた。


 ……けど、あれは、たまたま俺が最初になっただけだ。連城れんじょうも、ほかの生徒も、たぶん似たようなことを感じていた。それなのに誰も言い出せずに、梅原はずっと苦しみの中に放置されていた。たまたま、最初になったのが俺なだけで……。


 ……それって、きっかけを作ったのは、俺ってことに、なるのか?

 俺が、変えたのか? あのときの、1年2組の空気を。いや、俺が変えたんじゃない。俺だけが変えたんじゃない。連城も、先生に相談した女子も、そしてたぶん、黙っていたけど同じように感じていた多くの生徒も。いろんな生徒たちが変えたんだ。

 ……俺も、そのひとりか。口火を切る役目として。


 俺ひとりでは、たいしたことはできない。でも、きっかけを作ることは、できたんだ。

 それが、……俺の、実績。

 それが、双川が俺に言いたかった……。

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