73 All Hands On Deck !

 1、2年生のときは、各組ごとの結団式があってはじめて、ああ運動会が始まるんだと思っていた。しかし3年生になってみると、もうとっくに始まっているんだと、今さらのように実感する。


 結団式が行われ、幹部の紹介があった。葉山や堀川などの女子はともかく、キャプテンの土田とデコレーションリーダーの山岡が体育会系の勢いで自己紹介し(ふたりとも実際に運動部の主将なので仕方ないのだが)、その後衣装監督の連城れんじょう飄々ひょうひょうとした雰囲気で名乗ったところで、全体になにやら肩すかしをくらったような空気がかもし出された。さらに最後に陽佑ようすけが登場すると、下級生、特に2年生に驚いたようなざわつきがあった。桑谷くわたにさん、文化祭、去年、生徒総会、などという単語が断片的に聞こえる。

「桑谷陽佑です。青組相談役です。いろんなところをうろうろしようと思ってますので、困ったこととか要望があったら、いつでもつかまえて相談してください」

 体育会のタの字もふさわしくない陽佑は、のほほんとした様子で自己紹介して頭を下げた。土田は小さくうなずいた。こいつはこれでいい、と。


 全体への連絡事項が伝達され、さっそく堀川の指示でグループ分けがされ、3年生が下級生にダンスの指導を開始する。3年生はすでに、堀川率いるダンス班にみっちりしごかれ、自分たちのダンスをマスターしている。立ち位置によって振りやタイミングが少しずつ異なるので、自分とまったく同じ動きをすることになる立ち位置の下級生を、責任もって指導するのだ。3年生の中には、日頃こうした指導役に慣れない生徒もいて、一緒に指導する仲間に任せきりで逃げようとする者もいるし、えーとえーとと苦悩しながら立ち向かう者もいる。文化祭で名をとどろかせた堀川が主導した振付は、素人にも決して難しくない動き、のはずなのだが、ダンス初心者にはやはり戸惑う部分も多い。陽佑も決して得意ではないから、えーとえーととつぶやきつつ、長谷部はせべや小沢などと協力して指導を進めていく。ただ、踊ること自体はけっこう楽しいと、陽佑は思う。いや、堀川のようにはとうていできないだろうけれど。

 しかし、堀川に言わせると、

「んー、どうかなあ。緑組(4組)には、勝田ちゃんがいるからなあ」

 ということだ。勝田は確かに強敵である。後で確かめると案の定、緑組の応援合戦リーダーは勝田ということだった。


 男子による騎馬戦の模擬戦も、何度か行われた――未だに滅亡していない競技。廃止にならないのはウラで利権でもからんでいるのかと、陽佑はしょうもないことを考えた。模擬戦では、どうも全体的にもたもたして(これは陽佑がどうこういえる立場にないのだが)、動きが悪い。そんな様子をいらいらして見ていたのが、能条のうじょう大地だいちという男子である。よく「農場大地」などとからかわれる彼は、普段は口数少なく目立たないが、けっこう短気で、本気で怒らせたら怖いという評判があった。趣味は将棋という彼からすると、いろいろとまだるっこしく見えるのだろう――短気でありながら将棋が趣味というのは、彼が単純な短気ではないことを暗示しているようにも思える。その後、教室で能条は、土田に声をかけた。教室はまだ机と椅子が片側に寄せられ、床に巨大なベニヤ板を横たえ、その上にデコレーション班が這いつくばって巨大看板を描く作業を続けている。


「土田、騎馬戦なんだけどな。ちょっと戦術について提案したいんだけど」

「ん……」

 土田はこめかみを揉みながら、能条に視線を転じた。彼は今、青組の種目ごとの出場選手リストを入手し、チェックしているところだったので、やや面倒そうだった。あと10分もすればクラブに行かなくてはならない。土田は多忙をきわめていた。能条が黒板に図を描いて説明し、眉を寄せながら土田はうんうんとうなずいている。


 陽佑はデコレーション作業を見守っていたのだが、ふたりの様子をしばらく眺めてから、おもむろに近づいた。

「土田、能条を、騎馬戦の責任者だか指揮官だかに任命しちゃえよ。そんで、戦術とか、具体的な指揮の権限とか、まかせちゃえよ。その方が能条も思い切った作戦がとれると思う。騎馬戦の内容まで、土田が神経削るべきじゃない。組集会のときにでも、男子に能条を紹介して、騎馬戦についてはこいつに従えって徹底しときゃいいんだから」

「……そうさせてもらうか。能条、いいか?」

 結局その方が話が早いので、能条はぱっと顔を輝かせた。こうして権限を手に入れた能条は、ほかに戦術考えるのが好きな奴を集めて検討してみる、ということで、ようやく土田を解放した。土田は陽佑を拝んで、いったん運動会を忘れ、主将の顔になってバスケ部へ向かった。


 ……とりあえず、土田に仕事が集中しすぎない方向に動けばいいかな。陽佑は、自分の立場をそんな風にとらえて、被服室に向かうことにした。その後、1年2組と2年2組の教室あたりを通りかかってみよう。いろいろな部署をうろうろするのも、大事な役目だった。

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