10 吠えろ青春

 はー、と大きく吐き出した息が、閉めきった部屋に響く。

 カーテンも開けず、照明すらつけずに、陽佑ようすけは首をかくんと前へ落とした。ずっとそうしていても仕方がないので、服を着替えにかかる。それでもいつもの何倍もの時間を要した。

「あー…………」

 陽佑は力なく、ベッドに崩れて横たわった。

 何という話をしてしまったのか。


 ――というか俺、本当に……梅原を……?


「あーあーあーあーあー!」

 いてもたってもいられなくなり、陽佑はころんと転がって、うつ伏せのまま枕をつかんで、ひとりできまり悪くなり、熱い頬をうずめた。

「いやいや」

 上体を押し上げて、肘をついた左手で額を支え、意味不明の言葉を吐き出す。この部屋どころか家族は全員帰宅すらしておらず不在なのに、恥ずかしくて仕方がない。


 ――さっきは勢いで連城れんじょうにああ言ってしまったけど、……これって本当に、梅原を……?


「いやいやいやいや」


 再び枕に顔を押しつける。落ち着かない。

 ……連城が言っていた、梅原へのいろいろな気持ちは、陽佑もよくわかるし、不用心にも同意してしまったくらいだ。


 ――でもあいつ、自分でも、確信はまだないって、言ってたよな?


 そうだ。「おれ、あいつ好きかも」――、である。そうじゃない、しれないのだ。陽佑はさらに反転してあおむけになり、天井をぼーっと見上げた。


 けど……じゃ、好きでないなら、梅原に対する気持ちは、何なのだろうか。


 そう思ったら、冷めかけた頬が再び熱くなってきた気がして、ぎゅっとまぶたを閉じた。――いや、「普通」だろ。普通。フツー。ただの同級生の女子だし。そもそも女子なんてものは、言動と腹の中が一致しない生き物だ。愛想よく笑っていても、内心で誰をどうこき下ろしているか、わかったもんじゃない……。


 ようすけくんって、色が白くて気持ち悪いよね。スポーツだって全然できないし。……小学6年生のとき、クラスの女子複数が笑いながらそう陰口をたたいているのを、偶然陽佑は聞いてしまった。普段はそんなことはおくびにも出さず、普通に接してくれていたと思っていたのだが、腹の内で「気持ち悪い」とまで思われていたことが、かなりショックだった。好きでこんな白い肌に生まれたんじゃない。スポーツだってがんばってもできないんだから、向いてないってことじゃないんだろうか。女子って、にこにこしながら何考えているものやら――陽佑は、そのときから女子という生き物がどことなく信用できなくなった。


「いや、でも」

 ひとりごちて、陽佑は半身を起こした。


 梅原はたぶん、そういう女子じゃない。心の中で、俺の肌の白さを嘲笑ったり、してないと思う。そう思いたい。……入学式の日に初めて会って、そう何日もしないあたりから、梅原はほかの女子とはなんとなく違うように感じていた。だから気になりだしたのかもしれない。ゲームブックについてつい語り倒してしまったのを、最後まで穏やかに聞いてくれた。映画の話で笑わせてくれた(本人は不本意だったようだが)。知り合いのひとりもいない中学校にやってきて、クラスの中心にいるムードメーカーから露骨に嫌われて、それでもなお、折れずに静かにたたずんでいる。いつのまにか陽佑は、梅原の興味のあるものとか、クラブのこととか、中間テストの成績とか、彼女のこまごまとしたことが気になるようになっていて……。


 ――それは結局……好意、ということに、なるのか?


「あああ~~~~~~~~!」


 叫び声を上げて、陽佑はばたんとベッドに倒れ込んだ。

「いやいやいや、ちがうちがう、そうでなくて」

 誰に対する何の弁明なのか、もはやさっぱりわからない。しばらくのたうち回った後、不意に陽佑の不審な挙動が、ぱたりと止まった。むくりと起き上がる。

 ――少なくとも、梅原のことを、ほかの女子以上に気にしていることは、……事実ではある。


「~~~~……………………」


 言語にできないうなり声とともに、陽佑はまたしても、ベッドに沈んだ。沈んだまま、しばらくは身じろぎひとつしなかった。数秒後、いやでもこれって、いや待てそんな、と、往生際の悪いひとりごとが始まり、それは延々と続くのだった。

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