68 鏡よ鏡
……わかっていた。いつの頃からか、気づいていた。
自分はただのにぎやかしだ。リーダーが務まる器じゃない。
自分でも、リーダーに向いていると思ったわけじゃない。
だけど…………。
〇
んがあ、と異様な声を上げて、大野
市の総体が終了した。県総体へ駒を進められた部もあれば、健闘むなしく敗れ去った部もある。男子バスケ部は勝ち進むことのできた部だ。喜んでいる暇はない。今月下旬の県総体へ向け、全力で練習に打ち込む日々が続く。
「ういーっす」
先生と打ち合わせをしていた主将の土田
「土田よう、お前2組の運動会キャプテンなんだって?」
「そうなんだよ、荷が重いわ」
長身の土田ははあっと天井に息を吐いた。
「お前、なんでもリーダーだな」
「ガラじゃねえんだけどな……」
土田は、小柄の大野に目を落とした。いつもの陽気な大野とは違う口調に気づいたからだった。
「
「池田」
「あいつか」
……それきり大野が沈黙したので、土田はいよいよ水を向けなきゃいけないかなと思った。
「なんだよ、お前がやりたかったのか」
「そういうわけじゃねーよ。オレそんな器じゃねえし」
返答して大野は突然、とても嫌なものを思い出して、眉根を寄せた。
「……なんでもかんでもリーダー押しつけられるって、どんな気分だ?」
「ん?」
自分と並んで廊下を歩く小柄な盟友に、改めて視線を落とす。珍しく、表情が腐っていると見て取ると、土田は窓の外に目を転じた。さすがに夏とはいえ、クラブ練習の後となっては空が暗色に占領されかけている。
「やりたかったんなら、立候補すりゃいいじゃねえか」
「そういう話じゃねーよ」
大野が苛立たしそうな声を張り上げた。こりゃだいぶきてるな、と土田は内心で覚悟した。
「……オレはいつだってにぎやかしだ」
「…………」
「自分でわかってるよ。にぎやかすけど、まとめ役には向いてねーんだ。オレはいつも、騒がしく盛り上げるだけ。けっこう前からうすうす気づいてた。けど、自分で気づくより前に、会った瞬間に一発でオレの本質見抜いた奴がいやがった。腹立つわ」
「なんだそりゃ」
「1年ンとき、同じクラスにいた女子なんだけどな。初めて会ったときから、ああコイツにぎやかし野郎だな、みたいな目ェしてやがった。軽薄な野郎認定されたみたいで、不愉快でしょうがねえ」
「当人からそう言われたのか」
「言われてねーよ。けど、そんな感じでオレを、つまらなさそうに見やがるんだ。ムカついてさ」
舌打ちに似た音が、大野の唇からほとばしる。
「…………」
「で、もっと腹立つのは、ソイツの指摘が当たってるってことに、後から気づかされたってことなんだよ。そしたらなんか……自分がすっげーツマンネーものに思えてしょうがなくなってさ」
いや……少し違うな。
みんなを盛り上げることにも、冗談のセンスにも、自信があった。クラス全員を笑わせる自信があった。そういうポジションは好きだった……好きだと思っていたはずだった。
だけど、そいつがひとりいるだけで。
自信がなくなる、のではない。自分そのものが、ぼろぼろと分解されていく。存在すること自体を拒否されているような。必死ですがりついているものが、霞んで消え去りそうな恐怖にかられ、オレはこれからどうしたらいいんだとわめきたくなる。その思いに一旦とらわれると、攻撃の衝動ががつんと突き上げてきて、ブレーキがあっさりと焼き切れ、止められなくなる。そしてますます、「こうあるはずだった自分」との
そして……。
「やめろよ」
「ハタから見てても気分
「
……彼らによって突きつけられた鏡には、本当に醜くなり果ててしまった自分自身が映っていた。
「当人に言われてねえんなら、ただの思い込みだろ。……お前、その女子に嫌がらせとかしたんじゃねえだろうな」
土田は大野を見た。大野は口をへの字に曲げて、ぷいっと向こうを向いてしまった。――したな。コイツ自分の感性と合わない奴には、けっこう冷たくあたるところがあるからなあ……同じクラスになったことはないが、クラブで一緒にいるし、それ以外でも接点がまったくないわけではないので、さすがに気性はだいたいわかる。
「お前、にぎやかしって立場が嫌なのか」
「それ自体は特に嫌じゃねーよ。けど」
「にぎやかしがつまらない立場だと思ってるのか」
「そーゆーワケじゃねーけど」
「あのなあ」
土田はあきれて、大野を軽くにらんだ。
「本人に何も確かめてないんなら、そりゃお前が自分で勝手に、いいがかりだと決めつけてるだけだろうが。……お前が腹立ててる相手は、お前自身ってことだろ。他人に八つ当たりしてどうする」
「やつあ……」
激高しかけた大野は、急に黙り込んだ。
「お前、自分で、心のどこかで、にぎやかしなんてつまらねえと思ってんじゃねえのか」
土田の視界の中で、大野はそっぽを向いたままだ。
「にぎやかしだって立派な役目だろうが。運動会の学年応援リーダーやったことのある奴が、そこ否定しちゃ駄目だろ。お前のにぎやかしで助かってる連中だっているはずだぞ。……おれとかな」
「お前が?」
「お前がムードを作ってくれると、おれとしてはやりやすくて助かる」
「……………………」
「……その女子と今どういう状態なのか知らんから、謝っとけとは言わねえけどさ、自分で自分をどうしたいのか、考えた方がいいんじゃねえの」
「自分で……」
「にぎやかしという役目の大切さを見直すか、それとも別のポジション探すのか。そのくらい自分で決めろや。……おつかれ」
大野が足を止めてしまったので、土田は放置して、先に帰ることにした。これ以上自分が一緒にいても、大野の思考の邪魔になると思ったからだった。それに、そこまでつき合ってもいられなかった。
……なんでもリーダーを押しつけられて、か。確かにおれ、多いんだよな。そんな器でもねえのに。……おれ、そんな風に見られてんのかな。
3年2組に帰り着くと、クラブ上がりの生徒が何人か残っていて、お菓子をぱくつきながらしゃべっていた。お先、じゃあな、なんてあいさつを交わして、リュックを背負って教室を後にした。いつもより荷物が肩に食い込んでくる感触があった。
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