67 叶わぬ願い

 期末試験が終わったところで、9月に行われる運動会を見据えて、話し合いが持たれた。今年は彼らこそが下級生を指揮して、よい成績をおさめなくてはならない。準備には時間がかかるものだ。特に応援合戦の準備は。組の色分けは現時点で未定だが、色がわからなくても準備できることはいくらでもある。クラス委員の連城れんじょうと井上が主導し、生徒会長の菊田きくたに確認しながら、2組の面々は各部署の責任者を決めていった。


 生徒会執行部が中心になる運動会運営本部。ここに届け出をしなくてはならない組ごとの役職責任者は、キャプテン、副キャプテン、応援合戦リーダー、デコレーションリーダーだ。キャプテンと副キャプテンは男女、どちらがどうでもかまわないが、とにかく男子と女子で分担することが決められている。ごく自然な流れで、キャプテンは土田、副キャプテンは葉山、応援合戦リーダーは堀川、デコレーションリーダーは山岡と決まった。しかし、もっと仕事を細分化しないとたいへんそうだということで、執行部に届け出の必要はないけれども、さらにいくつかの分担を行ってリーダーを増やそう、ということになった。例えば、応援合戦はダンスを作らなくてはならないかなりたいへんな部署で、衣装のことまで手が回らないので、衣装監督を置くことになった。誰よりも最適な人物だとして、連城が選ばれた。今後彼は、堀川とダンスのコンセプトについて話し合い、衣装デザインと製作を手掛けることになる。また、競技中の応援を盛り上げるための応援代表には須藤が就任する見通しだ。


 もちろん、彼らリーダーだけに仕事をさせるわけにはいかない。堀川はダンスや音楽に興味のある顔ぶれを数人集めて、振付チームを作った。一方山岡のもとには、美術部部長の小長井こながいなど絵を描くのが得意な面々が集まって、看板の図柄を考えることになった。もちろん色が決まらないと本格的に決定することはできないが、ある程度想定しておく必要はある。色が決まったらその後数分で決定を下して、さっそく下絵に移れるように。連城も、衣装デザインに興味があったり裁縫が得意だという同級生を集め、衣装製作班を結成した。そうしてある程度の体制がまとまったところで、今度はダンスをどんな曲に合わせて踊るか、という話になった。

 堀川曰く、

「ノれるだけじゃなくて、そのテンポでステップが踏めるかを考えて選曲しないと、つらいかもしれないね」

 とのことだ。踊っていないときの堀川は、ほんわかとした口調の癒し系女子だが、言うべきことはきちんと言う。――もっとも、

「――桑谷くわたにくんも、そう思うでしょ?」

 と、ここでこちらに話をふってくるのがよくわからない陽佑ようすけであった。

 とりあえず、曲については来週、各自で音源を持ち寄って提案することになった。

「あとね、1年生と2年生のデータがほしいかな。男女別に、背の順がわかるといいんだけど」

「あ、衣装班もそれほしい」

「よし、それは下級生のクラス委員に話をしてみよう。……体育委員かな」

 土田が請け負った。


 ――夏が来る。去年は忙しさのあまり、何が何だか状態で通り過ぎてしまった季節。今年は特別な責任とかは御免こうむって、本来の地味なポジションで、一般的な3年生として楽しめるといいかな。……そんなことを思いながら陽佑は、上気していく同級生たちの顔をながめた。最後の夏。最後の思い出のひとつ。……でもここに、あの子はいない。たったひとつ、教室が違うだけなのに。隔てる壁はあまりにも分厚い。


 最後の思い出を一緒につくるメンバーが、自分で選べたらいいのに。そんな贅沢な願いが、陽佑の胸をよぎる。今のクラスの誰かがいらない、というのではなく。ただここにいてほしい顔ぶれが、もう少しいるだけだ。双川とか、樋口ひぐちとか、城之内じょうのうちとか。……そして梅原とか。

 ただ、それだけ。……それだけだ。

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