70 I need You.

 ボールがはずむ音が硬く、コートを揺るがす。

 それ以上に硬いのが、チームひとりひとりの表情だ。

 まずいな、と土田は見てとった。


 ……7月末。男子バスケ部は、県総体の試合に臨もうとしていた。体がウォームアップしても、心が固まったままで。

 土田はコート反対側でアップしている相手チームを見やった。……強そうだ。相手の気配と緊張感で、みんな気圧されているのか。

 なんとかしないとな。でも、こういうときって主将として、どう言えばいいんだろう。

 こちらのスタメンは、土田のほか、大野、村松、清水、2年の八幡やわた。大野は小柄だが、試合中は周囲をよく見て冴えたパス回しをしてくるほか、体格を逆用してドリブルでディフェンスを突破するなどの技術を自分で磨いてきた。卑屈になる必要なにもねえじゃん、と土田は思っているのだが。


 監督の先生から集合がかかった。ほぼ同時に相手チームも向こうに集合する。いよいよ試合が始まろうとしていた。

 訓示の後、先生が土田を呼んだ。主将からひとこと言ってやれ、の合図だ。はい、と進み出ようとした土田を制して、ちょっといいですか、と大野が声を上げた。土田がうなずくと、大野は選手たちの前に進み出て、いきなり――自分の頬を両手で両側に引っ張り、変顔を作った。

 どっ、と期せずして全員が吹き出した。

「おー、みんなやっと笑った」

 してやったり、の笑顔になって、大野はそう言った。

「もっと肩の力抜こうぜ、みんな。その方が女子にもモテるって。……ほら」

 2階席の一角に、応援に来た生徒がいる。選手たちが手を振ると、振り返してくれる女子が数人いた。


「主将、お待たせ」

「おう」

 土田は交替して、仲間たちの前に立った。――大野が時間を稼いでくれたおかげで、今何を言うべきか、頭の中でだいたいまとまっている。

「大野の言う通りだ。県総体で力が入るのはわかるけど、まずは自分たちらしいプレーができないと意味がない。おれたちはおれたちのやり方で市総体を勝ち上がってきた。自分自身を信じろ。仲間を信じろ。今まで練習してきたことを実践すれば、いつの間にか勝ってる。気合いは肩には込めるな、プレーに込めろ」

「おぅっ!」


 審判がコートに入ってくる。スタメンはジャージを脱いで、ユニフォームになった。

「答え、出たのかよ」

 ジャージをたたみながら土田は、小声で大野にたずねた。

「出てねーよ。けど、あそこはオレが必要な場面、だろ?」

 にっ、と大野が笑う。ここ数日の屈託は見えない。


 ――出てるじゃねえかよ。


「おれも、わかった」

 土田はたたんだジャージを床に直置きしながら応じた。

「リーダーったって、おれはただの『顔』だ。『心臓』は別にいる。それでいい」

 自分は顔でしかない。心臓の役を果たしてくれる誰かが必要なのだ。そして、おそらく心臓にとっても、顔は必要なものであるに違いない。……それでいい。


「……よくわかんねーけど、土田が『顔』だってんなら、オレが『口』になってやるよ」

「へらず口にか?」

「言いやがったな」

 ふざけながら、土田と大野は、審判の「整列」の声に急いだ。


 ――勝てる。大野がこの調子なら。


 両チームは整列し、試合開始前の礼を交わした。

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