2学期
71 誕生! 桑谷相談役
……夏休みという期間は、3年生たちにとって、あまり断絶期間という気がしなかった。
運動会にそなえ、各班は活動を続けていた。堀川たちの応援合戦振付班は、何度も集まって、振付だけでなく配置図まで作って、ああでもないこうでもないと議論していた。
そうこうするうち、蝉の主力もアブラゼミやミンミンゼミからツクツクボウシやヒグラシに入れ替わっている。ダンスはでき上がり、振付班の指導のもと、3年生らは夏休み後半を返上して特訓に入っていた。
土田率いる男子バスケ部は、県総体に優勝し、秋のブロック大会に進出が決まった。始業式の朝、3年2組の教室で同級生たちに激励され、まあこれもおれのおかげだな、とにやける土田を押しのけ、大野がオレのおかげだとわめいたので、即興の漫才が始まった。ようやく大野が4組に帰って行ったと思ったら、入れ違いに登校してきた小沢が開口一番、
「土田、お前、夏休みにデートしてたろ!」
と大声を張り上げたので、2組は騒然となった。
「相手誰だ! 手ぇつないでたあの女の子誰だ!」
このクラスで、土田より背の高い男子は小沢しかいない。その小沢に詰め寄られ、軽くうろたえて、いつだよ、どこだよ、と土田が口走っているところへ、葉山が入ってきた。
「なんの騒ぎ?」
やれやれこれだから男子は、みたいな顔でたずねる葉山に、真壁が、土田くんがデートしてたんだって、と教えたとたん、葉山が真っ赤になった。
「えっ、いやっ、だってその、あれは」
土田が葉山に必死で、黙れ、と合図したのだが、遅かった。
「うそっ、葉山さんだったの?」
一瞬の静寂の後、小沢が、
「そういえば葉山だ! 髪おろして眼鏡外してたからわからんかった!」
と葉山を指さして叫んだので、いよいよ教室は蜂の巣をつついた状態になった。
……葉山は去年の文化祭で、その姿を披露しているので、小沢にもなんとなく見覚えがあったのである。
「お前らいつの間につき合いだしたんだよ!」
「ひゅーひゅー」
「……平和だな、うちのクラスは」
例によって廊下側の窓辺で、
「まったくだなー」
連城は同意した後、声を落として、陽佑に教えてくれた。実は去年のファッションショーの準備をしていたとき、最初の衣装合わせで葉山が髪をおろして眼鏡を外した姿を、初めて目にした土田が、しばらくぼーっと見つめていた、ということを。葉山の素顔には連城も含めて全員びっくりしたのだが、土田の様子は肩をつかんで揺さぶりたくなるほどで、
「もしかしたら、とは思ったけどな」
とのことだ。
「へえ……」
……中学生同士でデートって、どこでどんなことして過ごすんだろうか。苦悩しつつ連城と議論した経験がある身としては気になるが、聞いたってしょうがないか。
廊下に梅原の姿が見えたので、ふたりして、おーす、と手を振った。デートなんて話が出た直後だったから、普段以上に落ち着かない気分になってしまったけれど、おはよう、と応じて片手を上げただけで、梅原は1組に入ってしまった。今日梅原と関われたのはそれだけだった。なにせ今日はさっそく、テストがあるのだから仕方あるまい。
〇
始業式の後、3年生は学力テストがあり、昼過ぎにようやく解放された。テストは翌日にも続くので、今日は運動会の準備もクラブ活動も一切禁止だ。下校の荷造りをしていた陽佑は、土田に声をかけられた。
「ちょっといいか」
「ん?」
同級生らがどんどん去っていく教室で、陽佑のすぐ隣の椅子にどっかり座り、土田は上体を乗り出すようにして話し始めた。
「実はお前に、運動会で、組の相談役になってほしい」
「………………は?」
陽佑は表情はそのままに、2度ほどまばたきした。
「……って、なに? そんな役職って、あったっけ」
「いや、ない。なかった。今までは。今回作った」
「……話の意図がわからん」
陽佑は補足を求めた。
「うん。実は……この前、バーガー屋で話したときに、思ったんだけどな」
土田は机に片ひじを乗せた。
「おれとか葉山とか、いわゆる幹部ってのは、ある程度体育会のノリで、先頭に立って引っ張っていかなきゃならんわけよ。あれこれ号令かけることも多いし、体育会のノリでないと引っ張れないところもあるしな。けど、それだけじゃだめだ。各部署とか、下級生のところとか、自在に出入りして、情報集めたり不満とか要望とか聞いたりして、必要な情報なら共有できるようにするとか、不満とか要望とかは該当するところに届けたり解消策を考えたり、そういうことができる奴がひとり欲しいなって、そう思った。……おれは、お前が適任だと思う」
「調整役、みたいなもの?」
「ああ、そんな感じだ」
「……考えとしてはいいと思うけど、俺が適任ってくだりがわからん」
「そういう担当は、体育会系じゃない奴がいい。おれなんか、ばりばり体育会だしな。いろんな部署の人間が、わりと気軽にものが言えて、下級生からも、この人なら聞いてくれるかもと思われるような、そういう雰囲気の人間がいい。それでいて、言うべきときにはばしっと自分の考えが言える奴。そうなるともう、お前しかいない」
「そんな奴はいくらでもいるよ」
「何を言うか、文化祭を成功させた実績のある奴が。生徒総会で2年生にも顔が売れてるし」
土田がにっと笑う。
「実績……」
――言われたな、以前に
「それに、1年のときの武勇伝、学年規模で知られてんだぞ。あのドやかましい大野を一喝して黙らせたってな。お前か連城しかいないだろう。でも連城にはもう別の役ふっちまったからな。お前で決まったようなもんだ」
……陽佑の頭の中で、いろいろなものが符合していった。確かにあのあたりから、クラス委員選出の票が妙に集まったり、わけのわからないことで頼られたり、そうしたことが増えてきたような気がするのだが、そんな噂が流布していたのなら、無理のない展開ではあるかもしれない。しかし、だいぶいろいろ間違って伝わっているようでもある。
「事実と違ってる点を訂正したいんだけど」
「それは今度にしてくれ。とにかく、そういう役目を引き受けてほしいんだ。今後は幹部として扱うし、組集会のときに下級生にもそう紹介する。ほかの幹部にはもう根回ししてある。実際の問題処理の方法はお前の判断にまかせるから」
……話がどんどん先へ行ってしまっている。「外堀を埋められる」って、こういう状態のことを言うんじゃないだろうか。これはもう、俺が引き受けるものと決めてかかっているな、と陽佑は思い知った。それにしても、相談役って、本来の意味と違う役名のような気がするのだけれど、……指摘してもしょうがなさそうだし、じゃ自分で役名考えろと言われたら、のけぞるしかない。
「……土田、なんとかして俺を巻きこもうとしてるだろ」
「ばれたか」
土田の笑みはとても人が悪い。
連城の奴も、知ってて黙ってたな。……おおかた土田に、自分が話すまで黙ってろとでも言われたのだろうが。
「なんでそうまで……」
「心臓がなきゃ話にならねえからな」
「心臓……?」
「ま、ともかく頼まぁ」
……拝まれてしまった。もう、引き受ける、以外の回答は受け付けてくれなさそうだ。無駄な抵抗はやめることにした。
「わかった。やってみる。あんまり自信ないけど」
陽佑は苦笑した。
その日の夕方、自宅でテスト勉強していた陽佑のスマホに、「幹部グループ」への招待メッセージが届いた。陽佑はメッセージアプリで登録を確認して、「よろしく」と送信した。
「メンドー頼んで悪いな、
「待ってたぞー」
「桑谷くんだー(スタンプ)」
「真打登場」
「こちらこそよろしく」
土田、連城、堀川、山岡、葉山。それぞれの個性でメッセージが返ってきた。
須藤は親のスマホを使わせてもらっているらしく、「出遅れた、よろしくな桑谷」と送ってきたのは数時間後のことだった。もう9時を過ぎていたので、陽佑がそのメッセージを目にしたのは翌日に当人と接触した後、というオチがついた。
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