53 オーディション

 文化祭ステージのオーディションの日がやってきた。

 陽佑ようすけは、参加希望を提出してきた23組の代表者たちに、オーディションの日時と場所、審査員の顔ぶれを通知した。


 当日、会場となる小会議室の前の廊下に、20組の生徒が並んで出番を待つこととなった。3組ほど、何かの不都合か、来なかったのである。当然、失格となる。だがそれでも、5つの枠を争う20組だ。熾烈さはほとんど変わらない。


 陽佑は数人の文化委員を率いて、名簿を片手に、廊下で参加者を順番に並ばせてはチェックしていた。

「なかなかソーカンだな」

 例のニヤニヤ笑いで、双川ふたがわは廊下を見渡して感想をもらした。バンドの楽器一式は、執行部がレンタルして用意しているので、彼らは楽譜以外は持ってきていない。せいぜいドラムスの宮野が「これでないと調子が出ない」とスティックを持参している程度である。

「ごめんな、本当にすごい倍率で。10組参加できるようにできたらよかったんだけど」

「なんでお前が謝るのかわからん」

 陽佑が頭を下げようとするのを、山岡は無理やりやめさせた。

「この数じゃ、結局オーディションになってたろうよ。同じことだ。それに、お前の文化祭盛り上げたいって奴がこれだけいたって証拠じゃねえか。かえって燃えるぜ」

 そうそう、と橋本が、いかにも真面目っぽく眼鏡を押し上げながらうなずく。その隣で相葉が、指で両耳をふさいで、歌詞をおさらいしている。オーディションでの服装は、重大な支障がない限り制服もしくは学校指定のジャージと指示が出ているので、彼らも全員制服姿だった。確かにバンド演奏に、ジャージよりは制服の方がまだしもだろう。


「お前は審査員じゃねえの?」

「うん、辞退した」

 山岡の疑問に、陽佑は正直に答えた。

「なんでだよ、発起人のお前が審査しなくてどうすんだ」

「俺、全校生徒に言っちゃったもん、友だちのバンドが見たいって。これで審査員に加わってたら、公平じゃないだろ」

「そうか……」

「だからこそオメーが審査すりゃーよかったんだろーによ」

 双川が、バンドリーダーと正反対のことを堂々と言ってのける。


 今日の審査員は、教頭の岩渕いわぶち先生、文化委員会を所管する石井先生、生徒会執行部の福田会長と市川副会長、文化委員会の中島委員長と野木のぎ副委員長だ。陽佑は、中島にも山岡と同じことを言われ、同じことを言って辞退したのだった。


 山岡たちとの会話を切り上げ、陽佑は参加者のチェックを続けた。堀川と勝田のダンスユニットは、ジャージに着替えての待機だ。桑谷くわたにくんお疲れさま、と言ってくれた。その後ふたりで打ち合わせを始めたのが耳に入ってきたのだが、やはりダンスの主導権は勝田でなく堀川が握っているらしかった。女子ってわからんな、と陽佑は思ったものだ。連城れんじょうらファッションショーのメンバーもちゃんと来ていた。彼らの企画は制服でもジャージでも重大な支障をきたすため、私服に着替えている。連城は肩に大きなトートバッグを提げ、どういう作戦か、USBのフラッシュメモリを片手でもてあそんでいる。彼らは最後の作戦会議にひそひそ話し合っていて、陽佑を見てもちらっと片手を上げるだけだった。陽佑は軽くうなずき、全員そろっていることだけ確かめて、次のチェックに移った。


 ほかにも、フラメンコ、マジック、バルーンアート、多彩な特技を持つ人たちが並んでいた。陽佑が驚いたのは、3年生のバンドのひとつに、生徒会執行部会計の柳井やないが、キーボードとして参加していたことである。確かに申込書に名前が書いてあったが、そのときは気づかなかったのだ(フルネームを知らなかったという事情もある)。えっ、と驚く陽佑と目が合うと、柳井はスカートを片手ではらいながら、口笛を吹く真似をして目をそらしてしまった。それにしても、こんなにたくさんの生徒たちが、自分の趣味や特技を見てほしいと思っているのか。それを披露する場を求めていたということか。……あるいは、来年も開催しようということになるかもしれない。が、来年のことは来年の文化委員会にやってもらおうと、陽佑は思っていた。さすがにそこまで自分が面倒を見なくていいと思う。来年の文化委員会にやる気がなければ、それまでのことだ。それに、とりあえず今年を成功させないことには、来年も何もありはしないのだから。

 順番を待つ生徒たちは、仲間内で打ち合わせをしたり、「お前そんなのできるの?」と、情報交換に花を咲かせている。

 ……小会議室のドアが開いた。文化委員のひとりで、案内係として待機していた1年生が、顔を出す。

「それでは1番の方、中へどうぞ」

 廊下が静まった。いよいよ、戦いは幕を開けたのである。


     〇


 ……オーディションの結果は、3日後に廊下に貼り出された。

 突破したのは、柳井のいる3年生のバンド、堀川と勝田のダンスユニット、連城らのファッションショー、3年生のパントマイム、1年生の落語、以上の5組だった。

 陽佑が期待していた「2年生有志(仮)」は、残念ながらオーディションに落選した。審査員に偏見があったわけではなく、3年生のバンドの方が、実力で彼らを上回っていたのだ。相手の演奏をドア越しに聞いて一瞬で、ああこれはかなわない、と悟ったらしい。実力で敗れたことがはっきりとわかったので、2年生有志(仮)はさほどがっくりしていなかった。

「あいつらは3年生だ。来年は絶対にいない。そのときこそ、おれらがステージをいただきだ」

 山岡の言葉に、メンバーも晴れ晴れとした表情を見合わせた。

「もう今日からでも練習したいくらいだな」

「ただよ、桑谷に悪いな、ここまでしてもらったのに」

「これはもう完全に、おれらの力不足だ」

「そんな気をつかわないでくれ」

 陽佑は首を振った。

「ただ、来年は何の便宜もはかれないよ。もう俺、ここまでしないから」

「なに、これだけ応募者がいたんだから、来年も『やらねえのか』って声は上がるだろうよ」

「おい、それまでにバンドの名前決めよーぜ」

「あー、ひょっとして、落選したのはバンド名決まってなかったからじゃねーのか」

 また始まった、と陽佑は苦笑した。


 ……それにしても。

 なんと多くの生徒が、通常の学校生活ではうかがえない特技を持っていることだろう。いや、参加申し込みをしなかった生徒たちだって、何かしら、別の顔を持っているはずなのだ。たとえほんの一部だろうと、それを披露できる場というものを、これだけの生徒が求めていたのだ。彼らはまた互いに刺激し合って、新たな効果を生み出すことになるのかもしれない。

 なんだか奇妙な気分だった。文化祭をやろうと提案したのは、確かに自分だ。でも、それらの質を決めるのは、オーディションに参加した彼らであり、選考を行う審査員たちだ。自分はただの呼びかけとセッティングなのに……。

 作り上げたのは俺じゃない。でも、俺が動かなければ、こうならなかったということか。俺が動いた結果、文化祭はなんだかとんでもない規模になりつつある。思い描いた以上の効果になったことが、不思議というか、奇妙というか、――本当に俺が企画したものなんだろうかと、呆然に似た感覚になる。


「ひとまず成功だね」

 声をかけられて振り返ると、梅原がいた。ブラスバンドの部員としてステージに立つ彼女は、別口で出演しようとは考えなかったようだ。

「桑谷くんの提案、これだけたくさんの人が喜んでいるんだね」

「……まだまだ。本番があるからね」

 嬉しくてゆるんでしまいそうな気分を、陽佑は引き締めるつもりでそう答えた。

「でも、参加者がかなり質が高そうだよ。こういう人たちが競って参加する本番なら、7割くらい成功したようなものじゃないかな」

「うん、ま、そこは期待できそうだね」

 でもそこは俺じゃなくて参加する人たちが作り上げる部分だからさ。少し照れながら陽佑がそう言うと、梅原は小さくため息をついた。

「遠慮がすぎるんじゃないの」

「遠慮って」

「だって、桑谷くんがこれ企画しなかったら、この人たち、学校でこんなに生き生きした顔になること、なかったかもしれないよ」

 さっきちらりと陽佑が思ったのと、ほぼ同じことを、梅原も言ってくれた。

「そう……かな」

「そうだよ」

「ん、ありがと」

 なんだか照れくさくなって、陽佑は頭をかいた。


「おーい、桑谷!」

 双川が怒鳴ってきた。

「放課後、ジェイバーガーで打ち上げすんだけどよ、オメーも来いや」

「俺、行っていいの?」

「いいから誘ってんだろーが、アホか」

 相変わらず双川は表現が乱暴である。

「あ……うん、じゃ、お邪魔するよ」

「おー」

 双川はのそのそ歩いて行く。その先で、山岡たち2年生有志(仮)のメンバーが、手を振ってくれている。陽佑は、梅原に「じゃ」と言って、彼らの後を追った。梅原の言葉はありがたいけれど……今は、彼らの方を、大切にしたかった。

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