52 ステージへの招待

 文化委員は、1年生が1階、2年生が2階、3年生が3階と手分けして、ポスターを貼って回った。文化祭の告知である。生徒たちはポスターの前で、ざわざわと騒いでいる。文化祭の正式な日取り、参加希望者の申し込み締め切り、出演予定者は5組、オーディションの可能性あり。ポスターの絵柄は、委員長の中島が美術部に依頼し、以前描かれた作品を使わせてもらったのだが、偶然陽佑ようすけと同じクラスの、小長井こながいという女子のものだった。ステージという形式なので、せめて美術部にこうした形ででも参加してもらえたら、という陽佑の願いだった。


 ポスターの前に立つ生徒たちの反応はさまざまだ。運動会以上の闘志を燃やす者。きゃいきゃいと単純に楽しそうにする者。ぽかーんとしている者。あまり興味なさそうな者。夕方には、ポスターと同じ柄のチラシが全校生徒に配布された。こちらは、一部を切り取って参加申込書として扱ってもらえるようデザインされている。チラシが配られ、終礼があって、解散になった瞬間に、山岡は申込書を陽佑に渡してきた。陽佑は素早く目を走らせる。山岡らしい悪筆ながら、必要項目はもれなく記入されていた。演目はバンド演奏、代表者及び全員のクラスと氏名、必要な道具――ひとりで学校に持参できない物及び高価なものは持ち込みが禁止されており、必要であれば学校や執行部が手配することになっていた――、ユニット名(あれば)は、……。

「ちょっと待った山岡、なんだよこれ、二年生有志(仮)って」

「決まらなかったんだよ」

「…………って……」

「とりあえず、今回はそれで行かしてくれ」

「今回はって…………」


 そんな出来事も含みつつ、文化委員たちの手元には三日間で申込書が提出された。陽佑が把握した2年2組の申込書は3枚。1枚は山岡らのものだが、残り2枚にも陽佑は驚かされた。


 まずひとつは、クラスの女子堀川と、4組の女子勝田のふたりによるダンスユニットの応募。勝田とは同じクラスになったことはないが、勝気でてきぱきして気が強く、ダンスをやっていても不思議にもなんとも思わない。しかし、2組の堀川の方は、普段おっとりして物腰やわらかな雰囲気で、クラスの癒し系女子の一角である。ダンスをやるとはちょっと想像つかない。しかも代表者は堀川の方なのだ。

「せっかくだから、ちょっとやってみるね」

 ほんわかした口調でそう言いながら堀川は、意外さに不意打ちされて固形化した陽佑に、にこっと笑ったものだった。


 もうひとつは、なんと連城れんじょうから提出されたものだった。

「ファッションショー?」

 陽佑は両目を、これ以上はできないというくらい丸くして聞き返した。

「そう」

 連城は得意そうに、丸い鼻をうごめかせた。

桑谷くわたにの企画、おれが盛り上げなくてどーするよ。ま、思いついたのが2学期始まってからだったからさ、衣装考えて作るのはさすがに間に合わないワケよ。でな」

 説明を聞きつつ、陽佑は用紙へ視線を滑らせる。そのほかの参加者として、土田、城之内じょうのうち荻野おぎの、葉山の名が書かれている。

「モデルを4人ほど集めた。で、それぞれ私服を何枚か持ち寄ってもらってな。それをちょっと着こなしを工夫すればカッコよく見えるってな提案をする方針で、ショーをしようと思ってよ」

「へえ……」

「これなら費用も抑えられるし、採寸とかの手間もはぶけるし、中学生としても実用的だろ? おれも趣味と勉強兼ねてるようなもんだしさ。もし来年もあるなら、衣装を作るってのに挑戦したいな」

 なるほどと陽佑はうなってしまった。アイデアというものはあるものだ。ファッションショーだからといって、奇抜な衣装を一から作ることに中学生がこだわる必要はない。これは面白そうだ。

「けど……確かにモデルやりそうな顔ぶれではあるけど……葉山?」

「なによっ! 文句あるのっ!」

 葉山美織みおりが、机ふたつほど向こうから、きっとにらんできた。眼鏡をかけ、伸ばした髪を編み込みにして、いかにも口やかましい委員長キャラといった外見と言動の女子、だと思っていたのだが……。

「いやゴメン、文句はないよ。ちょっと意外だなって」

 やばいな、と陽佑はたじたじになった。

「意外ってどういうことよっ! やってみたっていいじゃないのっ!」

「いや、だめなんて言ってないし……」

 もはや防戦一方である。連城がくすくすと、やや苦い顔で声を殺して笑っている。おれもくらったんだよな、と頬に書かれていた。周囲の生徒たちも、無責任な笑いを浮かべて見物している。


 しかし、……陽佑のクラスだけで、参加希望者は3組現れた。ほかの全クラスをさらって、希望者が2組以下、ということはありえる。こいつらは全員、発起人の俺がいるクラスだから気を遣ってくれているだけで、ほかのクラスではそんなに盛り上がっていないんじゃないだろうか?



 発表から三日後、申し込みは締め切られた。非常に短い期間で申し訳なかったが、日程や準備などを考慮するとこれ以上長くできなかった。文化委員たちは、それぞれの手元に集まった申込書を持ち寄った。合計……23組。


「……うそ、だろ?」

 陽佑は呆然とつぶやいた。23組もの参加者希望者が、5つの出演枠を争っているのだ。


「オーディションだな」

 中島は額をかきながら言った。分析してみると、1年生は少なめで、3年生が圧倒的に多かった。1学期に文化委員だった3年生が言ったとおりのようだ。中学最後の思い出をもうひとつ作る機会がほしかったのかもしれない。

「よし、審査員と道具の手配は、おれがかけ合う。桑谷は、オーディションを参加者に告知する作業に専念してくれ」

「わかりました、お願いします」

 陽佑はすぐさま返事した。こういうとき、中島は話が早い。陽佑はすでに頭の中で、やるべき作業の手順を引っ張り出している。


     〇


 教室は無人だったが、まだクラブなどで残っている生徒の荷物が、そこここの机に乗せられている。陽佑はその日の打ち合わせと、ほかの文化委員たちへの指示を終えて、リュックに筆記用具を突っ込んだ。

 不意に、廊下から話し声が近づいてきた。男子と女子、ふたりだ。男子はどうやら4組の池田のようである。1学期に文化委員を務めていた。女子はぱっとわからない。クラブのことで愚痴を言い合っているようだ。ふたりとも演劇部らしいと、すぐに知れた。

「おかげですっごいやりにくーい」

「だよなあ」

「だからやだって言ったのにー。なにが文化祭よう。去年の発表会方式の方がずっとよかったのにー」

「まったくだよ。しかもあれだけ調子こいて演説ぶって、出演者5組だけって」

 笑い声。

「えれえ張り切っちゃったわりに……」

 いきなり声がやんだ。なるべく押し殺した足音が、2組の教室の前を通って、4組の方へ去っていく。開いたドアから、陽佑が中にいることに気づいたのだろう。

 ……陽佑は黙って、しばらく彫像のように固まっていた。

 覚悟はしていた。全員が全員、文化祭を支持してくれるはずがないとは、理論的にはわかっていた。従来のやり方の方がいい、という声があるのは当然だろうと、思っていた。そう言われる覚悟がありますと断言したのも嘘ではない。

 しかし、ダイレクトに聞かされると、思った以上に深々と刺さるものがあった。怒りやむかつきや反発心というものは、あっさりと貫通され、ぴくりとも動かなかった。


 …………きついな。


 声を出さずに、力なく、ちょっと笑う。

 そうか。少なくとも演劇部には、やりにくい形になってしまったのか。これが、自分の力不足というやつなのだろう。力量が足りない、配慮が足りない。それを突きつけられることは、想像以上にきついダメージだった。

 ――けど、な……。

 山岡や双川ふたがわをはじめ、目を輝かせて文化祭という企画を喜んでくれた生徒も大勢いたことも、陽佑はなかったことにはできなかった。23組もの参加希望申し込みを、ごみ箱に捨ててしまうことはできなかった。もう、文化祭は走り出してしまっている。文化委員会の一員として、そして発起人として、ここで「やーめた」とは言えないのだ。せめて、ああは言ったけどやってみたらけっこう楽しかったね、と思ってもらえるような結果を出すしかない。やりとげるしかないのだ。


 陽佑は、リュックを背負い、教室を後にした。

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