51 夢で逢えたら

 運動会の日は薄曇りであった。カンカンに晴れるよりもありがたい。山岡が参加してスズメバチが迫力たっぷりに描かれた巨大な看板を設置して、黄組は応援席に陣取った。陽佑ようすけは、同級生と並んで応援に声を張り上げていたが、今年はどうも去年よりやる気に欠けているな、と自己分析していた。今日は文化祭のことは考えないつもりだったけれど、やっぱり気になっているのかもしれない。でも、それだけじゃなくて……あれか。梅原と違う組だから、だろうか。


 陽佑のぽやーんとした気分をよそに、黄組そのものはなかなか健闘していた。……陽佑個人はどうもよろしくなかったが。三輪車リレーは、黄組はいくつかの波乱も含みつつ、男女とも優勝を果たした。騎馬戦は、とりあえず猛突進する須藤を先頭に、陽佑と村松が両サイドを固めて、城之内じょうのうちが「行けーい!」と号令し、もみ合いの中でハチマキを奪えないまま馬が崩されて失格になってしまったものの、黄組は準優勝を勝ち取った。対抗リレーでも僅差で準優勝だった。どうも準優勝が多いかな、これは微妙だな、というところで、競技の部は終了である。

 ……黄組よりも、梅原の出番が気になる俺は、不届き者なんだろうな……。

 複雑な思いを抱えつつ、応援合戦の衣装に着替える。今年の男女ペアで、陽佑は横瀬という女子と踊ることになった。実はこの子のことは、陽佑はよくわからない。おとなしくてあまり口を開かず、接する機会も少ないからだ。陽佑自身もどことなくうわの空で、間違えないように注意するのが精一杯だった。


 結果、黄組は、競技の部とデコレーションで準優勝、応援合戦で最下位だった。今年も陽佑の組は不完全燃焼な成績である。熱が入らなかったかわりに、あまりがっかりもしなかった陽佑だった。梅原がいる1組の赤組は、デコレーションで優勝していた。

 帰路、連城れんじょうと別れて自宅に着いた瞬間から、陽佑はまた文化祭のことを考え始めた。結局こっちの方がずっと気になっていた、ということなのだろう。

 ……だと、思っていた。


     〇


 その夜陽佑は、奇妙な夢の中にいた。

 真っ暗な世界にひとり、梅原がぽつんとたたずんでいた。

 思わず呼びかけると、梅原は顔を上げた。なんとも言えず、淋しさと悲しさとがあふれる表情だった。最近ではあまり見ない……そう、1年生のときだって、こんな表情はまず見かけなかった。陽佑は胸の内側をひっかかれるような感触にふるえた。

 手を伸ばし、こっちに来いよと言った。梅原は手を差し伸べてきた。陽佑は、その手をそっと握って、…………強く握りしめて、ぐいと引いた。来いよ、と。梅原は軽く驚いたが、抵抗せず、引かれるままになっていた。

 これは夢だ。突然、陽佑は気づいた。でも……。

 ……夢でもいい。いや、夢であれば、なおさら……。

 どうすればいいのかわからない。ただ、胸の奥から、いやもっと奥から、突き上げてくる熱い何かがあって、心身を駆り立ててくる。陽佑を追い詰めてくる。

 陽佑はさらに梅原を力で引き寄せた。もっと、もっとこっちに。そして……目が覚めた。

 どことなく甘いけだるさと、薄い不快感に包まれていた。カーテンの繊維を、夜明け直後の光がくぐり抜けている。

 手を握った感触だけは、はっきりと残っていた。……そうだ。現実で触れたことがあったから。だからあの感触は、妙にリアルに感じられた。去年の運動会だった。

 文化祭のことに没頭して、忘れようとしていたのかもしれない。梅原と違うクラスになってしまったことを。クラス単位で何かをすることになれば、絶対に一緒にはできなくなってしまったことを。それを……今年の運動会で、てきめんに思い出した気がする。

 だから……あんな夢を見たのだろうか。

 せっかく夢で梅原と会えたのに、ひどく申し訳ない気持ちでいっぱいになった。彼女にとても失礼だったと思えてならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る