50 加熱中
今年の2組は黄組と決まった運動会が、近づきつつあった。2年生の学年応援代表は、1学期にクラス委員だった菊田。土田がクラス委員でなかったら、彼が選出されていたかもしれない。土田と双璧をなす派手な存在で、2組の自称「イケメン男子」山岡は、絵の腕を買われてデコレーション制作作業に参加。ギターばかりか絵もうまく、ほかの成績については沈黙を保つ、芸術家肌の男ということか。体育委員は、男子が須藤、女子は去年も
2年生の学年競技は、三輪車リレーとなった。ひとりずつ、三輪車を漕いで一往復し、次の選手にバトンタッチして、全員が完走する順位を競うというものだ。ルールは単純だが、中学生の体格で三輪車は非常に漕ぎにくく、見る人の笑いを誘う競技だ。男女に分かれ、計2レースで競われることになっていた。去年の多足リレーなら練習もできたが、今年の競技は練習できる環境にいる人が限られる。というか、たとえ自宅であっても、庭で中学生が三輪車を漕ぐ光景って、シュールというより怖くないだろうか。
そう、そしてあの競技を忘れてはならないのだ……騎馬戦。残念ながら今年も廃止にならなかったらしい。ただ陽佑は身長が伸びた恩恵か、今年は騎手にならずにすみそうだった。そりゃ馬だってしんどいだろうけど、直接つかみ合う騎手よりはマシだと個人的には思うのだ。最終的に、いまひとつ闘志の燃え上がらない陽佑、クール系ボケ男子の村松、普段からオーバーアクションでおっちょこちょいの須藤の3人で馬になり、空気が読めないレベルのお調子者である
生徒会執行部は、運動会で大わらわになっていたが、文化祭のことも決して忘れていたわけではない。文化委員長の中島を通じて、文化祭の日取りが決定したと告げられた。では参加申し込みの期限を設定し、申し込み要領を公表しなくてはならない。オーディションになるかもしれないことも付け加えて。オーディションになった場合の審査員は、すでに選定し、根回しもしてある。公表は、運動会が終わった翌日とする。ポスターとチラシの原案はもう作ってあるから、日付を入れて仕上げておこうか。執行部に掲出の認可をもらうのは、委員長にまかせよう。運動会の空気ではちきれそうな校内で、文化祭の話をするのはなぜか後ろめたい。中島は、多少間の抜けたところはあるが、林よりずっと相談しやすい相手だった。お願いします、と言うと、おうそっちはまかせろ、と言ってくれる。
中島と立ち話のような打ち合わせを終えて教室に戻ってくると、誰か男子が「おーいおふくろー」と言いながら教室を横切っていくのが見えた。おふくろって誰だと思っていたら、連城が「おふくろじゃねえ!」と抗議していたので、彼のことだったらしい。
「じゃあオカン」
「やめろってのに」
すっかり忘れていた。連城にはそういう呼び方があったのだ。運動会の季節になって、急に誰かが思い出したらしい。そういえば、ブラスバンド部の
連城は今年も、応援合戦のための衣装について、男子生徒に縫い物講座を開いていた。そもそも彼が裁縫に目覚めたきっかけというのが、小学生の時にマスクを手作りしたことである。デビュー作にふさわしく縫い目はたどたどしいものだったが、連城を開眼させた記念すべき一作となったのだ。以来、このマスクを超える感動を与えてくれるものを、彼はまだ作り出せていないように感じている――陽佑は以前、連城本人からそう聞いたことがあった。
……そして近頃、住宅地の数か所で、夕方から夜間あるいは土日に、庭や歩道で、三輪車を漕ぐ中学生の姿が時たま見られるという怪異な噂が発生している。笑い話だととらえることができたのは、近くの中学2年生だけかもしれない。
ある日の夕食で、陽佑は母からいきなり、学校行事を主催するなんて頑張っているみたいね、と声をかけられて、みそ汁を吹き出しそうになった。そうか、生徒会報を読んだのだ。原稿を掲載されたのは委員長の中島だったが、文化祭を生徒総会に提案した発起人として、陽佑の氏名も執行部のコメントに明記されていたのである。父と姉は帰りが遅くて不在だったが、母に指摘されただけで十分に気恥ずかしい。陽佑はさりげなく、お茶漬けの素を残りのご飯にかけて、お湯をそそいだ。
「見に行ってみたいわねえ」
「やめてくれ、お見せするようなもんじゃないよ」
「あら、けちねえ」
けちとかいう問題じゃない。陽佑は憮然としてお茶漬けをかきこんだ。
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