25 男女交際に関する議論
「では、隣同士でペアになって、その会話文を練習してみてください」
たとえば、この英語教師のように、隣同士のペアという指示が出ると、それぞれ隣同士で肩を寄せ合うと同時に、後ろの方でがたがたと席を移動する音が聞こえてくる。
――あ、
隣席の遠藤という女子生徒と「どっち先にやる?」と相談しつつ、
1年2組の教室では、人数の関係で、最後尾のさらに後ろにはみ出した座席が、2か所だけある。どちらも隣の席というものがない。隣席とペアで課題に取り組むとなると、必然的に、この2か所がペア扱いとなる。やや距離があるので、少なくとも片方が、席を立って移動しなくてはならない。今月の席替えの結果、その2か所に座っているのが連城と梅原なのだ。以来、「隣同士でペアを」という教師の指示が出るが早いか、連城は素早く立ち上がり、梅原のところにいそいそと移動する。そこは、今陽佑が座っている列の最後尾にあたるので、声を聞くのはそう難しくない。
「たまにはそっち行こうか? 毎度毎度来てもらったら悪いし」
「いや、そんなたいしたことやってるわけじゃないから」
――連城の奴め、なにげなさを装っているけど、声がはずんでるな。笑い出しそうになるのをこらえて、陽佑は英文の音読を続けた。連城が、梅原の机の端に肘をついてしゃがんでいるのが、視界のはずれに映る。まったく男というやつは、好きな子からそんな風に気を遣ってもらえると、たとえどんな困難で苦痛をともなうことでも「たいしたことじゃない」と腹の底から思えてしまう生き物だ。まして席を立って移動することくらい。
〇
「連城はさ、告白とか、しねえの?」
その日の帰り道のことである。
連城は、小石にけっつまずいたような挙動を示した。
「な、なんで」
「いや、梅原のこと、好きだとかつぶやいている状態でいいのかなと、ふと思ったんで」
うろたえるという生きた見本そのままの連城は、反撃を試みてきた。
「そういうお前はどうなんだよ」
「……考えたことないな」
自分でも意外なほど冷静に、陽佑はちょっと思案して、答えた。
「おれもだよ」
陽佑が崩れなかったので、明らかに悔しがった様子で、連城は吐き出した。
ちょうど信号が赤に変わり、ふたりは歩みを止めた。そこから青信号になって、横断歩道を渡りきるまで、どちらも沈黙を保った。
「なあ、俺思ったんだけど」
話題を変えたようで実は変わっていないことを、陽佑はたずねた。
「告白って、したら、その後どうすればいいんだ?」
「えっ……」
連城の首の動きが、角ばったものになった。
「それは……返事を待つことになるんじゃ、ねーのか。はいか、いいえか」
「その後だよ」
陽佑は前髪を無造作にかき上げた。髪が伸びたな。切らないと。
「いいえならまだわかるんだ。それ以上どうしようもないって結論出るんだから。はいだったら、……どうなるんだ」
「それは……つきあう、ってことに、なるんじゃ、ねーの」
急発進と急ブレーキを繰り返した口調で、連城は応じた。
「それで、つきあうって、何をすればいいんだ?」
「……デート、とか?」
連城の顔には、もう勘弁してくれよ、と書いてある。陽佑は勘弁しなかった。
「具体的には?」
「……えー……………………っと…………」
陽佑が何を聞きたいのか、連城はようやく理解したようだったが、同時に自身の無理解にぶち当たっていた。
「遊園地行くとか、映画見るとか、ハンバーガー食べに行くとか?」
「遊園地って、この辺ないだろ」
陽佑は眉を寄せつつ、袋小路を潰しにかかった。
「最寄りの遊園地って、片道の電車代だけで小遣い吹っ飛ぶぞ。遊べないし、帰れない。それでも行きたいなら、年間計画いるぞ」
このあたり、現実的というべきか、散文的ととらえるべきか、難しいところである。
そーかー、と連城が、苦い顔を持ち上げた。
「映画も、お安くはないな。見てすぐバイバイはアレだし、お茶代もいるか。……ハンバーガー食べに出かけるのがせいぜいかな。それでも毎週末はキツイな。……つきあうって、中学生にはハードル
「結局
袋小路を潰しまくった結果、不毛な
「……一緒に下校する?」
連城が、いいものを見つけた表情になった。期せずしてふたりは同時に、たった今通ってきた道を思い起こした。
「梅原って、自転車通学だよな。学校から、あの交差点まで……百メートルないな」
「あそこまで、学校の生垣と家しかねえじゃん」
「……方角が全然違うやつらがつきあうことになったら、どうするんだろう」
話がやや脱線しかけ、陽佑と連城はおよそ1分間、口をとざしたまま足だけを動かした。
「……公園、とか?」
ついに陽佑は、ひとつの可能性を言語化した。
ふたりの中学生の歩調が落ちた。
公園でのデート。……不意に、男子ふたりの想像に、生々しい色彩が急速にほどこされていく。口をつぐんで、ふたりは気まずく足をこき使った。今まではなんとなくぼんやりした光景しか浮かんでこなかったのに、公園と聞いたとたんに、イメージが轟音を立てる勢いで、さまざまなものを押し流しにかかってくる。陽佑も連城も、むしろ抗うのに必死になって、言葉を発する余裕を失っていた。
「……それ、誰かに見られたら、
「それを言い出すと、どこも行けなくないか?」
ばさり。音を立てて幕が切り落とされ、生々しい光景を覆い隠した。「去年まで小学生」の感性は、そろそろ限界に達していた。
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