80 決着?
校舎内は興奮のるつぼと化していた。生徒たちがそれぞれ、応援合戦の衣装に着替える。ほかの組がどんな衣装になるのか、目にするのはこのタイミングがほぼ初めてだ。
「そーそー、そこを縛る。……たるんでるじゃねーかよ、もうちょっと短くしろよ。……で、……そーそー。下ぐらいはマトモにはけるんだろーな?」
けっこう連城って世話焼きだよな、と
「おい、後ろから青いのはみ出てるぞ」
連城の手が、後ろから陽佑の首まわりを修正してくれた。やっぱりオカンだ。
須藤のみ、誰とも違う恰好をしている。黒い学生服の上下、青い長ハチマキ、上着の内側には自前の青いTシャツで、暑いー、とこぼしている。
別室で着替えていた女子が数人ずつ帰ってきた。いつもと違ういでたちに、男子はちょっとばかり、おっ、と思わずにいられない。連城率いる衣装班が突貫で作り上げたスカートは、なかなかの出来栄えに見えた。ひとりだけ、堀川がまた違う恰好をしている。青いTシャツと黒いボトムス(自前らしい)、青い長ハチマキ、心なしか髪を男っぽくきりっときめて、
普段おっとりした堀川が男装をきめてすっくと立つと、女子の間から歓声が上がった。そもそもダンスが得意なだけあって姿勢がよい。堀川はにっこり笑うと、どうしたわけか、
「
陽佑に声をかけてきた。なんで俺、と軽くのけぞりつつ、陽佑は困って、
「んー、ちょっと怖い」
「なんでよおー」
桑谷くんひどーい、桑谷あやまれー、と女子の大合唱が上がり、男子は大笑いである。
陽佑は廊下に退散した。四色さまざまな衣装をまとった生徒たちがあちこちに行き来している。
「あ」
思わず声が出た。梅原が、クラスの男子と何か相談していた。どちらももう赤組の衣装に着替えている。梅原は、制服の半袖開襟ブラウス、襟元に制服の赤紫のリボンを結び、青組と似た白いスカートに赤い布を重ねたもの、白い靴下と体育館シューズ、赤いハチマキを額ではなくカチューシャのように頭に結んでいる。男子は、制服の半袖開襟シャツ、襟元に赤いハチマキをゆるめたネクタイのように結び、制服の黒いボトムス、白の靴下と体育館用シューズ、赤い布を三角巾かバンダナのように頭に巻く、というスタイルだった。話はすぐ終わったらしく、男子は1組に入っていったので、すかさず陽佑は声をかけてみた。
「梅原」
気づいて、梅原はすぐこちらに来てくれた。……かわいい。
「桑谷くん、似合うね」
……先に言われてしまった。
「ああ、あ…………赤組の衣装も、いいんじゃない」
恥ずかしい。これが精一杯だ。
「ふふ、ありがと」
そこへ赤組女子の一団が通りかかって、梅ちゃーん、と呼んだので、そこまでになってしまった。
「じゃ、ね。お互いがんばろ」
「おう」
陽佑は、熱くなった頬をごまかすように、きまり悪く首をぐるんと回した。
……言えないよな。後で一緒に写真撮ってくれ、なんて。
3年生の多くが、こっそりカメラを持参している。スマホは持ち込み禁止だし、運動会というイベントではトラブルの元なので、店で細々と売られている、レンズ付きフィルムとも使い捨てカメラとも言われるものを各自で買って、教師に内緒で持ち込んでいるのだ。運動会が終了した後の写真撮影くらいは黙認してくれるのが常だった(運動会直前に、担任の先生がそれとなく「学校で写した写真をネットに上げるのは、非常にリスクの高い行為だな~」などと釘を差す)。陽佑も買い込んで持ってきてはいるが……こんな、生徒が大勢うろつく騒ぎのどこで、梅原を誘えばいいのだろう。というか……声をかけること自体、心理的抵抗が激しすぎる。そもそも同じ組のやつならまだ誘いやすいし自然に見えるけど、ほかの組の女子に声かけるなんて、もう、あれだよな……見えすいてるよな……バレバレだよな……。陽佑は意味もなく、頭をがりがりかき回した。
青組の応援合戦の順序は、大トリであった。ほか3つの組のダンスを先に見て、青組は自信を深めた。うちのが断然イイ、と。青組の出番が来て、持ち時間がスタートすると、土田や杉沼らがちょっとした寸劇をした。その後、学生服姿の須藤と堀川が息の合った連続バク転とバク宙を披露して喝采を浴びた後、ダンスが始まった。曲は、かなり昔のアメリカ映画のテーマ曲だ。もともとダンスが主題の映画だった(とのことだ)ので、テーマ曲もノりやすく踊りやすい。そこに堀川が中心になって振りつけたダンスである。曲が終わり、やり切ったという青組の充足感はかなりのものだった。
応援合戦の衣装のままで迎えた閉会式で、結果発表がされた。青組は、競技の部で赤組に敗れて2位だったが、デコレーションの部、応援合戦の部で、優勝を果たした。三冠こそ果たせなかったとはいえ、二冠、競技の部も2位を奪ったことは、なかなかに立派な成績ではないだろうか。
閉会式の後、各組の応援席で「まとめ」が行われた。3年生の幹部たちがそれぞれ、全員にお礼とねぎらいのあいさつをして、応援代表がそれぞれの学年を代表してあいさつすると、下級生は解散となって片付け作業に入る。
3年生は、巨大看板が入るように全員で記念写真を撮影した後、それぞれ思い思いに写真を撮り始めた。堀川の男装姿は女子に好評で、「次あたしと撮って」という希望者が後を絶たない。男子よりモテている。しかし、どさくさに紛れて男女で写真を撮っている組み合わせも、陽佑は何人か目撃してしまった。土田と葉山とか。山岡と
「桑谷、こっちこっち」
連城が呼ぶのできょろきょろすると、並んだ応援席の後ろ、外壁のフェンス近くに、連城がいた。梅原も一緒だ。
「せっかくだから一緒に撮ろうぜ。お前も持って来いよ」
連城はしっかり、手に使い捨てカメラを持っている。
「あ、あ、ああ」
うろたえたが、陽佑は急いで従った。連城は、まず梅原だけを撮影して、ついでに、と言って、
「桑谷、これ頼む」
と、陽佑に自分の使い捨てカメラを渡してきた。陽佑は、梅原と連城が並んでいる写真を数枚撮った。今度は連城が陽佑のカメラで、陽佑と梅原が並んでいるところを数枚撮ってくれた。さらに、せっかくだからと3人並んだところも無理やり自分でシャッターを押した。当然、梅原のカメラでもそれぞれ撮影している。
「ありがとな。すげー参考になりそう。後で男子も撮らせてもらうわ」
「うん、それはよかった。じゃね」
梅原が赤組に戻ってしまうと、陽佑はつくづくと連城をながめた。
「どうやって誘った」
「ああ、高校入ったときに同じようなことがあったら参考にしたいから、衣装撮らせてくれって。まー、この後赤組の男子とか、黄色と緑も撮影しに行かなきゃなんねーけど、たいした手間でもねーし、参考にしたいのは本当だしな」
「策士……」
「はっはっは、何とでも言え!」
連城がさっそく、赤組に近づいて「おー
「桑谷くん」
後ろから声をかけられた。学生服姿のままの堀川だった。
「一緒に撮ってくれない?」
「…………? いいよ」
なんだかよくわからないまま、堀川と並んで写ることになった。女子と撮るのは少々気恥ずかしいが、運動会の後の解放感、記念の写真を撮るタイミングという空気、真っ向からお願いされた流れから、断る理由もないし冷酷な仕打ちになるかなという気もしたのだった。なにより梅原ともう撮影した後というのが、心理的なハードルを少々下げていたかもしれない。堀川に頼まれたらしく、女子の井上が使い捨てカメラをかまえている。ぼそっと、堀川がつぶやいた。
「……せっかくだから、スカートの衣装がよかったな」
「…………え?」
小さな小さなシャッター音が、鳴った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます