3学期

28 ついに来た…

 3学期の始まりは、陽佑ようすけにとって嵐の前兆のようだった。


 まず、喉の不調は風邪ではなく、どうやら声変わりであるらしいことが発覚した。道理で風邪にしてはおかしいと思っていた。陽佑は鼻に症状が出やすいのだが、今回は喉ばかりで鼻にも熱にもフィードバックがない。健康は大切なことではあるが、かすれたキイキイ声は自分で聞いてもみっともないもので、いい気持にはなれない。男子の声変わりは、痛みや声のかすれがほとんどない人もいるが、陽佑同様の症状が出る場合も珍しくないので、周囲はああこいつも始まったなくらいの認識だけれど、当人はやはりどうにも落ち着かない。音楽の時間に「声変わり中は無理に歌わなくていい」と言われて手抜きできるのがせめてもだ。連城れんじょうは、「おれはあんまり声荒れなかったし、痛みもなかったな」と同情気味に、参考にできない体験談を語ってくれた。聞き慣れた声が変わる――思うところがあるようなないような気もする。戻れないどこかへ踏み出すような、奇妙な感触がなくはない。が、ふと自分のかすれ声を聞いてしまうと、早くおさまってくれ、としか祈れない。


 そしてもうひとつ。陽佑はついにクラス委員に選出されてしまった。2学期に次点にされてから、なんとなく覚悟のようなものはあったので、「なんで」というより「来たか」の心境であるとはいえ、やはりショックはある。ちなみに次点は、2学期につとめ上げたはずの連城で、任期満了で心底ほっとしていた彼は「おれを殺す気か」と吠えていた。まあ仕方ない、と陽佑は無言で腹をくくった。連城には申し訳ないが、3学期は期間も短いし、3年生が高校受験を控えた時期であるため行事も少ない。俺でもなんとかなるだろう。


 しかし、神様というのは本当に気まぐれだ。なんと、女子のクラス委員選出は、梅原に票が集まるという結果になり、陽佑は快哉かいさいを声に出さないよう苦労した。ほかの委員もつつがなく確定し、クラス委員は就任のあいさつを、という流れになると、陽佑は顔がふやけるのを懸命にこらえた。たぶん、仕方なく苦虫をかみつぶしたような表情になったことだろう。陽佑は、何度も咳払いをして不調の喉を多少なりとも整え、教卓の前で、なんで自分が選出されたのかわからないけれどもなったからにはがんばりますと、かすれた声で真面目に述べた。拍手が起こった。連城が口笛を吹く真似をしていたので、睨んでやった。梅原も無難なあいさつをすませ、改めて拍手が起こると、陽佑はせいぜい表情を消して梅原に、よろしく、と会釈した。こちらこそ、と梅原も礼を返した。


 次いで席替えが行われたが、はっきりいって怖くもなんともない。もう今年度いっぱい、梅原と堂々と、公然と、セットでいられる立場が手に入ったのだ。たとえ座席が対角線いっぱいに離れることになろうとも、かまいはしない。これぞ勝者の余裕というやつだ。


 ……などと、歓喜の泉に長風呂しているわけにもいかなかった。クラス委員というやつは、こまごまと忙しい。日々の雑務を日直と分担してこなしている感じだ。日直は毎日交代するけれども、クラス委員の交代はない(今学期に限っては、交代してたまるかと陽佑は思っているが)。運の悪い日はクラス委員と日直を兼務しなくてはならない。陽佑はデキの悪いクラス委員に徹して、なにかと梅原に相談を持ちかけた。それでもわからなければ、経験者である浅川あさかわ(1学期のクラス委員)とか連城とか、相談相手もいる(特に連城は自分から、困っていることはないかと積極的に話しかけてきたが、陽佑からすれば動機は明白である)。そうでなくとも、気軽に助けを求められる程度には、同級生との関係もでき上がってきている。たいへんそうだが、がんばってやってみようという気分の陽佑だった。

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