27 除夜の鐘が聞こえる

 期末試験が終了すると、急激に「冬休み」「クリスマス」「年の瀬」がはっきりと輪郭を表してくる。運動会をはじめ、大小さまざまな行事が目白押しの学期であったが、それでも1学期よりは平穏だったと思えるのは不思議なことだ。まあ、1学期は梅原のことがあったしな。2学期はいろいろな行事を通して、同級生たちといろいろな信頼を結び合うことができ、こいつ意外と頼れる奴なんだ、といった発見も多かった。大野たちもそれなりの信頼回復を果たしつつ、梅原にはもうからまないという、いい方向というか、ほっとする方向に行ってくれたのは喜ばしい。大野の取り巻きたちもそこそこいい奴らだとわかってきた。


 2学期は全体的に、クラスにとっていい期間だったんじゃないかな……。雑談まじりにそう言いかけて、陽佑ようすけは上下の歯をがっちりかみ合わせ、発言をせき止めた。連城れんじょうが椅子に座ったまま机に片頬を押しつけて、意識をどこか遠くへ飛ばしている。「ぷしゅう」とは幻聴だろうか。そうだ、彼にとっては多忙きわまる時期だったのだ。おつかれさん、としかかける言葉がない。ほかにも、目の回る思いをしているのがいて、たとえば体育委員の野村などは、どうすりゃいいやら、という顔で打ち合わせのノートをにらみつけて、頭をがりがりかき回している。近づいた校内マラソン大会の準備に忙殺されているのだ。あれもだいぶ気の毒だなと陽佑はしばらく観察していたのだが、やがて野村は白旗を揚げたのか、「おい布村ぬのむらァ」と女子の体育委員の席へよろよろと歩いて行った(どうでもいいが、姓の似たコンビだなと陽佑は思った)。布村は窓ぎわで数人の女子とおしゃべりに興じていたが、野村が近づいていくと自分の席に戻ってノートを取り出し、つき合わせて何か話し合った。やがて野村は何か打ちのめされたかのようにふらふらと席に戻って行き、布村から「あんたバカねえ」と追いうちをくらっていた。これすなわち能力の差、だろうか。


 今回の期末試験で陽佑ははじめて、数学が17位に入って氏名が廊下の壁に貼り出されるという喜びを勝ち取った。お前すごいな、と連城に言われたが、お前に言われてもな、と陽佑は返した。連城は今回も絶好調で、家庭科で満点こそ逃したが1位は堅守したのだ。


 試験以外に実習でも、連城の家庭科での活躍は光り輝いていた。パジャマを作るという被服実習で、授業中たまたまそばを通りかかった双川ふたがわが連城の出来栄えに仰天し、「コイツすげえ、店出せるぞ」と大騒ぎしたので、クラス中に腕前が知れわたった。こと双川は「オマエ将来ゼッタイ独立して店開け、オレがヤンキー衣装大量発注してやる」と宣言するほどのほれ込みようだった。また調理実習も連城はそこそこいける、ということも判明し、同級生たちからは「オカン」「おふくろ」の尊称(?)を贈呈されつつある。2学期はまさに、連城の学期といえるのではないだろうか。もう全然地味な存在じゃないじゃん、と陽佑は苦笑した。


 見るところ梅原も、ほぼ平穏の中で2学期を終えつつある。戸倉とくら斯波しばなどの女子と過ごすことが多くなったが、もとから自然に親しくなって始まった関係ではないためか、時おり遠慮して、ひとりでいることもままあるように見える。女子って難しいのかな、と陽佑は少し心配する。まあ、腹の内で何考えているかわからない人種だし。……梅原はたぶん、そうした女子とは違うと思う。ほかの女子とうまくやれないのは当然なのかもしれない。それに、女子の交友に男子が手や口を出して、いいことは何もなさそうに思える。逆に女子の仲をこじらせることになる危惧もある。1学期のような事態ならむしろ積極的に話しかけるのだが、今はそうもいかない。朝、休み時間、帰り際などに、すれ違いざま「よっす」とか言うくらいしかない。もどかしいが仕方がない。むしろ1学期、よく俺口実を見つけて話しかけるなんてできたもんだな、どうやってたんだっけ、と思ってしまう。


 校内マラソン大会で、陽佑は全学年で男子56位に入るという好成績を上げた。ゴールしてから陽佑自身びっくりしたものだ。自分でもスポーツは苦手だと思っていたし、ましてクラブ活動もしていないのに、多くの1年生から驚かれた。長距離を走るのは苦しくて当然だが、不得意とは言えないのかもしれない。球技はダメだけど、ひとりで黙々と頑張ればいいものなら、あるいは……。陸上部の森本から、お前ウチに来いよと言われたが、今さらだからと丁寧にお断りした。連城は最下位に近かったそうだ。女子の方はよくわからないが、後日何かのついでに、梅原は70位くらいだったと聞く機会があった。


 平穏な波乱に満ちた2学期は、いよいよ幕を下ろそうとしていた。陽佑の個人的な気がかりとしては、マラソン大会の後くらいから、体調を崩していたことである。喉の痛みが尾を引き、声がかすれる。風邪かもしれないのでしばらくマスクをつけて生活することにした。長引いたら嫌だなと思うが、なかなかすっきりしてくれない。おそらく正月の二日には、ばあちゃんの田舎に一家で行くことになるのだろう。今年の夏は陽佑は行かなかったのに、小遣いだけもらってしまったから、正月は行かないとな、と思っている。だがそれも風邪が治っていないと話にならない。しかし願いもむなしく、とうとう終業式の日もマスクを外すことはできなかった。熱もない、鼻も出ない、頭痛もない、ただずるずると喉だけが痛い。嫌なパターンだなと陽佑は思った。通知表をうやうやしく受け取って、生徒たちは家路についた。別れ際、梅原が「お大事に」と言ってくれたのが、まだ耳に反響している。

 今のところ、雪は降らない。

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