14 陽佑の怒り

 結局陽佑ようすけは、黙っていることができなくなってしまった。


 その休み時間の光景は、次第にエスカレートしつつあるところだった。

 1年2組の教室、自分の席で、押し黙って腰かける梅原。大野、山下、野村、三島といった男子生徒たちが、彼女を半包囲して、責めていた。自分たちの発言でヒートアップしていくのか、罵声はだんだんひどくなっていく。

 異様な光景に、生徒たちは凍りつき、遠巻きになって呆然と眺めるしかなかった。

 陽佑と連城れんじょうは壁ぎわで、のんきな話に興じていたのだが、大野の罵声が耳に飛び込んできて、ようやく異常事態に気づいた。

 梅原は、大野すら見ていなかった。その顔には何の表情もなく、視線を落として、じっとしていた。聞こえてんのか、耳壊れたのか、バカにしてんのか。梅原が反応しないことで大野らの罵倒はさらにひどくなる。

 違う、と陽佑は気づいた。梅原はパニックになっているのだ。大野の攻撃でパニックになって、身も心も凍りついて、何も反応できなくなっているのだ。それが大野にとっては、バカにされているように見えるのだろうか。あからさまに無視されているように感じるのだろうか。


 梅原は、ひとりぼっちでこの中学にやってきた。そしておそらくいわれもなく、初対面の大野からいきなり毛嫌いされ、ことあるごとに攻撃され、クラス全体から浮いたというより、浮かされてしまった。誰も助けてくれないし、頼りにならない。――心を閉ざすしか、できることはないんじゃないだろうか。


 ……地平線の向こうから、嵐のようなものがわき起こってくるのを、陽佑は感じた。たぶん、あまりいいものではない。陽佑はそれが好きではない。けれど、これは無理やり押し殺すべきものではない、と思う。こんな風に思ったのは、初めてかもしれない。耳まで熱くなるのを、陽佑は自覚した。きっと顔色は変わってないだろうが。嵐のスピードは意外に早く、あっと思ったときにはもう喉から飛び出していた。


「やめろよ」


 怒鳴らないように、ただそれだけを注意して、陽佑は声を上げた。けっこう大きく響いたような気がする。


「女子ひとりによってたかって、そんなことやってて楽しいのか」

「春からこっち、教室の空気悪くしてくれて、いい加減迷惑なんだよな」

 連城も、怒ったというよりあきれた様子で、加勢してくれた。


 梅原も、大野たちも、丸くした目を陽佑らに向けたまま黙り込んだ。

 教室は静まり返った。



 女子ひとりによってたかって、そんなことやってて楽しいのか。

 ――男女平等の観点からは、好ましくない表現だっただろうか。そんな事態ではないのに、陽佑はつい、自分の発言を検証してしまう。けれども、男子が数名がかりで女子ひとりを吊し上げている図というのは、やはり何かおかしいと思う。いや、女子数名が男子ひとりを吊し上げるのも十分おかしいが。

 なにより、……あの子を助けたいという気持ちに対して、男女平等の視点は必要なのだろうか。



「おい、席につけ」

 はかったようなタイミングで、地理の教師が入ってきた。呪縛が解けたように、生徒たちはあわただしく席に向かった。陽佑らのすぐ後ろで、調子の外れた、下手な口笛がした。双川ふたがわが、自分の席に向かうところだった。この状況で何をしていたのやら、校則違反のスマホをポケットに押し込みながら。

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