2年生

1学期

33 春にして君を離れ

 生徒昇降口の付近は、大騒ぎする新2年生でごった返していた。3年生が「うるせえな、邪魔だな」という顔をしながら、彼らをすり抜けて校舎へ入っていく。

 昇降口のガラス扉には、2年生の新クラス編成が貼りだされているのだ。2年生は、同じクラスになれたとはしゃぎ、違うクラスになってしまったと嘆き、好き嫌い含めて特定の人物はどこのクラスになったのかとチェックする。入学式はまだなので1年生はいなかったし、3年生はクラス替えがなく持ち上がりなので、ここにたむろしているのは2年生ばかりである。


 桜がちらほらと咲き始めた中、陽佑ようすけは今日も淡々と学校にやってきて、昇降口の大騒動を目にして「あ、クラス替えか」と思い当たり、人ごみを回避しつつ前線へ出て、各クラスの名簿を捜し回った。「桑谷くわたに陽佑」の氏名は、2年2組の名簿の中に発見された。来年は持ち上がりで3年2組であろうから、これで3年間通して2組であることが、ほぼ確定したようだ。たまたま近くにいた城之内じょうのうちという男子が「おう桑谷、一緒だな、よろしくな」と言ってきたので「おう、よろしく」と答えておいた。城之内は、去年は1年3組だったのだが、何とはなしに親しくなった仲である。連城れんじょう文也ふみやも同じ2組だった。これは嬉しい。


 が、嬉しいことばかりとはいかないのが、クラス替えの醍醐味というものである。ある意味で連城以上に希望していた梅原うめはら志緒しおは、2年1組に入れられてしまったのだ。これはテンションが下がる要因として大きすぎるものだった。もともと陽佑は、そう気分の上下が表に出る性質ではない。色白なのに、恥ずかしくなって顔が熱くなった自覚があっても、第三者には赤くなったようには見えないという、なかなかのぼんやり体質である。したがって、このときも陽佑の顔には落胆の欠片も浮かび上がらず、誰一人、そこに佇んでいる男子がしょんぼりした気分になっていることなど気づかなかった。もっとも居合わせた生徒はみんな、陽佑どころではなかったのだが。


 ま、仕方がないさ。陽佑は立ち直りも早かった。どうにもならないことでしょんぼりしても、どうにもならない。1組と2組なら、まだ接点が多少はあるだろう。それに、救いがなくもなかった。彼女を攻撃していたあの大野敏行としゆきは、4組に――梅原と違うクラスになったのだ。これであいつも、少し平和に過ごせるといいなと、陽佑は思わずにはいられなかった。ふたりの仲があんな状態のまま同じクラスになり、自分も連城も違うクラスなんて結果になっていたら、いったいどうすればよかったのだろう?


 ついでに、めぼしい友人数人のクラスをざっとチェックする。バスケ部の村松たけしは、今年も一緒の2組。サッカー部の樋口ひぐち則之のりゆきは3組。ブラスバンド部の宮野は4組。あの双川ふたがわじんが、梅原と同じ1組にいるのがわかったのを最後に、陽佑は昇降口の中に入った。上履きを取り出し(春休み期間は持ち帰っていたので)、履き替えて階段を上り、2年生の教室が並ぶ2階に着いた。始業前の廊下は、クラス替えの興奮さめやらぬざわめきでやかましい。2組の教室に入ると、連城はもう来ていたので「おう!」とお気楽な挨拶をかわす。春休み何をしていただの、だべくっていると、城之内やら何人かの男子がひとりずつ参加してきて、ひとしきり盛り上がる。そうしているうちに始業チャイムが鳴り、2年2組の顔ぶれは、指定された出席番号順の座席に着く。陽佑は横目で、新たな同級生たちを見回した。当然ながら、去年からおなじみの顔ぶれもそこそこいる。しかしやっぱり、梅原はいなかった。ま、念のため確認しただけだが。陽佑はしろっとした表情のまま、心の中で小さくため息をついた。


 担任の笹井先生がやってきて、朝のホームルームの後、体育館に移動して始業式となる。廊下に出て、クラスごとに身長順に並ぶことになるのだが、なにぶんクラスの構成メンバーが新しいため、居場所を確定させるのも多少の時間がかかる。お前の方が高いから、とかやって並び順が決まっていく中で、あれ、と陽佑は思った。去年の陽佑の並び順は、前から数えた方が早かった。春の頃は男子の平均身長より低く、彼の前には大野と2、3人しかいなかったのだ。今は……2組の男子の列で、ほぼ真ん中という位置になりそうである。伸びたな、と連城に言われた。やっぱりそうかもしれない。ほかの男子もそれなりに身長が伸びているはずなのだが、陽佑は著しい方なのだろうか。連城は去年からずっと最後尾に近い位置をキープしているので、まだまだ差はあるが。


 嬉しさと残念さとを乗せて、新年度は始動した。

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