56 祭りの後

「んんー……うん」

 陽佑ようすけはひとりうなずき、電卓をたたいたり走り書きしたり、用紙をめくりつつ頭をわしわしかき回したりしていた。


 ある日の放課後。陽佑は2年2組の自席で、最後の後始末に励んでいた。文化祭(仮称)の終了後、全校生徒に配布されたアンケートは、各クラスの文化委員に回収された。文化委員がそれぞれのクラスの分を一次集計し、それを陽佑の手元に集めたのだ。陽佑は二次集計しながら、アンケート用紙に目を通していた。もとより1日2日で終わる作業でもないから、気分はそう切羽詰まっていない。ただしこの結果をもとに文化委員会の反省会が行われることになっている。ぐずぐずはできない。


 クラブ活動の時間でもあるから、自席で作業する陽佑を見物したり手伝ったりしているのは、たとえば連城れんじょうのような暇な生徒である。そこへ、1組から暇を持て余した双川ふたがわがふらふら通りかかり、陽佑がアンケートを集計しているのを見て興味を持ち、陽佑のすぐ前の席に勝手に座りこむ。数時間すると、クラブから戻ってきた生徒たちが興味を持って、陽佑の手元をのぞく。たとえばコーラス部から戻ったもうひとりの文化委員である真壁。山岡、土田、葉山、堀川、小長井こながいら。そのうち、ほかのクラスからおしゃべりに来た樋口ひぐちや宮野らも、陽佑の作業を見守りたがった。いつの間にか梅原や、彼女と最近親しい園浦そのうらという女子もやって来ていて、すでに暗くなったというのに、2年2組の教室は大賑わいになった。誰かさんがクラブ終わりの栄養補給にとこっそり持ってきたお菓子が、袋を大きく破られて全員に供される。アンケート用紙に触れないように横合いからのぞきこんで「うわ、キビシー意見」とかコメントが飛び交う。いやホントすげーな桑谷くわたに、と誰かが言いだしたのがきっかけで、

「よし、桑谷、慰労会やろうぜ」

 と連城が言い出したのを、

「おお、いいなそれ、やるか」

 クラスの中心人物である土田が大声で賛同したので、話は一気に大ごとになった。さっそく、連城と土田が幹事役で慰労会のプランが上がり、女子には葉山が連絡を回すことになった。とっとと帰れ、と先生に水を差されたのでその日はお開きとなり、翌日から2日間ほどの日中で、2組の生徒に連絡が回された。急なことだったので、日曜の3時から個人営業の喫茶店「グリーンテラス」の2階を借り上げて、集まった2組の生徒はおよそ半分ほど。だが、他のクラスから噂を聞きつけて参加した生徒もけっこういて、結局1クラスより微妙に少ないか、程度の人数にふくれ上がった。


「いや俺……こんなにしてもらうほどのこと、してないんだけど」

「なにをおっしゃいますやら」

「それでは皆さん、桑谷の企画による文化祭の成功を祝して、カンパーイ!」

「いやまだ成功したとか……」

「カンパーイ!」

「あ、ああ、どうも……」

 陽佑はひたすら恐縮して、注がれたスポーツドリンクに口をつけた。

 ……ま、いいか。これだけ大勢が喜んで騒げる口実になったんだし。

「いや桑谷、オメーはすげえ。本当にすげえ」

 ちゃっかり参加した双川が、陽佑の頭をつかんでぐりぐりひっかき回した。

「本当だよな。本当にやってくれたもんな、桑谷。すげえカッコいいぜ」

 山岡が陽佑のグラスにドリンクを注ぎ直す。

「そのチャンスをモノにできなかったヤツ」

「んだとこの野郎」

 土田に茶化され、山岡が殴りかかる真似をして、生徒たちがどっと笑った。

「お疲れさま、桑谷くん」

「梅原、来てくれたのか」

 陽佑はちょっと驚いた。連城がさりげなく、陽佑のすぐ近くの席に誘導してくれたらしい。

「はいそれでは、本日の主役、桑谷に、ごあいさつをいただきましょう!」

「土田、お前酔ってねーか?」

 妙なツッコミを無視して、土田は陽佑を無理やり立たせた。無責任な拍手と歓声と口笛が乱舞する。ごあいさつったって……何話せばいいのやら。頭をかきながらきょろきょろしてしまう。堀川が、桑谷くーん、と声を飛ばしてきた。

「あ、ええと、……本当に俺、たいしたことしてないです。そりゃ作業量は多かったけど、文化祭を楽しいものにしてくれたのは、出演してくれたみんなで、観覧して盛り上げてくれたみんなで、だから……いやもうどうでもいいです。みんなありがとう。はいカンパイ」

「いえー!」

 という感じの盛り上がりだった。この際だから余興をやろうということになり、山岡が持ち込んだアコースティックギターを弾いて相葉が歌ったり、菊田きくたがトリックばればれのコミカルマジックをやったり、真壁と丸篠まるしのがハモって歌うなど、大騒ぎの2時間となった。


「梅原、……ありがとな」

 会がお開きとなり、男子の間では「ゲーセン行くか」という声も出て、グリーンテラスを後にしたところで、自転車の鍵を差し込んでいる梅原をどうにかつかまえて、陽佑は礼を言うことができた。

「え? ううん、あたし今日の噂聞いてふらっと来ただけだし、……」

「そうじゃなくて」

 ちょっとだけ呼吸を切る。

「文化祭。……梅原が、ああ言ってくれたから、できたようなものだから」

「……あたし何か、重いこと言ったっけ?」

「いや、ううん」

 陽佑は小さく笑って、首を振った。おいバス来たぞー、の声で、何人かの生徒が慌ただしく走り出す。

「ありがとな。気をつけて帰れよ」

「? ……こちらこそ」

 陽佑は、自転車を押す梅原に手を振って、バス停に急いだ。

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