40 知らない横顔を
「おい
山岡がアンケート用紙をひらひらさせながら近寄ってきた。
「企んでるってなんだよ」
陽佑はわざと、せいぜい人の悪い笑みを作ってみせた。そう言う山岡は、何を期待してか、目を輝かせている。
「見ての通りの意識調査ってやつだよ」
「何のために?」
「さあね」
「なあ、教えてくれよ」
「まだ構想段階だから」
「教えろっての」
派手で人目をひきやすいタイプの山岡が、いかにも地味な風貌の陽佑に、なにやら嬉しそうにからんでいる光景はちょっと珍しい。
アンケートを回収してざっと目を通してみる。意外だったのは、3年生の好意的な反応だった。先日の文化委員会の様子から、3年生は否定的なのかと思っていたのだが、文化祭ステージのような場があるなら参加したい、もしくは見てみたい、と回答した数は非常に多かったのだ。
「そりゃ3年生はな、その時期に裏方やるのはごめんこうむりたいもんさ。余計な仕事増やしやがって、てのが本音だろうよ。だけど、自分らがステージに立つって立場なら、やりたがるに決まってる。中学生活最後の思い出が作れるんだからよ」
アンケート用紙を抱えて持ってきてくれた、3年4組の文化委員である右田が、当たり前だろという顔でそう言った。委員会の席で、陽佑の提案を支持してくれたひとりだ。アンケートを取るとわかると、「2年生にはやりにくいだろ」と、3年生からの用紙回収を買って出てくれたのだ。
そういうものか、と陽佑は納得した。確かに、出場する側なら、3年生は喜ぶかもしれない。もし今後文化委員会の仕事になっていくとしたら、運営のメインスタッフは1、2年生でやることにして、3年生には出場者との連絡調整だけ担当してもらう、という形にしてもいいかもしれない。やはり下級生では、3年生との交渉はやりづらいと思われるので。
2年生と1年生の文化委員は、それぞれの自由意思で、陽佑のアンケート回収と集計を手伝ってくれた。彼らは「何が始まるんだろう?」と興味津々だ。4組の池田は、面倒そうに、でもきちんと4組から回収した用紙を、無言のまま陽佑の机にたたきつけて出て行った。「ありがとう」と声をかけたら、足も止めず、肩をすくめて立ち去って行った。
集計には数日かかった。放課後、合唱大会の練習が終わると、梅原をはじめ文化委員の中で自主的に協力してくれる生徒たちとか、もしくは
忙しい中で合唱大会は行われた。陽佑は決して手を抜いた覚えはないのだが、2年2組の歌唱はどうもハーモニーがきれいに決まらず、学年優勝には届かずに終わってしまった。結果にあまり落胆しなかったのは、やはり手を抜いていたということになるのだろうか。――俺は、声が変わったばかりで、パートに慣れてなかったからな……言い訳か。
ある日の放課後、文化委員有志は全員がクラブ等の都合で来なかったかわり、暇な連城が手伝ってくれて、陽佑は机で電卓をたたいて集計作業を進めていた。山岡たちバンドのメンバーが数人、わくわくした表情でながめていたが、彼らもクラブの練習に参加しなくてはならず、名残惜しそうに去って行った。
「…………できた」
陽佑はシャーペンを放り出し、大きく息をついた。
「おつかれー」
連城は、あちこちから付箋のはみ出したアンケート用紙を押しやって、人のことは言えない疲れた表情でにっと笑った。ふたりで、陽佑が書いたノートのページをのぞきこむ。集計結果が走り書きされている。あとはこれを、表計算ソフトか何かで体裁を整えてプリントアウトすればいい。生徒会執行部に説明することになるなら、口上も考えておかなくては。……2学期に文化委員会で運営することになるのであれば、やはり現在の文化委員長にも根回しして、執行部への説明に同席してもらう必要がある。嫌がられそうだが、2学期の文化委員長が未定である以上、林に来てもらうしかない。
「それにしても、関心高そうだな」
連城がしみじみとつぶやいた。文化祭ステージを見たい、もしくは参加したいという好意的な意見は、7割近くにのぼった。1年生はよくイメージできないのか関心は低めだが、学年が上がるにしたがって意欲が強まり、3年生に至っては熱狂的、という表現がぴったりくる回答が数多い。
「案外みんな、文化祭があればいいのにって思ってたのかな」
「かもな」
「…………そうか」
梅原だけじゃなかったんだ。
みんなが、見たいんだ。誰かの、知らない横顔を。
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