36 着火点

 2年ではじめて同じクラスになった山岡が、実はバンドをやっていることを、陽佑ようすけが初めて知ったのは、まだ1学期も浅いタイミングだった。放課後に所用で時間を取られ、さて帰るぞと教室に戻ってきたときに、珍しい顔ぶれの男子生徒が5人ほど、教室後方の席にかたまって、雑談のような雰囲気で話していた。その中で2組の生徒は山岡ひとりしかおらず、むしろ陽佑の気を引いたのは、去年の同級生で、今は1組に所属している双川ふたがわと、4組に入った宮野の姿だった。

「あれ、双川? 宮野?」

「おー、桑谷くわたにかー」

「邪魔してるよ」

 何も考えず、なにやってるんだと聞いてみたら、バンドの打ち合わせだという。双川がベース担当だと知って、陽佑はかすれ声をさらに裏返した。

「え、双川って、ベース弾くの? スゴイな」

「オレはたいしたことねーけどよ」

 謙遜しつつも、双川はちょっと嬉しそうに唇をにっと吊り上げた。


 リーダーは2組の山岡伸明のぶあき。サッカー部員だ。背が高く、ハスキーボイスで、まあまあイケメンといっていい好男子だ。秀麗というより野性的な雰囲気が強い。ただどことなく、双川と違う意味で近寄りがたい雰囲気がある。普通にしている表情がやや怖そうなのだ。よく笑う、愛嬌のある男なのだが。ついでに、女子にも非常にモテると力説している。実際は、本人が主張する半分くらいのモテ加減だろう。小学生の頃からギターが好きで、かじりつくように弾いていたという。絵を描くのも得意だ。不思議なことに、ギターが弾けるのにほかの楽器はからきし駄目で、リコーダーの演奏さえたどたどしい。その上、絶望的に字が下手という欠点があった。


 もうひとつ陽佑を驚かせたのは、ブラスバンド部で打楽器をやっている宮野が、ドラム担当だということだった。宮野本人にいわせると「おれ、こっちが本業(?)よ」ということで、ドラムスティックで机をリズミカルに叩いて、山岡に「机はやめとけ」と制止されていた。宮野本人はさして目立たない風貌なのだが、こうしていると3割増しほどかっこよく見える。英語が苦手で、「じすいすあぺん」「あいあむあぼーい」などと、ひらがなを発音したとしか思えない英語を話すことで知られている。


 あとのふたりは、陽佑とは接点が少なくよく知らなかった。3組の橋本はキーボード担当。眼鏡をかけ、いかにも真面目な優等生ですという外見をしているが、成績はけっこうひどいらしい。双川によれば「バンドでやる音楽のことになると、別人になっちまうんだよな」とのこと。宮野と同じ4組の相葉は、どことなくのんびりした雰囲気で、普通にしているときでも6割くらいは眠っているんじゃないかと思わせる。ところが口を開くと出てくるのは張りのあるバリトンで、宮野とは違って英語の歌詞も難なく歌いこなすボーカルだという。


 外見も雰囲気もばらばらな5人がひとつのバンドをやっているという状況が、陽佑にはちょっと興味深く思えた。山岡と双川が小学生の頃から面識があり、橋本と相葉は中学校で初めてクラスが離れたという仲だったのが、たまたま出会って意気投合し、ドラムが欲しいというので先輩を介して宮野を紹介された、という経緯で顔をそろえたらしかった。本格的にバンドを結成して活動を始めたのが去年の秋というから、まだ半年ほどか。とりあえず曲は既存のものをコピーしている段階だが、練習ばかりで披露する場がどこにもなく、当人たちのストレス発散に終始しているというのが現状だった。そもそもクラブに所属している奴もいて、平日は練習に集まることさえままならない。

「第一、まだ人サマに披露できるレベルかどうか」

「動画でアップしようかと撮影したことあったけど、自分らで見たらあまりのヒドさに幻滅したもんな」

「動画じゃツマンネ。やっぱり直接の反応ってほしいよな」

「そもそも、バンドの名前さえ決まってないってどーなんだよ」

「……去年の秋に結成してから、決まってないの?」

 打ち合わせの邪魔になってはと、陽佑は早々に退散することにした。薄暗くなった町並みを歩きながら、双川や宮野を素直に、かっこいいと思った。ベースやドラムをやるなんてまったく知らなかったし、プレイしているところを見てみたい気もした。ほかの3人だって、どんな顔でどんな曲を演奏するのだろう。


 いろんな生徒が、いろんな顔を持っている。いろんな特技を隠し持っている。

 普通の学校生活ではうかがい知れないなんて、ちょっともったいない。

 そういうの、披露できる場が、学校にもあればいいのに。


 ……陽佑は、ふと足を止めた。何かに意識をつつかれた、ような気がしたけれど、それはあっという間に姿を隠してしまい、陽佑は影さえとらえることができなかった。

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