92 受験、そして
天気がよかったのがせめてもの救いか。吐く息が白い。
――梅原のやつ、どうしているかな……。
今日は――公立の高校入試、当日である。
それなのに、連城は悪性の風邪をひいたらしく、2、3日前から学校を休んでいた。担任の笹井先生は朝の出欠確認のたびに「あいつは大丈夫か」と、でかすぎる声でつぶやいていた。陽佑も心配していないわけではないが、うかつに連絡しても、休んでいるところを妨害するはめになってはと、気がとがめる。結局、連城の方からほぼ毎日連絡があり、明日の用意などを教えてくれと言ってくるのだが、翌日はやっぱり欠席、のパターンが続いた。昨日は受験日の注意事項などを伝えてある。大丈夫かなとは思ったが、この日ばかりは、やめておけよとは言えない。連城がかかっている風邪に関しては、再受験などの救済措置は適用されないらしいのだ。
受験会場となる各高校へは現地集合である。陽佑は、受験票や筆記用具や上履き、弁当(母が作っておいてくれた)などをくどいほど確認してから、いつものように戸締りして、大通りまで歩き、バスに乗った。受験生らしき、同年代の子が大勢乗っていた。中には友だちや、普段それほど交流はないけど同じ学校の3年生もいて、わざと陽気な声で「よっす」などと言い合った。バスはさらにその後も受験生を何人も拾い上げ、「北高校前」で停車して、ため込んだ受験生を一度に吐き出した。北高の引率担当の
集合時間が迫ったぎりぎりの時刻に、1台の乗用車が徐行してきて、やや離れた路肩で停車し、後部座席から連城が降りてきた。巨大なマスクの内側の顔色を見れば、熱が下がっていないことは明白だ。どんな収納アドバイザーだって、このときの藤長先生の感情を「安心」と「不安」に分別しきることは不可能であろう。
ひとまず北高を受験する生徒が全員集まったことが確認されると、受験生たちは藤長先生に見送られて、受験会場に入った。中学校で願書をまとめてから提出したので、同じ中学校の生徒は受験番号がかたまっている。陽佑も連城も同じ教室での受験になるはずだったが、会場側の配慮で、連城は別室に案内されて行き、すべての試験が終了するまで姿を見せなかった。
弁当をはさんで、すべての日程が終了し、陽佑の自己評価は「まあまあできたかな」である。だいたいにおいてポカミスが多いという欠点は把握しているので、いつもより入念にチェックしたつもりだ。それでも多少悔やまれる問題はあったが、今さら仕方ない。靴を履き替えて外へ出ると、周囲の雑談がひどくにぎやかに感じられる。長くのしかかっていた受験から、ようやく逃れられる解放感。緊張が解けた後の喜び。結果への心配。そうした気分を、今は分かち合えるという高揚感。いろいろな要素で、気分が吹っ飛んでいるのだ。何はどうあれ、もう結果は確定している。まだ知らされていないだけだ。やれるだけのことは、たった今、やりつくした。もう自分の力ではどうにもできない。
厳寒の空はもう、夕暮れの下へもぐりこもうとしている。連城は疲れ切った顔で「じゃ」と言うなり、迎えにきていた車にもそもそと這い込んだ。陽佑はほかの友人たちと、どこか空虚に明るいおしゃべりをしながらバスを待ち、帰宅した。
翌日は通常通り登校した。朝のうちに廊下で梅原と会ったのだが、久しぶり、と言いそうになった。中1日おいただけなのに、それほど受験という出来事は濃密だった。梅原に最初に聞かれたのが、連城のことだった。ここ数日は姿が見えず、陽佑から事情を聞いていたこともあって、心配していたのだろう。受験には来たけどまだつらそうだったと話すと、大丈夫かなあと言っていた。というより、他人はそれしか言えないのだ。いつも連城を含めた3人なのに、ひとりいないことが、奇妙な感じだった。どことなく嫌な感じの高揚を覚えると同時に、それでも話題はこの場にいないひとりのことなんだなという、嫌な感じの焦げた気分が渦巻く。なんとなく会話が途切れると、梅原はなにやら気づまりそうに笑顔を作って、じゃ、と立ち去ってしまった。……やっぱり梅原は、以前とは態度を微妙に変えている気がする。見えない障壁を感じるのだ。
この日は各自で問題を持ち寄っての自己採点が主だった。陽佑は、計算ミスをいくつか発見したが、結局答案用紙にはどこまで書いたか確証がとれない部分もあり、まあ捨てて計算した方が無難か、と落胆した。一方、やけくそで書いた答えがどうやら合っていたらしいという問題もいくつかあって、それらを平均すれば「まあまあ」というゴールにたどり着いた。こういうときだけは、地味でいいのである。連城は今日も欠席だった。笹井先生は、藤長先生から聞いているだろうに、北高を受験した生徒に連城は来ていたかとたずね、あいつは本当に大丈夫なのかとよく響く声でぼやいていた。夕方あたりから、陽佑はなんとなく体がだるいなと感じた。自宅へたどり着いたことは覚えているが、どうやら廊下で眠り込んでしまったらしく、帰宅してきた母に起こされた。念のため測ってみたら熱があった。
中学校ではそのあたりから、悪性の風邪が流行し、学級閉鎖も発生した。受験が終わった後でまだしも、である。快癒した生徒たちは順次教室に戻って来たが、元気になったはしゃぎっぷりも、時期的なものもあって、ひらひらと明るかった。
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