12 夏のお嬢さん

 ……さて。

 夏服の割合が上がってくると、思春期男子としてはどうしても、避けて通れない問題が浮上してくる。

 すなわち、「女子の夏服はブラジャーの線が透けて見える問題」である。


 女子の夏服は、上着もベストもなく、上半身は白いブラウスのみである。で、女子の背後の席になったり、女子がわらわらいる廊下を歩いていたりすると、男子としては気づかざるを得ないのだ。ブラウスの前側は、胸ポケットや前合わせの折り返しなどがあったりして、意外と透けない。何より、すぐ上に女子の顔があるのに、ブラウスをしげしげ観察するわけにはいかないではないか。ところが、これが背面となると無防備なのである。ポケットも折り返し部分もない、つるっとした布1枚が何の細工もなく広がっているだけ。ゆえに……透けやすい。少なくとも、うちの学校の夏服は、だが。男子としては気になって気になって気になって気になって気になって気になって仕方がない。陽佑ようすけ連城れんじょうをはじめ多くの男子は「目のやり場に困る」と表現するが、双川ふたがわを筆頭とする一部の男子によれば、その表現は「偽善」ということになるらしい。かくして、研究熱心な男子が、たびたび超私的な「学会」をひらいて、多くの男子に研究の成果を披露するという、単純明快にして意味不明な流れになった。


 双川はもうほとんど、2組の男子になじんでいた。最初は「ヤバい奴」かと思われていたのだが、陽佑が話しかけたのが契機になったのか、双川の方から陽佑に声をかけてくることもでてきた。そうなると、連城とも話す機会が増える。そこからほかの男子との距離が縮まるまで、そう時間もかからないし、障害があるわけでもない。「話してみたらいい奴だった」の典型である。ひとりでいることも多いけれど、男子に声をかけられることもあり、近頃では双川の気が向けば、騒いでいる男子のかたまりに「おい、何盛り上がってんだ」と自分から加わることもある。その上双川は、女性に関する非常に偏った分野での耳学問がとても深い。話を聞きたがる男子も増加するというわけである。


 一方の陽佑は、その手の話については「俺にはまだちょっと早いんじゃないか」とブレーキをかけてしまう。しかし「じゃ桑谷くわたには来ないんだな」と確認されると、興味がないわけではないので、頬が熱くなるのを自覚しつつ「行く」と答えて輪に参加してしまう。あまりこんなやりとりを繰り返していると、そのうちに「桑谷はムッツリだ」などと不名誉なデマが拡散される恐れがあるので、このごろはいろいろと四捨五入して、正直に最初から加わるようになった。それでもやっぱり顔色が変わっていないらしく、奥手ぶっている割に平気そうだと思われやしないか、かなり気になる。連城はといえば、困ったように笑いながらも、陽佑よりは抵抗少なそうに参加している。素直といえば素直か。


 そんな彼らの、女子には聞かせられない何度目かの「学会」で、「おおおー」などと感動のうねりの中、今日発表されたのは以下の内容であった。


 女子はどうやらあまり考えていないようだが、ブラウスの下に身につけているものがブラジャーだけだと、背後から透けて見える。これがもう1枚、シャツなりタンクトップなりを着ていれば、当然そちらの下着が透けて見えることになるが、ブラジャーの線は確認できなくなる。これすなわち、シャツを着ている女子の方が、ブラジャーの線(専門用語でブラ線と言うらしい)が丸見えの女子よりも、警戒心が強い、もしくは用心深い、と見ることができると言える。なぜならば、ほかの女子を後ろから見ればブラ線が透けることは女子の目にも明白であり、自然と己の背中に想像を馳せることは十分に可能と考えられるからだ。にもかかわらずシャツを着ないという選択をしている女子の方が多いのだ(これについては、わかっていてそれでもシャツを着たくないほど暑い、という観点が指摘され、その後も女子の耳に入らないように激論が戦わされ続けている)。ごく一部の熱心なウォッチャーによる観測では、2組の女子は、およそ3分の1がブラウスの下にシャツを着用しており、残りはブラ線が丸見えだ。しかしながら、勇気と好奇心に富んだ大野、水上みなかみなどの観測報告によれば、たとえば4組などは、シャツ着用率が4分の1に低下するなどの興味深いデータが上がっている。原因について、まさか当事者にインタビューもできないので推測するしかないのだが、教室の日照、自宅の場所、通学手段及び通学路、暑がりなどの体質、クラブ活動、下校後の行動(塾に寄るなど)そのほか、考えられる要因が多岐に及び、また「たまたまそういう女子が4組に多くいただけ」という身もふたもない可能性も否定できず、なお追跡調査を要する、ということであった。


 ちなみに梅原は「用心深い」3分の1に入る。いや、のぞいたりめくったりしたわけではない。その気がなくても見えてしまう状態なのだから仕方がないではないか。梅原がちゃんと警戒していることについては、陽佑も連城もひそかにうんうんとうなずき合った。そうだ、梅原はそうでなくてはいかん。しかし、ほかの女子については、……いや、まあ。


 近々、透けて見えるブラジャーの色彩についての考察が発表される予告があって、今日の学会は大盛況のうちに幕を閉じた。一連の騒ぎを女子が聞きつけたら、汚物を見るような目つきで「男子ってアホだよね」とつぶやくのかもしれない。

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