76 だから好きになる

「梅原は? 運動会で、なんか役職あるの? えーと……赤組だっけ?」

「そ、去年も今年も赤組。あたしは特には。だからクラス委員やってる。でも今は体育委員ほど忙しくないから。ダンスの指導くらいかな」


 久しぶりに梅原と話せた気がする。昼休みのことだ。放課後はどこも運動会の準備に大わらわで、下手にほかのクラスの生徒と話していると「スパイか」とか言われかねない。冗談でも嫌だ。

連城れんじょうくんは衣装担当でしょ」

「当たりー」

「やっぱり。桑谷くわたにくんは?」

「俺は……青組内部の、お客様相談窓口」

「……ああー、なるほど」

 察しのいい梅原にはニュアンスが伝わったようだ。別に、このくらいの話なら「情報漏えい」とか言われないだろう。


「梅原、クラス委員なんだね」

「うん、やっぱり、いろんなリーダーとかぶらない人選ってことで。でも、クラス委員はともかく、……」

 言いかけて梅原は、何か思い出したようだった。

「そういえばね、クラブで聞いたんだけど、3年生と2年生、ほとんど全部のクラスで、2学期の文化委員って立候補者が多くて、激戦だったみたいよ」

「へえ、何かあるのかな」

 陽佑ようすけがつぶやくと、連城と梅原は、「コイツ何言ってやがる」とでも言いそうな奇妙な表情を見合わせ、同時に陽佑を怒鳴りつけてきた。

「文化祭のステージだろーが!」

「創設者がなに言ってんの!」

「え……あ…………ああ! そうか、そういう……」

「そーゆー、じゃねーだろ! ボケすぎだ」

「ご、ごめん、いや、ちょっとうっかり……」

 だが、そう言われるほど倍率が高いというのは、去年の文化祭に興味を持ってくれた人がそれなりにいて、自分で運営をやってみたいと思った人もそこそこいた、と思って……いいのだろうか。


「あ、葉山! ……ごめん、ちょっと予算の折衝せっしょうが」

 連城はふたりに手を挙げると、教室に戻ってきた葉山をつかまえるべく、行ってしまった。

「あたしも、そろそろ行かなきゃ。次、教室移動だから」

「そうか」

 残念な気がするが、仕方がない。梅原は、遠ざかりかけて、陽佑を振り返った。

「怖いな、今年の青組」

「なんで」

「桑谷くんみたいな人がいるチームって、すごく強いと思う」

「…………?」

 陽佑は首をかしげた。

「俺がいたって、誰かの足が速くなるわけじゃないだろ」

「うん、そうなんだけどね……」

 あいまいにうなずいて、梅原は行ってしまった。


 ……ときどき、梅原の言っていることはよくわからない。陽佑自身、足が速くて運動会に貢献できる実力があるわけでもないのに。……でも、どことなく、何かをほめられている気がしないでもない。少し嬉しくはあるが、何がほめられているのかが判然としない陽佑だった。つい先日、失敗してしまった身ではなおさら。


 ――でもなんか、梅原、大人びたよな。

 なぜかいきなり、そう思った。

 ふとした表情。ものの話し方。しぐさ。……初めて出会ったのが中学校に入学したときで、つまり、「この前まで小学生」だった頃だ。それから2年と半年か。……変わる、よな。この春なんか、児童虐待の問題に取り組みたい、なんて、すごい展望を明かしてたし。

 ああ――そうだ。陽佑はまだ騒々しい教室内を振り返った。みんな、そうなんだ。多少なりとも、これから自分はどうなっていきたいのか、そういうことを考えるタイミングになってきているんだ。それは――変わるだろう。もう、「大きくなったら〇〇になる」ではすまない時期になってきているんだ。

 ここで、中学校で、過ごすうちに、みんな変わってきた――大人に、近づいているんだ。

 俺はどうだろう? ……ぼんやりしているだけ、としか実感がない。多少は変わってきているのかな。イベント企画して実行したりはしてきたけど、それって、成長したうちに入るのかな。……やっぱり実感ないな。

 なんとなく、周囲から取り残されているような、かすかな不安が襲ってきた。

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