75 緊急幹部会議
早朝の3年2組の教室には、あまり景気のよくない表情が並んでいた。
実のところ、
ダンスの指導に関して、2年生から不満を聞き取った陽佑は、その日のうちに堀川に伝え、ひとまず対応を振付班に一任した。翌日、堀川は、その日放課後の練習に支障をきたさないよう、そこまでのうちに吉野、岸、田口をつかまえて話をしようと考えていた。できれば土田にも立ち会ってほしかったのだが、どうしてもタイミングが合わず、やむなく堀川は練習直前に、振付班数人に後ろ盾を頼んで3人に話をした。しかし吉野たちはへらへらするばかりで相手にならず、直後の練習でも態度が変わらなかった。堀川は自分の受け持ちもあるのでちらちら様子を見ていたが、明らかに彼らのグループは停滞していて、2年生が激発して食ってかかるのを陽佑が割って入ってなだめる一幕もあった。その後、陽佑と堀川が土田に事情を説明した。青組の大多数の生徒が不審がっているので、もう話を大ごとにした方がいいという点で、陽佑と土田の見解は一致した。その夜、青組キャプテン土田がメッセージアプリで、翌早朝の緊急幹部会議を招集した、というわけである。あれから幹部グループは、2学期に新しく決まったクラス委員と体育委員に、「騎馬戦司令官」の
須藤が5分遅刻してきたところで、会議は始まった。まず、2年生から直接事情を聞いた陽佑が、彼らの訴えと、堀川に事情を説明して対応を引き継いだ流れを説明した。次いで堀川が、その後の対応と吉野たちの態度、その日の練習の様子を話した。どの顔にも、あいつらなぁ、という表情が浮かんでいる。
「俺が、読み違えた。2年生が、指導者の変更を言いだしたところで、不満がもう相当なレベルだと気づくべきだったんだ。あの時点で土田か葉山に話通しておけばよかった。裏目に出た」
もはや相談役という肩書が恥ずかしい陽佑は、そう言うしかなかった。応援合戦リーダー堀川が、急いで首を振る。
「
「結局、目が届いてなかったおれの責任か」
土田が巨大なため息をついてこぼした。
「いやあいつら、土田に睨まれても態度改めたかどうか」
とは、衣装監督
「ひとりだと小心者だけど、3人そろってるからな」
学年応援代表の須藤や、体育委員の
「具体的な対応としては……」
青組副キャプテンの葉山も小さく吐息をつきながら、話を建設的な方向に持って行こうとする。
「彼らに説教して指導に真摯に取り組ませるか、監視役を置くか、指導者を替えるか、ってところね」
「桑谷、どう見る」
土田にうながされ、陽佑はとても苦しくなった。しかし、2年生の苦情を直接受け付けたのは自分だ。まずは自分の見解を示さなくてはならない。
「……長い目で見れば、吉野たちになんとか、自分たちの責任の重さを感じてもらって、真面目に指導するようになってもらうのが、いいんだと思う。でも今回、時間がない。2年生の一部はもう、吉野たちを信頼に値しないと考えているし、指導者を替えてほしいという具体的な要望も出してきた。昨日のあの揉めかたじゃ、……もう難しい、だろうな。――監視役を置くのは……かえって、下級生の吉野たちへの不信感を増幅する、だけだと思う……」
つっかえつっかえ、陽佑は自論を明かした。
「おれもそう思う」
土田は、腕組みの姿勢で、言い切った。
「待てよ、それじゃ、吉野たち、下級生に舐められたままってことになるんじゃ……」
クラス委員の
「それはあいつら自身の責任だ」
デコレーションリーダーの山岡が、冷徹ともいえる宣告を下した。彼はサッカー部主将を引退したばかりだったし、プライベートではロックバンドのリーダーでもある。責任というものについては、土田に劣らない自負があった。
「まともにやるべきことをやっていれば、こうはならなかった。やるべきことを放棄すれば、周りから軽蔑されるのは当然の流れだろう。あいつらはそれを、自分の意志で選んだ。結果は自分で受け止めるべきだろうな。自業自得だよ。ましてやあいつらが馬鹿にしたのは、下級生とか堀川だけじゃない。おれら青組全員だ」
完全に同意、と能条が付け加えた。
「……指導者交代、ということでいいか。賛成者は挙手」
土田がたずねた。山岡、日比野、能条、須藤、クラス委員の
「全会一致だな。なら、吉野、岸、田口の3名は、ダンスの指導者役は更迭、ということで」
全員が、それぞれにうなずいた。
「この3名への戦力外通告は、おれと葉山でやる。堀川、振付班は遅れを取り戻すことに専念してくれ、詳細はまかせる。桑谷は、不満を言ってきた2年生たちになるべく早く、指導者が交代になったことを知らせてくれ。もう急いで知らせないと、おれら全員が信用をなくす。ほかの班は、わざわざ周知しなくてもいいけど、幹部はこのこと承知しておいてくれ。あ、それと堀川。この件で万が一奴らと揉めるようなら……男子がいいだろうな。振付班の男子に出てもらうか、今この場にいる男子誰かに、応援を頼むこと。みんなもその旨よろしく」
返事が重なり合う。
「では以上、解散」
「おつかれさんでしたー」
気づまりな会議が終わった。やっちまった、と頭をかかえる陽佑の肩を、土田がたたいた。
「ごめん、足引っ張って」
「お前は判断を間違えただけだ。やるべきことをさぼったわけじゃない。失敗したくらいでびくびくすんな。そもそも、メンドーな仕事をお前に頼んだのはおれだぞ」
「そうそう。間違うことくらいあるさ。そのための幹部会議だしな」
山岡もそう言ってくれた。運動部の主将を経験しているこのふたりが言うと、説得力があふれかえっている。陽佑はうなずいて、教室の時計を見上げ、朝礼の5分前に2年2組の教室を訪ねることに決めた。
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