77.サイゴの精霊術士(2)

 七大上位精霊グレート・セブン

 エルフ族の精霊術士たちが使役する精霊の中で、最高峰の力を持つ七つの精霊。

 そのひとつでも使役できた精霊術士は、一族の中でも天才と呼ばれた。


 そんな七つの精霊すべてに愛された精霊術士、エルミー。

 リリンが愚かしい程の純粋さを闇と平穏の精霊に好まれたように、エルミーもまた、力に対する飽くなき欲望と羨望、渇望を精霊たちに認められていた。


「消し、飛べぇっ!」


 その強大な精霊たちに、女神の恩恵を受けし勇者から渡された魔旋の力を乗せ、エルミーは解き放つ。


「リフレクト――」


 反射を砕く偉大なる精霊術を、魔術師は迎撃した。幾重にも重ねた反射壁を叩きつける、エフォートの切り札。


「――ブラスト!!」

「ははっ! それが切り札? 無駄、無駄っ!」


 エルミーは嗤う。


「くだらない、くだらないっ! 〈魔旋・リヴァイアサン〉! 〈魔旋・ベヘモス〉! 海の巨獣と、大地の巨獣に、潰されろ!!」


 圧倒的な力を持つ精霊たちが、〈リフレクト・ブラスト〉を放つエフォートを四方からさらに襲いかかった。

 魔旋が反射壁を削り取り、か弱き人族が触れれば即消滅するであろう無慈悲な攻撃が、魔術師に刻々と迫る。


七大上位精霊グレート・セブンは、モチヅキ様の魔旋にも、負けない! それが七つ! 防げるはずがっ……!」

「俺の切り札が、いつまでも一つだけと思うなっ!」


 リフレクト・ブラストが七大上位精霊グレート・セブンを止めている刹那の間に、エフォートの周りから闇が具現化した炎の柱が噴き上がった。


「嘘!? 承継魔法を、同時発動!?」

「ガラフに扱える承継魔法ものだ、このくらい俺にできないと思うか? 〈ナイトメア・バインド〉!!」


 クキャアアアアア

 グオオオオオオオ

 キシャアアアアア


 炎柱から暗黒の鎖が飛び出して、最強の精霊たちを次々と拘束していく。

 物理耐性は低くとも、精神操作系の延長にある闇魔法〈ナイトメア・バインド〉は、魔法生物である精霊を封じるのに最も適した魔法だ。


「そんなっ!? ……けど、まだっ!! 〈魔旋・ヴォイド・テネブラールム〉!」


 無形の闇そのものが、魔旋の嵐を内包してエフォートを包み込むように襲いかかった。

 触れるもの全て虚無に喰らい尽くす闇の上位精霊ヴォイド・テネブラールム

〈ナイトメア・バインド〉の鎖も、触れるや否や飲み込まれていく。


「ちいっ!」

「どう? 同じ闇属性なら、ヴォイドの方が上! 消えろ、陰険魔術師!!」

「……だったら、反属性の魔法ならどうだ」


 エフォートは〈リフレクト・ブラスト〉を全方位に展開し身を守りながら、懐から先の戦いでの戦利品を取り出した。

 それは一見して大理石のような白い欠片。だがその物体が発する魔力の気配を、エルミーは敏感に察する。


「! まさか、それ……エル・グローリアの角!?」

「伝承にある膨大な魔力の源だ。だが魔術触媒として使えば、こんな事だってできる」


 エフォートは、触媒を式の一部に組み込んだ特殊な魔術構築式スクリプトを描いていく。

 それは大森林の守護獣、その代名詞とも呼べる戦略級大魔法。

 聖属性最大の威力を誇る、魔術の奥義。

 エルミーは信じられない大魔法の気配に狼狽する。


「嘘だ……嘘だ嘘だ、あり得ない!! この速さで、一人で、他の魔術も使いながら、詠唱もなしでっ……モチヅキ様でも、ないくせに!!」

「あの男であってたまるか。俺は仲間と協力して得たこの力で、戦略級の魔術構築式スクリプトを使いこなしてみせるっ……!!」


 魔術構築式が完成した。

 対抗する為、エルミーは闇の上位精霊に必死で呼びかける。


「うわあああ! 喰らい尽くしてっ!! 〈ヴォイド・テネブラールム〉!!」

「爆ぜろ! 〈グロリアス・ノヴァ〉!!」


 精霊術の奥義と戦略級大魔法が激突した。

 聖なる力が虚無を喰らう。

 闇の力が光の爆発を呑み込む。

 そして、最後に勝った者は。


「エフォート……」


 壮絶な魔法戦を見ていることしかできなかったリリンが、幼馴染の名を口にした。

 彼は鋭い眼差しのまま、ふうっと息を吐く。


「俺たち皆で得た、聖霊獣の力だ。一人で戦うお前に、勝てる道理はないんだよ」

「そんな……きゃああっ!!」


 一瞬の力の均衡による静寂の後、闇の上位精霊ヴォイド・テネブラールムを蹴散らした爆発の余波がエルミーに襲いかかった。

 同時に〈ナイトメア・バインド〉で拘束されていた他の上位精霊たちも、消滅していく。

 そして。


「うおおっ!」

「えっ?」


 村人たちを人質に取っていたフードの男たちも、次々と爆風で吹っ飛ばされた。

 だが奇妙なことに、体を密着させて拘束されていた村人たちはまったくの無傷で、その場に留まっている。魔法の影響をまったく受けていないのだ。


「なに? なにが起こってるの?」

「ええええーん、お母ちゃあん!」

「ぐあっ! ……しまった!?」


 人質の女子供らを手放してしまったフードの男たちが焦る。

 その隙を、〈インビジブル〉で気配を隠していたオーガ混じりの戦士は見逃さなかった。


「今だっ! りゃああっ!」


 魔旋こそ纏わないが、ビスハ村で鍛えられた戦斧を振るってルースは男たちを打ち倒していく。そして。


「このっ! 卑怯者たちめ!」

「人質なんて、愚かな真似を!」


 響く剣撃の音と、銃声。

 エリオットとサフィーネも加わり、村を蹂躙した不逞の男たちは次々と無力化されていった。


「嘘……嘘だ……ワタシが……こんな……」


 全身を強く打ちつけ、立ち上がることもままならないエルミー。

 なんとか治癒の精霊を呼び出そうとするが。


「させないよ、エルミー」


 一人のエルフの青年が目の前に突然現れ、エルミーが召喚した精霊を追い払った。


「……エルカード」

「ようやくゆっくり話ができるね。六年間、この時を待っていたんだ」


 エルカードはローブの袖から光るものを取り出した。

 陽の光を反射して輝くそれを目にして、エルミーは狼狽する。


「その短剣はっ……!?」

「女王様から託されたんだ。僕はこれで、使命を果たす責任がある」

「嘘……やめ……やめてよ、エルカード……」


 痛む体を無理やり動かして、エルミーは後ずさった。

 だがエルカードは一歩一歩近づき、彼女を逃がさない。


「やめない、僕は君を愛しているから。安心してエルミー、僕だけはずっと君と一緒だ」

「何をしてるのエルカード! やめなさいっ!」


 リリンが駆け寄って来ようとしたが、エルカードは鋭い視線でそれを制した。


「リリンさん、これは僕たちの問題だ。それに大丈夫、不安なら僕の心をケノンに聞いてみるといい」

「えっ」

「これは僕の覚悟だ。……エルミー」

「いやだ……嫌だ! 嫌だ! やめてエルカード!」


 エルミーは涙を流して懇願するが、覚悟を決めたエルフの青年は静かに首を振る。


「君は力に溺れた。僕はそんな君の暴走を許してしまった。だからこれは僕の責任」


 一度目を閉じて、それからゆっくりと開く。

 それは青年が、かつての恋人とともに罪を背負う儀式。


「君を殺すよ」

「嫌だぁっ!!」


 エルカードの短剣が、精霊術士の少女の胸に吸い込まれるように突き刺さった。


 ***


「凄いね、エフォートさん。いくら聖霊獣エル・グローリアの角なんて構築式スクリプトを内包した触媒があったとしても、属性変容まで再現して〈グロリアス・ノヴァ〉を発動させるなんてさ」


 エフォートが、属性変容を利用して敵味方識別式の爆発魔法を放ったことに、エルカードは感嘆して言った。


「お前には言われたくない」


 だが褒められたエフォートの方が、信じられないと呆れ顔だ。

 なぜなら。


「エルフの秘宝の力だかなんだか知らないが、契約精霊の強制移譲だって……? リリンの時にも思ったが、お前らが扱う上位精霊の契約とやらは、そんなポンポンと簡単に、渡したり奪ったりできていいのか? 子どもの玩具じゃないんだぞ」

「うん。我ながら非常識な事をしていると思ってるよ」


 エルカードは泣いて蹲るエルミーの頭を撫でながら、あっけらかんと答えた。


 エルフの女王に託された短剣。

 それは言ってみれば、強大な力を持つ精霊術士に対する安全装置セーフティだ。

 殺傷能力は無いが、突き刺した術士が契約している精霊を強制的に奪う能力を持つ。

 もちろん扱う者にも高い術士としてのスキルが要求され、レベルが低ければ精霊は暴走し、元の契約者と短剣の持ち主両方を攻撃して消滅する。

 その精霊が七大上位精霊グレート・セブンとなれば、失敗は即ちエルミーとエルカード二人の死を意味していた。


「わっ……ワタシ……ひっく……無くなっちゃった……力……ひっく……無くなっちゃった……」


 泣きじゃくるエルミー。

 精霊を奪われた彼女は、ただの無力なエルフの少女だ。

 もう何ら、警戒に値しない存在となっていた。


「エルミー……」


 リリンにはかける言葉が見つからない。

 あれ程までに力に固執し、そしてその力で自由になることを夢見てきたエルミー。

 寄って立つ自身の力を全て奪われたのだ。そのショックはどれだけのものだろう。

 奪った当のエルカードが頭を撫でて慰めている。だが掛けている言葉は非情だ。


「好きなだけ泣くといいよ、エルミー。だけど覚えておいて。その辛さは、君がこれまで主人として従ってきたシロウ・モチヅキが、他者に与え続けてきた痛みだ。本来なら、君にはそうして泣く資格もないんだよ」

「……ひっく……うるさいっ……返してよ……ワタシの精霊……返してよぉっ!」

「うん、返さない」

「どうしてっ……あんたなんかが、持ってたって……使えない、でしょお!」

「使えないね。僕の呼びかけに応える気配なんか全くない。けどそれでいいんだ。七大上位精霊グレート・セブンは今の僕たちには、過ぎた力だ」

「返して……返してよぉ……!」


 昔の恋人の胸にしがみつき、泣きじゃくるエルミー。

 エルカードは彼女の身体を受け止めながら、その懇願は優しくきっぱりと拒絶し続けた。

 そして。

 そんな二人の様子を、リリンは黙って見続けていた。


 ***


「フォートさんっ! ミンミンちゃん、お届けだべっ!」

「お父さんっ!」


 ミカがミンミンを背負って、村に猛スピードで駆けつけてきた。

 ミンミンの第一声に、エフォートは地面にへたり込みそうになる。


「その呼び方……まだ、続くのか……」

「うん。前にお姫様に『お母さん』って言ったら、なんだかとっても嬉しそうだけど物凄く傷ついた、複雑な顔をされたから。取りあえずお父さんの方だけ、お父さんって呼び続けることにした」

「俺もサフィに負けず劣らず、傷ついた顔もしてるつもりなんだが」

「うん。だけどレオニングさ……お父さんの場合、傷ついた顔もなんだか見てて楽しくなってくるんだよね」

「言い直さなくていいんだが」

「あ、ミンミンちゃん、それなんか、オラもわかるべ!」

「ミカも分からなくていい!」


 エルミーとの戦いが決着した後。

 すぐにエフォートは、遠隔魔法の応用で本隊にいるガラフとコンタクトを取った。

 フードの男たちの別働隊が、ガラフとミンミン、ギールらが残っている本隊を襲撃しているとエルミーが言っていたからだ。

 結論から言えば、襲ってきたフードの一団は戦力的に大した相手ではなかった。

 人数も百人程度と、数でビスハ兵たちを下回っていた。

 「神の雷」を持つビスハ兵たちに、エフォートも一目置く魔術師ガラフ。回復・援護魔法のスペシャリストであるミンミンを相手にして、一団はあっという間に蹴散らされ、退却していったのだ。

 だが。


「えっ……ミンちゃん、それ本当?」


 傷を負った村人たちの治癒を終えたミンミンが、ギールから頼まれた言づけをサフィーネに伝えた。

 王女は顔面蒼白になる。


「うん。『神の雷』……対物ライフル、だったよね。アレを何丁か奪われたって。ギールさんが追撃隊を編成して追いかけたけど、捕まえられなかった」

「やられた……!」


 サフィーネは頭を抱える。

 エルミーを唆してエフォートを襲ってきたことなど、囮に過ぎなかったのだ。

 ハーミットの真の目的は、銃を手に入れることだった。


「あの男とラーゼリオンの国力なら……性能はともかく、ライフル自体の量産は不可能じゃない……!」

「サフィ」

「フォートごめん。完全に私のミスだ。銃の管理を、もっと徹底しておくべきだった。ガラフ君とミンちゃんがいれば、ビスハの皆は銃がなくても問題なく戦えたのに……!」


 まんまと兄に嵌められ、異世界の叡智による兵器をもっとも渡してはいけない相手に渡してしまった。

 サフィーネは自分の愚かさを悔やんでも悔やみきれなかった。


「サフィ、落ち着いて。君らしくない、そんなのは結果論だ」

「でも、もっと考えていれば気づけたことなんだ。そもそもこの村にリリンを連れてきて、二手に分かれることだって、決めたのは私だ」

「それを言うなら、リリンのケアをサフィに頼んだのは俺だ。君一人の責任じゃない」


 二人で凹んでいるところへ、当のリリンがやってきて声をかけた。


「……悩んでるとこゴメン、あのさ」

「どうした?」

「エルカードが呼んでる。準備ができたから、お願いしたいって」


 リリンの言葉に、エフォートとサフィーネは顔を見合わせた。

 エフォートは複雑な表情で、王女を見つめる。


「……サフィ、構わないか?」

「エルミーでしょう? フォートがいいのなら、私はもちろん」


 エルカードが望んでいるのは、エルミーの隷属解放だ。

 そしてエフォートが心配しているのは、リリンの前で魂魄快癒ソウル・リフレッシュの魔法を使用することを、サフィーネがどう思うかだった。


 魂魄快癒ソウル・リフレッシュは隷属から解放されたいという本人の意思が強ければ強いほど、消費魔力は少なくて済む。

 逆を言えば、本人にそのつもりがなくとも、膨大な魔力さえつぎ込めば魂魄快癒ソウル・リフレッシュによる隷属解放は可能なのだ。


 シロウに奪われた少女を隷属から解放すること。

 それはエルカードの悲願であり、そして。


「フォート」


 サフィーネは薄く笑う。

 エフォートはどんな顔をしていいか分からない。


「じゃあ、あたし先にエルミーのとこ戻ってるから」


 リリンはそんな二人に背を向けて、歩き出した。

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