37.サリィ姉さんの思惑

「反省してるよ」

「ええ、そうして下さい」

「あの子……ミカちゃんに悪いことしちゃった」

「本当ですね」

「なあエロート、なんでサリィお姉ちゃん、こんな凹んでるんだ?」

「……もうエロートでいいです。サリィ姉さん、グダグダの芝居これもう少し続けた方がいいんですね?」

「あ、うん。もうちょっとお願い……この後次第だから」


 サフィーネ、エフォート、エリオットの三人は拘束され、村の中央にある軍の施設に軟禁されていた。

 まもなく駐屯している管理兵団のトップによる訊問が始まるのだ。

 拘束されているといっても、両腕を縄で縛られているだけ。

 エフォートのまだ回復していない魔力でも、容易く解くことは可能だ。エリオットなら力ずくで引きちぎることもできるだろう。

 それは兵士達の方も分かっているのか、軟禁されている部屋の外には、腕の立つ雑種モングレルの奴隷兵たちが複数、見張りに立っている。

 耳のいい魔物の血を引いた者が聞き耳を立てているかもしれないが、サフィーネが気にしていない以上、無視していいだろうとエフォートは考えた。


(まったく……急に姉扱いしろとか無茶を言い出して、何かと思えば……何か企むなら相談してからにしてくれ)


 こうなった以上、あとはサフィーネに任せるしかない。

 エフォートは状況の推移を見守ることにした。


 バン!


 ドアが乱暴に開かれ、簡素な鎧に片手剣を装備した大男が入ってきた。

 目付きが鋭く、立ち居振る舞いに隙がない。かなりの使い手のようだった。

 浅黒い肌に筋骨隆々の出で立ちは、何処と無くシロウの仲間のルースを思い出させる。おそらく同じオーガ混じりなのだろう。

 他の奴隷兵も五人ほどが、エフォート達を囲むように部屋になだれ込んでくる。


「……大丈夫です、バーブフ閣下。不審な動きはしていません」


 オーガ混じりの大男がドアの外に声をかけた。


「本当かっ? 何かあったら、貴様が身を挺してワシを守るのだぞっ!」

「……承知しています、閣下」


 甲高い別の男の声が聞こえ、肥え太った中年の軍人が部屋に入ってきた。


「き、貴様らか、通達にあった反逆者の……」

「あははははは!」


 バーブフと呼ばれた軍人が話し始めたところで、サフィーネは突然、笑い始める。

 当然、バーブフは面食らった。


「な、なん……」

「閣下! 閣下ぁ!? あんた、こんな辺境の村の、ちんけな部隊長のくせに、部下に閣下とか呼ばせてんの! やばい、めっちゃウケる!」

「サ……サリィお姉ちゃん?」


 エリオットが、これまで以上のサフィーネの口調の変化に戸惑い、思わず本名で呼びそうになる。

 偽名の頭文字を同じにして良かったと思うエフォートだったが、はたしてこの中途半端な芝居にどこまで意味があるのか、サフィーネの話のもっていき方に注目していた。


「な、なにを無礼な! ワシは顔を知っておるぞ、サフィーネ姫! この反逆者め、抵抗する場合には殺して構わぬと通達されておるのだ! お前たちの命はワシ次第だということを忘れるな!」


 バーブフは腹の脂肪を揺らして叫ぶ。

 だがそんな恫喝もまるで意に介さず、サフィーネはまだ笑った。


「あははっ! 私が王女様ぁ? よく間違えられるしとっても光栄なんだけどさぁ、軍の人まで間違えるって、それってかなり不敬なんじゃないのぉ?」

「ぬ、ぬう……」

「なになに? この国のお姫様、そんな悪いことしたの? やっばいすっげー迷惑なんですけどぉ」

「ぬうう……!」


 バーブフは副官である人族の王国兵を手招きして呼び寄せる。


「おいお前っ!サフィーネ王女のファンなんだろう? どうだ、本人か?」

「は、はあ……確かに顔は似ています。後ろの男も、エリオット王子に見えますが……その、サフィーネ様はそれはそれは心根もお淑やかな、純情無垢、清楚可憐なお方で……」

「なにコソコソ喋ってんのぉ? つーかオッサン二人が内緒話とか、すっげーキモいんだけどぉ?」

「き、きも……!? やめろぉ!」


 バーブフの副官は猛烈な拒絶反応を示した。


「違います! 絶対に違います! こんな奴はサフィーネ様じゃない! 偽物め、その顔で僕たちのサフィーネ様を汚すなあああ!」

「おいお前っ!」


 バーブフの制止も聞かず、副官は泣きながら部屋を飛び出していった。


「なにあれ、ウケるんだけど!」


 ケラケラと笑うサフィーネ。


「本当に、王女ではないのか……?」

「だからそうだっつってんじゃん。しつこいなあ」

「なら、お前らもエリオット王子とレオニングではないのか?」


 後ろのエフォートたちを見てバーブフが問うが、サフィーネがまた鼻で笑った。


「こいつらは私の弟だよ! つーかノウキングが王子とかウケる。こんな脳筋が王子だったら、国が滅びるっつーの」

「は、はは……」


 エリオットが乾いた笑い声を漏らす。

 エフォートは後で少しだけ、彼に優しい言葉を掛けようと決めた。


「なっ……なんじゃ、脅かしおって! 都市連合と一人でやり合った王国最強の魔術師が相手かと、警戒して損したではないか!!」


 ホッと息を吐き安堵して、バーブフは椅子にどっかと座り込んだ。


(え、ホントに信じるの!?)

(信じるのかよ!!)


 サフィーネとエフォートの心のツッコミが聞こえる者がいれば、大いに同意しただろう。


「……お待ち下さい、閣下」


 先ほどのオーガ混じりの大男が、片手剣の柄に手を添えたまま、バーブフの前に立った。


「なんじゃ、ギール。もう下がっていいぞ。こいつらは他人の空似の冒険者だ、心配ない」

「いえ。王族かどうかは分かりませんが、この者たち……特に後ろのその男、かなりの使い手です。油断できません」

「俺っ?」


 エリオットは目を丸くして、その後で嬉しそうに顔を綻ばせる。


「なにニヤけてんの、ノウキング」

「いやあ、こういう扱いされるの初めてで、嬉しくってさあ」


 エリオットは、何故かその剣の実力を隠していた。彼の性格からして、それは簡単なことではなかっただろう。

 隠す必要がなくなり実力を見抜いて貰えれば、確かに嬉しいかもしれない。


「そうか。ならなおのこと、エリオット王子ではないだろう。あの二番目の王子はハーミット様と違い、愚鈍な放蕩王子で有名だからな」


 バーブフの言葉にエリオットは笑顔のまま硬直する。

 怒って文句を言わなかっただけ偉いと、エフォートは後で彼を精一杯褒めようと決めた。


「ならお前らには用はない、拘束を解いてやれ。どこへでも行くがいい」

「ちょ、ちょ待っ……団長さんってば」


 サフィーネが部屋を出て行こうとするバーブフを慌てて呼び止める。

 どうやら計算が狂ったようだ。


「閣下と呼べ。ワシはここで一番偉いのだ。旅の冒険者風情が、何の用だ」

「……あのさぁ、私らがこの村に来る時、妙にこの辺の魔物が強かったんだけど、なんか聞いてる?」


 閣下呼びについては無視して、サフィーネは奴隷兵に拘束を解かれながら、話し始める。

 バーブフは面倒そうに頷いた。


「報告は聞いておる。〈魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピード〉の前兆かもしれぬやつだろう」

「あ、やっぱそうなの?」

「冒険者ギルドからも近々、出動の通達が出るかもな。その時は貴様らも励めよ」

「あ、だから待ってってば!」


 今度こそ出て行こうとするバーブフを、サフィーネはまた止める。


「なんだ、ワシは忙しいのだ」

「な、なんか他人事じゃない? 対応はしてんの?」

「王都に報告は上げておる。必要であれば、王国軍の大隊が派遣されるだろう」

「だろうって……来なかったらどうすんの!?」

「軍が来ない? そんな訳ないだろう。十年に一度の災害だぞ」

「そんなの分かんないわよ? 他にもっと大事な作戦があれば、軍は動かないわ」

「む、むう……?」


(そういうことか……サフィ)


 エフォートはここに至ってようやく、サフィーネの目的が分かった。

 仮に〈魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピード〉が起こったとして。

 もしハーミットが自分達の捕縛、承継図書の奪還を優先させたら、迂闊に軍は動かさないだろう。

 何しろ、戦略級魔法すら弾く反射魔法を持つエフォートの強行突破を止めるとしたら、転生勇者シロウ・モチヅキ以外では、軍による物量作戦しかないのだ。


暴走スタンピードが起こったら確実に王国軍を出させる為に、俺たちを囮に使うのか。だが、本当に俺たちだという確証を与えては、シロウを含めて戦力を集中され過ぎて、こちらの脱出が難しくなる……)


 だから、王女一行の可能性がある、というレベルの報告を王都に入れさせたいのだろう。

 それならば、王都も一定の戦力分散をせざるを得ないはずだ。

 綱渡りだな、とエフォートは思う。


(俺なら暴走スタンピードなど放っておいて、この村で魔力回復と承継図書解読の時間を確保する。それから混乱を利用して離脱するだけだ。……だから貴女は、俺に相談せずにいたのか)


 エフォートはサフィーネの小さな背中を見る。

 甘い考えのお姫様。

 でも、だからこそ奴隷解放などという夢を描き、自分に協力してくれているのだ。

 バーブフが少し考え込み、咳払いをした。


「……もしそうだとしても、ワシらは一時退避するだけだ。偵察隊は出しているんだろう? ギール」

「はっ」


 先程のオーガ混じりの戦士が答える。


「周辺の森に分散する形で、五個小隊を出しています。現状で魔物どもは散発的な動きしか確認されていませんが、これが組織だった軍勢の形になれば、いよいよ暴走スタンピードの発生でしょう。即座に報告が入る手筈です」


(なるほど、それで村の守りが手薄だったのか。有能な人材は偵察隊に回しているということか)


 それにしても、とエフォートはオーガ混じりの戦士を改めて見て考える。


(このギールという男が、実質的な奴隷兵のリーダーか。頭も切れるし腕も立つようだ)


 ふと、観察しているエフォートとギールの目が合った。


「……閣下、恐れなら申し上げます。この者たち、やはり解放すべきではありません」


 そしてバーブフに向かって、ギールは進言した。こちらの意図を読んでくれたようだ。

 サフィーネが密かにホッとしているのがエフォートには分かった。

 ギールは続ける。


「王都から指名手配があった翌日に、よく似た三人組が見つかるなど。偶然ではありえません。選定勇者様のお仲間が、こちらに向かっていると聞きました。少なくともその者による検分が済むまでは、拘束を続けるべきかと」


 至極真っ当な提言。

 だがバーブフの反応は異常だった。


「……貴様。雑種モングレルの奴隷の分際で、ワシの判断に異を唱えるか」


 すっと右手を上げ、バーブフはギールに向かって掌を向ける。

 罰則術式が発動した。


「ぐあああっ!?」


 術式の痛みに、本人の体躯や耐性は関係がない。「耐えられない痛み」を与えるという構築式スクリプトなのだ。

 ギールは胸を押さえて苦痛に喘ぐ。

 周囲の仲間の奴隷達は目を背けた。


「や、やめろ!」


 エリオットが飛び出しかけるが、エフォートが制した。


「落ち着け、これはこの村の問題だ」


 エリオットは納得がいかない。


「だからだろ!? こんなの戦士の扱いじゃないっ」

「おやめ下さ……言うことを聞けノウキング!」


 エフォートは声高に、敬語から言い直してエリオットを止めた。

 それでようやくバーブフもハッと目を開き、不審を抱いたようだった。腕を降ろして、罰則術式を止める。


「……ふん、いいだろうギール。だが偽物を手配犯だと報告しては、ワシの面目が潰れる。勇者の仲間とやらの検分を待ってからにしよう」

「……は」


 激痛が止まり、ギールは肩で息をしながら、頷いた。


「それまでは、貴様らの責任で其奴らを捕らえておけ。魔物の警戒も怠るなよ。ではな」


 そう言い残して、バーブフは足早に部屋を出て行った。


「なんだよアイツ!」


 エリオットが腹を立てている。


「奴隷扱いしておいて、お前らの責任って……おかしいよな!?」

「ノウキング、今はいいから早く拘束されよう。この人達が困ってるよ」


 サフィーネが一旦解かれた両腕を、再びギールに差し出しながら促した。

 エリオットは不承不承に、同じようにする。エフォートも同様だ。

 ギールは困り顔だった。


「……いや、拘束はいい。牢に案内するから、ついてきてくれ」


 そう言うと、ギールは背中を向ける。

 そして一瞬、エフォートに視線を向けた。


「……すまない」

「礼ならサリィ姉さんとノウキングに言ってくれ。俺は見捨てるつもりだった」


 それでもオーガ混じりの戦士は、小さく頭を下げた。

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