88.譲れない戦い(2・反射魔法戦)

 少年は父親を尊敬していた。


 物心ついた時から、祖父や父はこの国で偉い人だという認識はあった。

 そこから成長し勉学を経て、彼はさらに深く理解する。

 帝国や王国に抑圧され、利用されるだけだった八つの都市をまとめ上げ、一つの連合国家とした祖父。

 評議会を組織し、皇帝や国王による支配ではなく合議制という新たな価値観を創り上げた父。

 そして誕生した大陸西部八大都市連合国家は、人の自由を謳い、奴隷制度を認めない。

 その高い志は隣国の悪政も許さず、正義の為に戦うことを選んだ。


 少年ダグラスにとって全ては誇りであり、やがて自分がその使命を引き継ぐ、未来そのものだった。


 その日が来るまでは。


「……キャロル……?」


 存在していてはならない、壊れた女魔法士ブロウクン・ウィッチ

 魔術ギルドの地下施設で、その少女と出会うまでは。


 ***


 この模擬戦は、お互いに勝てばいいというものではない。

 いかに自分たちの価値が高いか、そして相手の価値が低いか。

 それを周囲に、評議会に証明しなければならないのだ。


「キャロ、無事か!?」

「う……な、何が……?」


 爆発により巻き起こった土煙が晴れ、二人の視界に入ってきたのは、反射壁に囲まれ平然と立っているサフィーネとエフォートの姿。

 そして破壊され、ただの瓦礫と化した円形実験場の石畳だった。


「ご無事ですか、レイ議長。まだ・・お怪我はないですか?」


 王女の穏やかな問いかけに、ダグラスは舌打ちする。


「……余裕のつもりかなっ? 安心しなよ、僕はまだまだピンピンしてるさ! さすがだね、キャロ!」

「違う……キャロじゃない……」

「えっ」


 キャロルは、自分とダグラスの周囲を見回している。

 感じているのは、虐殺の反射魔法士キリング・リフレクターによる魔法の残滓。

 反射壁が展開された痕跡。


「あんな、全方位からの爆発……キャロの空間魔法じゃ、捌き切れなかった……」

「なんだって?」


 だが、ダグラスとキャロルは無傷だ。

 ということは。


「相手を殺しては負け、というのは見事な条件でしたわ。議長」


 微笑むサフィーネ。


「威力のあり過ぎる承継魔法では、加減が難しいですからね。そちらが防ぎ切れなければ、こうして守って差し上げるしかありません」

「なんだと……?」

「守った……!? この、舐めないでよっ!」

「こちらの台詞です」


 叫ぶキャロルに、王女はチャキッと拳銃を構える。


「——ッ!〈アイアン・ウォール〉!!」


 サフィーネの挙動に反応して、キャロルは魔法を発動させた。

 瓦礫から鋼鉄が一瞬で精製され、壁となり向けられた銃の射線を塞ぐ。

 普通なら無詠唱など考えられない、高度な上級土魔法。それが凄まじい速さで展開された。

 だが。


「どうした、擬似反射を使わないのか? ふざけた女魔法士キディング・ウィッチ

「く……」


 エフォートの問いに、キャロルは歯噛みする。

 足元の瓦礫から、砕けた魔石の欠片を拾い上げるエフォート。


「……できないだろうな。擬似反射は空間魔法、だがお前一人の力じゃない。地下に埋めた『つがいの石』があってのものだな?」

「……うっさい」

「こうして魔石を砕かれた今。少なくともこれまでと同じレベルでは、空間魔法を使えないはずだ」

「うっさい黙れ!! キャロの力はその程度じゃ」

「キャロ!」


 エフォートの挑発に乗って壁の影から飛び出そうとしたキャロルを、ダグラスは抑える。


「……そして」


 エフォートは構わず、ダグラスの張った罠の種明かしを続ける。


「『番の石』の特徴である魔力のオーバーフロー現象は、ディスターブ鉱で隠匿していた。……同じような条件下では、思考も似るんだな」


 エフォートもかつて、魔術構築式スクリプトを視る事ができる転生勇者から罠の存在を隠す為、同じことをしたのだ。


「……そいつは、ラーゼリオンでの勇者選定の儀でのことか?」


 ダグラスの言葉に、エフォートは少しだけ驚く。


「そこまで知っていたか、情報網はさすがだな。だが、読みを間違えては意味がない。……サフィ」

「開け、我が秘せし扉!」


 足元の吸魔石は破壊されている。サフィーネの空間魔法アイテム・ボックスは問題なく発動した。


「な……なんだあれは!」

「機械仕掛けの……弩が、束になっているのか!?」


 観測所の議員たちは、サフィーネが出現させた兵器に戸惑いの声を上げる。

 現れたものは、魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピードによる魔物の大軍を相手に屍の山を築いた、重量級の戦術兵器。


「評議会の皆様にご紹介しますわ。承継魔法が産み出した異世界の兵器、回転式多砲身連射砲ガトリング・ガンです」


 サフィーネの操作で、ジャコン! と下部のアンカーで地面に固定される。


「キャロルさん。どうかその鋼の壁を、充分に強化なさって下さい。レイ議長も、そこから絶対にお出にならないように」


 淡々と告げると、サフィーネは砲身後方に付けられたハンドルを思いっきり回した。


 ガガガガガガガガガガガガガガガ!!


 爆音を響かせて銃弾の暴風が吹き荒れる。


「うおおおっ!?」

「そんなっ! キャロのアイアン・ウォールが!?」


 一個大隊の合唱魔法による攻撃も防ぎきる分厚い鋼鉄の壁が、ガトリングガンの途切れることない銃撃を受け、ひしゃげていく。


「くっ! 〈アイアン・ウォール〉!!」


 最初の鋼鉄の壁が砕けるのと、二枚目の防壁の出現はほぼ同時だった。


 ガガガガガガガガガガガガガガガ!!


「〈アイアン・ウォール〉ッ!!」


 再び砕ける防壁。

 三枚目の鉄壁。


「〈アイアン・ウォール〉ッッ!! ……もう素材になる瓦礫がっ……!?」


 キャロルの悲鳴のような声が上がる。

 その最後の防壁にヒビが入った。


「もうダメっ……ごめんダグラス!」

「キャロッ!!」


 鋼鉄の壁が砕け散る、と同時に。


「……残念、弾切れですね」


 まったく残念そうではない王女の呟きとともに、破壊の暴風は止まった。

 舞い上がった土埃が落ち着いて見えてきたのは、エフォートとサフィーネが予想していた光景。


「はあっ……はあっ……い、生きている……無事か、キャロ……」


「ダグラス……?」


 両手を広げ、鋼鉄を砕く銃弾の雨からキャロルを守ろうとして、身を盾にして立っていたダグラス・レイの姿。

 観測所が騒めく。


「い……一切の魔力を感じさせずに……」

「なんという、威力……!」

「これが、ラーゼリオンの承継魔法の力か……!」


 議員や魔法士たちの口から、驚愕と感嘆、困惑と興奮の声が上がっていた。


「……ちっ。仕損じたか」


 そしてその中に一人、不穏な呟きを漏らす人物もいた。


「……レイ議長。ご納得頂けましたでしょうか?」


 サフィーネは、ガトリングガンをアイテム・ボックスに収納する。


「これが私たちが貴国に提供できる承継図書による力です。誰にでも・・・・使える・・・わけでは・・・・ありませんが・・・・・・、戦力としては有用かと。いかがでしょう、模擬戦はここまでにしませんか?」

「——まだだよっ!」


 王女の降伏勧告を拒否して、ダグラスは叫んだ。


「……認めるよ。ラーゼリオンの承継図書の力、そこそこ使えるみたいだ。そいつを量産できればね」

「量産……は難しいですね。数を用意できないとは言いませんが」


 サフィーネの脳裏に、兄の姿が浮かぶ。

 あの男なら間違いなく、手に入れたサンプルをもとに銃を量産してくるだろう。

 対抗する為に都市連合でも銃を量産すれば、戦争はこれまでとは全く次元の違うものになる。


(それでは、この世界も異世界の叡智ライトノベルに描かれていた世界の不幸な歴史と、同じ道を辿ることになる)


 銃を創り出すきっかけとなったライトノベル、『ガン&マジック~ミリオタ少年のハーレム異世界征伐記~』。

 そこに描かれていたゲンダイニホンが存在する世界では、銃は安価で大量に生産され、戦争だけではなく犯罪やテロリズムでも使用されたと、記述されていた。

 魔法のように専門の訓練を必要としないことから、貧しい子どもたちが銃を渡され、富める支配者層たちの道具として使われていたと。


(ただの娯楽のための虚構ローマンとは思えなかった……少なくともあの記述に関しては、ゲンダイニホン世界の史実でしょうね)


 ハーミットが支配するラーゼリオンに対抗する為には、銃を使わないわけにはいかない。

 だが銃の製造法をこの国に渡し、安易に量産を許してしまっては、異世界の災禍をこの世界に持ち込んでしまうことになる。

 それでは、あの転生勇者シロウとなにも変わらない。

 そのあたりをコントロールする為にも、サフィーネにとって連合評議会の議席は絶対に手に入れなければならないものだった。


「はっ、だったらなおのこと、もう一つの価値を確かめないとねっ!」


 ダグラスは諦めていない。

 諦めるわけにはいかなかった。

 彼らの価値を認めるわけにはいかない、理由があった。


「キャロッ!」

「やっちゃう!?」


 いつもの口調で前に出るキャロルに、強くダグラスは頷く。


「ああ、やっちまえ! けど建前はもういらねえ、る相手は王女殿下じゃなく……反射魔法士リフレクターだ!」

「らじゃーっ!!」


 キャロルはエフォートに向かって、人差し指を突きつけた。

 エフォートは薄く笑う。


「なるほどな。承継魔法を認める以上、サフィは敵じゃない。なら最後に否定するのは俺、ということか」


 エフォートはダグラスの言葉に応じるように前に出ると、チラリと横を見た。

 視線の先にいたのは、戦いを見守っていたギール。彼は頷くと、静かにその場を離れる。


「どこ見てんだよ、反射の悪魔リフレクト・デビル!」


 ダグラスは観測所の議員たちにもよく聞こえるように、大きな声で告げる。


「いいか、この国にはもう優秀な魔法士たちが大勢いて、そして何より、キャロル・キャロラインがいるんだ! 反射を破られたお前が入り込む隙なんか、どこにもないんだよっ!」

「破られた? あのデモンストレーションのことを言っているのなら、本当にそうかな?」


 エフォートは砕けて効果を失った『番の石』、空間魔法の触媒でありエネルギー源となる魔石の欠片を、指先で摘まんで持ち上げてみせる。


「これでまだ俺の反射を、破れると思うか?」

 

(……勝った!)


 その言葉を聞いてダグラスは、勝利を確信する。

 キャロルが反射魔法を無効化したロジックを、エフォートは空間魔法によるものだと考えている。

 だから番の石を破壊した今、もう反射はできないと思っているのだ。

 そう考えるよう、ダグラスは仕向けてきたのだ。


「よしキャロ、全力で行け! あのドヤ顔、割れた柘榴にしちまえ!」

「うん!」

「ドヤ顔……心外だ」


 エフォートは右掌を突き出して、反射壁を展開した。


「まかせてダグラス、キャロは無敵だから! 無敵じゃないと、生きていけないんだからぁっ!!」


 叫ぶ少女の指先に魔力が集中する。


「死ねぇっ! 〈ストーン・バレット〉ッ!!」


 放たれた、銃弾に劣らぬ速度の石礫。

 それはキャロルの指先から、一直線にエフォートの頭部に向かって突き進んだ。

 そして石礫ストーン・バレットは、エフォートの前に展開された反射壁を。


(——ッ!)


 何の抵抗もなく通過した。

 血飛沫が、弾ける。


「嫌ぁぁっ!? お父さんッ!?」

「やった!!」


 ミンミンの悲鳴と、キャロルの歓喜の叫び。

 そして。


「……フォート、演技はもうやめたんじゃなかったの?」

「こ、これは違う。少し計算がズレただけだ」


 額にかすり傷を負ったエフォートは、恥ずかしそうに呻いた。



「な……なんで……」

「そんな、馬鹿な……」


 ダグラスは、自分の顔に手を当てる。

 ぬるり、と血の感触。

 跳ね返されたキャロルのストーン・バレットが、ダグラスの頬を浅く切り裂いていた。


「議長に傷をつけたら勝ち、だったな。サフィは無傷で、約束通り俺も反射魔法しか使っていない。この模擬戦、俺たちの勝ちだ」

「……うそだ……」


 わなわなと震える、ふざけた女魔法士キディング・ウィッチ


「キャロ、落ち着け」

「キャロが、キャロが魔法で負けるなんて……うそだ……なんで、なんでキャロの反射破りが!?」

「反射壁を無効化する技術。その正体は、魔術構築式スクリプトの自壊と再生だ」

「——ッ!」


 喚くキャロルに、真摯に答えるエフォート。

 キャロルは息を飲む。


「お前は放った〈ストーンバレット〉の構築式スクリプトを、反射壁に触れる瞬間に自壊させていた。一部でも式が壊れれば、その瞬間に発動した現象は魔法でも物理でもなくなり、現実に干渉する力を失う。逆を言えば、反射壁の影響も受けなくなるということだ」


 エフォートは、観測所にいる魔法士たちにも聞こえるように説明する。


「お前は、俺の魔力の気配から反射壁の座標を予測し、ストーンバレットで発生した石礫が触れる瞬間に、構築式を一部壊した。そして反射壁をすり抜けた後、式が完全に壊れる前に再生させた。構築式スクリプトはごく一部だけなら、魔力を流し込み再計算することで、再生ができるからな。……人間の演算能力で可能とは思わなかったが」


 観測所の魔法士たちから、おお……という感嘆の声が上がる。


「なっ……なんで、分かったの!?」

「ヒントは二つあった。一つは評議会の前の、連合の魔法士たちとの会話だ」

「ちっ」


 やはりあの時か、とダグラスは舌打ちする。


『それは既存の構築式スクリプトしか使ってないという意味か!?』

『本人曰くな。だがそれを前提で、我らにもいくつか推論がある』

『聞かせろ』

『いいだろう。まずは魔法をマナレベルから計算する微細魔法論から紐解くが』

『ああ』

『紐解くな縛っとけ!』


 ダグラスが遮ったあの会話のことだ。


「魔法をマナレベルから計算する微細魔法論、それはまさに魔術構築式スクリプトの分解と再構築の理論だ。この国の魔法士たちの推論は、ふざけた反射魔法士キディング・ウィッチの反射無効化に辿り着く重要なヒントになった」

「そんな……あんな連中に、このキャロが……」


 ギリギリと歯ぎしりするキャロル。


「もう一つは、評議会の最中にお前が放った〈ストーンバレット〉。客観的に見れば、一瞬だけ魔力の気配が揺らいだことくらい分かる。キャロライン、相当な訓練をしたな? 必要のない場面でも、無意識に構築式スクリプトの自壊と再生を行ってしまったんだろう」

「くうぅっ……」

「キャロ、これは僕のミスだ。あんな場面で君に魔法を使わせるべきじゃなかった」


 爪が食い込むまで拳を握りしめ、悔しがるキャロル。

 ダグラスの謝罪も聞こえていないようだ。


「それに……いや、なんでもない」

「フォート?」


 途中で口を閉じたフォートに、サフィーネは小首を傾げる。

 エフォートは自分の右手の甲を見ていた。


(リリンは〈魂魄快癒ソウル・リフレッシュ〉で壊れていく隷属魔法の構築式スクリプトを、自分で掴んで魔力を流し込み、不完全な形とはいえ再生した。構築式スクリプトの破壊と再生。あれも……ヒントになった)


 エフォートの注意がキャロルから逸れたその時だった。


「うわあああああああっ! こんなの認めないからっ!!」

「キャロ!? やめろ!!」


 ダグラスの制止も聞かず、ふざけた女魔法士キディング・ウィッチの魔力が急激に高まる。


「——ッ! サフィすまない!」

「え? きゃっ!」


 エフォートはサフィーネを反射壁で突き飛ばした。


「おっと」


 飛ばされたサフィーネを、エリオットがしっかりと受け止める。


「ミンミン!」

「まかせてお父さん! 〈神聖防護プロテクト〉!」


 ミンミンはその前に立ち、魔法防壁レジストを展開した。

 ほぼ同時に、キャロルが叫ぶ。


「キャロとダグラスの邪魔をする奴! 死ねぇぇっ!! 〈ストーン・ブラスト・クルセイド〉!!」


 上空からエフォートを目掛けて、ストーン・バレットの雨が降り注いだ。

 エフォートは広く反射魔法を展開するが、すべての石礫は一切の干渉を受けず、すり抜けて迫る。


「すごいな、これだけの数で構築式スクリプトの自壊と再生を」


 ギンギンギンギンギンギンギンッ!


 だが、すべて飛礫はエフォートの体に触れると同時に、反射された。

 ほとんど下方の地面に弾かれているが、正確な反射は難しいのか時よりあらぬ方向へと弾け飛ぶ。

 それでもひとつひとつの威力は高くなく、サフィーネたちの方へ飛んでしまった石礫も、ミンミンのレジストで消失する。


 ギンギンギンギンギンギンギン!


「くっ……そおおお!!」

「……だからお前の魔法を反射する為には、絶対に構築式スクリプトを再生させる必要がある瞬間、つまり魔法が現実への干渉力を取り戻す必要がある、破壊対象に触れる瞬間に反射壁を展開すればいい。俺の体に触れる、その直前でな」


 ギンギンギンギンギンギンギン!


「ちくしょおおっ! ……だったら構築式スクリプトの再生を、もっとギリまで遅らせればっ!!」

「その通りだ。俺の計算を超えてみろ、ふざけた女魔法士キディング・ウィッチ!」


 降り注ぐ石礫の雨。

 エフォートに触れた瞬間に弾かれ続ける。


「ダメだ、それじゃあ遅すぎる。〈ストーン・バレット〉は土属性以外の物質と重なる座標で描ける構築式スクリプトじゃない」

「うるさいっ! ……くそお前! この数全部に個別で反射壁を張ってるのか!?」」

「そうだ、身体に触れるマナの粒子ひとつ分の隙間も残していないぞ。さあどうする!?」

「ちくしょおおっ!!」


 ギンギンギンギンギンギン……

 ギンギン……


 やがて、石礫の雨が止んだ。

 一番最初に計算ミスして受けたかすり傷以外は、無傷のエフォート。

 ふたりの卓越した魔法使いによる対決は、こうして完全に決着がついた。


「くっ……くそっ……ちくしょうっ……」


 キャロルはペタン、と座り込む。


「キャロル・キャロライン、お前は天才だ。そしてその力に頼り切らず、反射破りの方法を俺に誤認させようとした、ダグラス・レイ。お前たちを賞賛する。ヒントがなければ負けていたのはこちらだった」


 エフォートの真摯な言葉に、ダグラスは天を仰ぐ。


「……世辞はいらないよ。くそ、どこでタネが空間魔法じゃないって気づいた?」

「実験場にキャロラインが現れた時、お前は空間魔法で転移してきたと言ったな。ディスターブ鉱で魔力を隠せば、〈インビジブル〉で姿を消して歩いてくるだけで済む手品だ。それに疑似反射にしても、わざわざキャロラインが空間魔法使いだと印象づけたかったのが見え見えだったよ」

「見え見えか。……くそが」


 ダグラスは吐き捨てると。仰向けに倒れこんだ。


「……仕方ねえ、別の方法を探すか」

「別の方法とはなんですか?」


 議長が漏らした言葉に、サフィーネが敏感に反応する。

 ダグラスは笑った。


「安心してよ、王女殿下っ。約束通り僕は、君たちを都市連合に役立つ有能な仲間として受け入れる。僕が心配しているのは」

「ぐううっ!?」


 唐突に、キャロルは胸を押さえて悲鳴を上げた。

 びっしょりと脂汗を浮かべて、苦悶の表情を浮かべている。


「……キャロライン?」

「キャロライン嬢、どうしましたかっ!?」

「待てっ!」


 駆け寄ろうとしたエフォートとサフィーネを、ダグラスが止める。


「キャロに近づくな! ……くそ、あいつら、もうかよっ!」


 忌々しげに叫ぶダグラス。

 誰か人を探しているのか、周囲を見回している。


「……ダグラ……ス……!」

「キャロ、無理をするな! くそっ……どんな命令をされたっ!?」

「い……言えな……あああ!!」


 苦しむキャロルの胸元から見える、黒い稲妻のような魔力の気配。

 それはこれまでエフォートたちが何度も見てきた、忌まわしい術式。


「……フォート」

「分かってる、サフィ」


 視線を交わす王女と魔術師。

 ダグラスは叫ぶ。


「冗談じゃねえぞ……今すぐ止めやがれ! クソ親父がぁっ!」


 ふざけた女魔法士キディング・ウィッチキャロル・キャロラインは、隷属魔法の罰則術式に苦しめられていた。

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