33.勇者と策士
シロウは苛つきを抑え、またソファに乱暴に腰掛ける。
「……どうすればレオニングどもを見つけられる? テメエの考えを言え」
拳を握り感情をなんとかコントロールしながら、シロウは問う。
「勇者殿のご要望とあれば」
ハーミットは薄く笑みを浮かべると優雅に一礼した。すでに勇者に対しマウントは取った。目的を達成した以上、協力を拒否する必要はない。
デスクからラーゼリオン全土の地図を取り出し、テーブルの上に広げる。
「サフィーネが裏で都市連合と繋がっていたことは明らかだ。亡命先は間違いなく都市連合一択だろうね」
「帝国ってことはねーのか。最強の国だぞあそこは」
「神聖帝国ガーランドか。ありえないね」
「なぜだ」
「あの国にも奴隷制がある」
「は? それが何の関係があんだよ。昨日の王前会議でレオニングが言っていた事か? あれはオレへの当てつけだ。それにヤロウのことだ、こっちを騙そうとしている可能性だって」
「サフィーネが嫌がるのさ」
「なんでだ」
「兄妹だから分かるんだよ。……まあ、それはいいとして。警戒すべきは都市連合への亡命。それで間違いはない」
「……続けろ」
確信しているハーミットに、シロウも強硬的に反論できる材料があるわけではない。続きを促した。
ハーミットは地図で都市連合との国境線を指差す。
「軍はここに重点的に展開しよう。他国を経由して都市連合に入ろうとするかもしれないが、サフィーネはこの国の王女として顔が割れている。むざむざ通してラーゼリオンと国際問題を抱えたがる国はないだろう」
「軍を突破される可能性は? ヤロウは反射魔法の天才……チッ。反射しか能のねえヤロウだ。軍の攻撃を無視して強硬突破も不可能じゃねえだろう」
わざわざ言い直すシロウにコンプレックスの根強さを感じて、ハーミットはほくそ笑む。実に扱いやすい勇者様だと。
「だから、シロウ殿にはこの砦に待機していてほしい」
ハーミットは国境線のちょうど中央に位置する砦を指し示した。
「軍が彼らを発見したら、通信魔晶兵が連絡をする。勇者殿が駆けつけるまで、物量をもって『反射のエフォート』を足止めしよう」
「できんのかよ。ヤロウはこの俺でも面倒くせえ相手だぞ」
「彼の魔力にも限界がある。選定の儀でモチヅキ殿を相手に戦えたのは、ウロボロスの魔石があったからだ。実際に宝物庫での戦いではレオニングは防戦一方だったんだろう?」
「ああ」
「調査の結果、サフィーネが都市連合から調達した魔石のほとんどは魔術実験場と大封魔結界牢の周辺に仕込まれていて、こちらですべて回収済みだ。反射の魔術師はもう自分の魔力だけで戦う以外ない」
「……盗んだ承継魔導図書から、新しい力を得るかもしれねえぞ」
「あれはそもそも、勇者と呼べる実力を持つ者にしか扱えない。そう王家には伝わっている。レオニングは反射魔法に能力を特化し過ぎだ。ウロボロスの増幅なしに承継図書の力を、少なくとも短期間で操れるようになるとは思えないね」
ハーミットの説明に一応の説得力を感じたシロウは、頷いた。
「わかった。じゃあ……都市連合との国境前に陣を敷いて、後は連中が網に掛かるのを待つだけか」
「まさか。レオニングとサフィーネに徒らに時間を与えてしまっては、ろくなことにならない。時間をかけて、それこそ承継図書を扱えるようになってしまうかもしれない」
「じゃあどうする?」
「勇者殿には砦にいてもらうとして、お仲間の皆さんに協力してもらいたい」
「ニャッ?」
ハーミットはニャリスを一目見た後で、地図上でトン、トンと王都の八方にインク入れやペン、文鎮を置いていく。
「砦はもちろん、王国内のすべての街、村、人の集まる拠点にサフィーネたちを指名手配する通達を出している。冒険者ギルドに女神教の協力も確約済みだ。国中で大捜索が始まるだろう」
「教会も? お前ら仲悪かったじゃねーか」
「グラン高司祭が、何故か口をきけない状態になったからね。降臨した女神の怒りに触れたという噂も広がっている」
「誰が広めたんだかニャ」
「誰だろうね」
ニャリスの突っ込みに、ハーミットは爽やかに笑う。
「トップが機能不全に陥っている組織にお願い事は、そう難しいことではなかったよ。それはともかく。この国を挙げての包囲網、そうそう逃れられるものじゃない。ただし」
そこで一度言葉を切って、ハーミットはシロウを見た。
「君も認める通り、エフォート・フィン・レオニングはかなりの実力者だ。駐在の王国兵や冒険者たちでは相手にならないだろうね」
「けっ。誰がヤロウを認めるか」
シロウは忌々しげに吐き捨てる。
「だから、君の仲間たちには散り散りになって捜索に参加してもらいつつ、サフィーネ発見の報を受け次第、急行してもらいたい。全員分の通信魔晶はこちらが用意しよう。一人が足止めしてる間に二人、三人と集まれば、レオニングを抑えることも可能なはずだ」
「なるほどな。国境で待ち構える王国軍と、こっちから探していく俺の仲間たちの二段構えってわけか」
「いや? 他にも冒険者ギルド経由で、非合法の盗賊ギルドにも賞金をかけて探させる手筈だ。汚れ仕事もこなす彼らは人探しの達人だからね。それにまだある」
ハーミットはまるでチェスの戦法を説明するかのように、朗々と語っていく。
「サフィーネとレオニングの側には私の弟がいる。彼にはそれと分かるよう、メッセージを出そう。レオニングと承継図書を差し出せば、サフィーネとともに罪を減じるとね。エリオットはいつの間にか剣術の腕を上げていたが、性格は実に単純な男だ。自分もサフィーネも助かると分かれば、必ず私の味方に戻るはずだ」
「……四段構え、か」
「もちろんそれだけじゃない。奴隷商人たちのネットワーク、これも馬鹿にできない規模でね、裏から利用する。あとは女神教。今回協力を取り付けたのはあくまでラーゼリオン支部だけの話だが、これからグラン高司祭の側近に内密で会う予定だ。彼が帝国の女神教総本山に繋いでくれれば……」
「わかった、わかった、もういい、もういい! テメエが悪魔みてえな悪知恵の持ち主だってのはよくわかったよ!」
シロウが若干引き気味になって制止した。
「ったく……何が承継図書群の奪還はオレの責任だよ。とっくに動いてんじゃねーか。オレを担ぎやがったな?」
「失礼したね。ヴォルフラム軍団長にも、既に国境への進軍準備を命じているよ。ただ、私の計画の要はいずれもモチヅキ殿、勇者である君だ。実力でレオニングを抑える為には、君と君の仲間の力がいる」
「わーったよ、任せろ」
「……ご主人様」
安請け合いするシロウに、不安げな視線を送るニャリス。
だがハーミットの力無しで承継図書の奪還が不可能なのは始めから分かっていたことで、ここで何を言っても無意味だ。
シロウはソファから立ち上がった。
「さっそくオレの仲間全員に伝える。ついでに、反射ヤロウに対抗できる術を渡しておくぜ。仲間が一人で戦うことになっても、なんとかなるようにな」
「なんと、そんな方法があるのかい? どういう物なのかな」
「言うわけねーだろバーカ。手札を全部見せるほど、オレは頭悪くないぜ」
「これは一本取られたね。私はすべて手の内を明かしてしまったというのに」
「誰が信じるか、クソッたれ」
吐き捨て、シロウはニャリスとともに執務室を出て行った。
一人残ったハーミットは、少ししてから深いため息をついた
「……父上、あなたは愚かです」
静かに呟く。
「あのような男、わざわざ危険を冒して隷属魔法にかける必要などまったくない。容易く操り人形にできるというのに」
そして執務室の窓を大きく開けて、広がる空をハーミットは見つめた。
「さあ、どうするサフィーネ。これは勝負だと言ったね。私も負けるつもりはないよ」
***
「ヤバいニャ、ヤバいニャ! あの男、絶対に信用しちゃ駄目だからニャ! ご主人様!」
「わーかってるよニャリス、少し落ち着け。 ……つーわけだ、みんな。大体わかったか?」
与えられたラーゼリオン王城の一室で、シロウはリリンやルース、シルヴィアほか全員の仲間たちにハーミットと話した内容を伝えた。
「一時的にだが、オレたちはバラバラになる。それぞれ通信魔晶を持ってもらうが、いざという時はあの陰険魔術師と、応援が到着するまでサシでやり合うことになるかもしれねえ。……頼まれてくれるか」
シロウの言葉に、仲間たちは頷く。
「……わかった。モチヅキ様と、離れるの、少し、寂しいけど」
「我らは離れても心はひとつ。シロウ殿、心配無用だ」
「ボクも頑張るよお兄ちゃんっ!ボク、女神なんでしょ? あんな魔術師に負けなーい!」
「シロウ、任せて。エフォートはあたしが必ず見つけて、承継図書取り返すからね」
「……妾を信じてくれ、坊や。そなたの為に妾は動こう」
それぞれの言葉で、シロウへ思いを伝える仲間たち。
そんな中ただ一人、ルースだけは説明に使われた王国の地図を見て押し黙っていた。
「よし。じゃあそんなお前らにプレゼントがある。開け」
シロウは空間に開いたアイテム・ボックスから、無数の武器をガチャガチャと出して並べた。
「シロウ殿、これは……?」
「必要ねーかと思ってたけど、ヤロウの反射を破るのに役立ちそうだからな」
シロウはその内の一振りのブロード・ソードを拾った。
「これはオレが〈魔旋〉を習得した時に思いついて、作っておいた魔法の武器だ。術者の魔力を〈魔旋〉と同じ要領で武器の周りに自動で高速回転させて、魔法・物理混合属性の破壊力を持たせる。やってみな、リリン」
シロウは
「え、でもあたし、魔法なんて使えないよ」
「本人が魔法使えるかは関係ねえ。魔力は誰でも持ってるもんだ。試しに裂空斬、撃ってみな」
「う、うん。じゃあ……裂空斬!」
この後、ラーゼリオン城にあらたな修復箇所が増え、シロウはハーミットに嫌味を言われることになる。
「……すごい、この破壊力……これなら、エフォートの反射も破れる……」
自ら放った技の威力に、リリンは呆然としていた。
「な、すげえ武器だろ。ほれ、
シロウは仲間たちにどんどん武器を手渡していく。
「あ……」
忘れていたことに気が付いて、シロウの動きは止まった。
「えーっと……シルヴィア、なんかいる?」
「いらぬのじゃ。妾ならなんとでもできる」
「だよね!」
グッと拳を突き出すと、シロウは一同を見回した。
「まあ連中を探している間にでも使い方、慣れてってくれ。おし、じゃあ誰がどっち方向に行くか決めるか!」
「そうニャ。ウチが地図に書き込んでいくニャン」
地図を囲んで皆が集まる。
その時だった。
「あの……シロウ様」
これまでの調子と違うトーンで声を発したのは、斧を握りしめ露出の多いセクシーな鎧を纏った、オーガ混じりの女戦士。
ウェーブがかった髪がパラリと美しい顔に垂れて、快活な彼女らしからぬ物憂げな雰囲気を出している。
「どうしたルース、らしくない顔して」
「お願いがあるんだ。アタシは北東のマギルテ地方に行かせてくれ」
「マギルテ?」
ポカンとしているシロウだったが、先にニャリスが気づいた。
「ルース、もしかしてビスハ村に寄るつもりかニャ?」
「ああ。シロウ様はもう忘れてるかもしれないけど……」
「わ、忘れてねーよ。……昨日も言っただろ、承継図書を取り戻したら、もうお前の村みたいな悲劇は起こさせないって」
なんとか地名まで思い出したシロウは、キリッとした顔で応える。
「ありがとう、シロウ様。だからこそ……アタシはもう一度、過去と向き合ってくる。シロウ様の仲間で、奴隷でいる為に」
「ルース……わかったよ」
シロウはルースの髪をクシャッと撫でた。
「行ってこい。だだ、命令しておきたいことがある」
「えっ?」
「村に王国の役人か軍人がいたら、そいつには逆らうな。今は王国を敵に回したくねえ。この国との連携は、少なくとも承継図書を取り戻すまでは必要なんだ」
ルースの表情が、一瞬固まる。
ニャリスがハッとして、シロウを責めるような目で見た。
「ご主人様、それはあんまりニャ」
「すまねえルース。でもこれは、『命令』って言葉を使わせてもらうぜ」
「……わかった、シロウ様。必ず守るよ」
そうして亜人混じりの美しい女戦士、ルースは王都を出発する。
一路、マギルテ地方のビスハ村に向かって。
今、エフォートたち三人が向かっている小さな村へ。
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