32.転生勇者VS次期国王
ラーゼリオン王城。
サフィーネ王女によるクーデター事件の翌日。
自身の執務室でハーミット第一王子は、激務に追われていた。
自身への略式戴冠と王権の移譲、先王の葬儀、国民・周辺各国への告知、破壊された王城の修復、教会との関係改善……手配すべきことは山のようにあり、昨日の今日でも休んでいる暇などまったくない。
「おい、さっさと軍に命令出しやがれ! 討伐隊を出すんだろうが!」
そんなハーミットの元へ、近衛兵の制止も聞かず無遠慮に執務室のドアを開け入って来たのは、勇者シロウ・モチヅキ。
そしてその仲間の獣人ニャリスだった。
「もたもたしてんじゃねえ、早くあの陰険魔術師を捕まえんだよ!」
「ご主人様、もう少し丁寧な言葉使いで話すニャ」
「……やれやれ、モチヅキ殿。貴殿は何か勘違いをされておられる」
ハーミットはペンの動きを止めず、シロウたちを見もしないまま口を開いた。
「我々は貴殿を魔王討伐の勇者と認定しました。魔王討伐、その為に必要な王家承継魔導図書群。その奪還は勇者殿が責任者です。我々は忙しい、ご自身で指揮を執って下さい」
「なんだと!?」
予想していなかったハーミットの態度に、シロウは戸惑う。
ハーミットは顔を上げないまま続けた。
「何を驚かれているのです? 転生勇者殿、どうか愚昧なる我らに賢明なるご指示を」
「けっ、この国には嫌味ヤロウしかいねえのかよ……わかったよ、じゃあ指揮してやるよ」
シロウは執務室に置かれた高級なソファにどっかと座りこんだ。
「エルミーが〈精霊の声〉で確認した転移魔法の痕跡から、連中の転移先は不明だが距離は分かった。まだラーゼリオン国内にいるのは間違いねえ」
シロウは人差し指をクルクル回しながら、したり顔で続ける。
「心配なのは転移魔法をまた使われることだが、ありゃあ『ウロボロスの魔石』以上に超レアで強力な魔術触媒が必要らしい。今回の転移で一気に国外まで飛べなかった以上、再度の転移はまず考えなくていいだろうな。つーわけだ、国中にさっさと討伐隊を出せ」
「どこに?」
「は? だから国中だよ」
ハーミットはため息を吐く。
「国内と言っても広いですよ? どこに、どれだけの規模で、軍のどの部隊を討伐隊として編成するのですか?」
「しっ……知るか! そんなのはテメエが決めろ!」
「それは指示でも指揮でもありません。せめて大枠と方向性だけでも決めていただかなければ、組織は動きません」
「コイツ……! 連中がどこにいるか分かってりゃ苦労しねえし、王国軍の部隊編成についてなんてオレが知るわきゃねーだろ!」
「では調査と勉強を。ヴォルフラムに言って下されば、詳しい文官を手配してくれます」
「ざっけんな! んなしち面倒くせえことやってられっか!」
シロウは高級なテーブルをガンと蹴るが、ハーミットは意にも介さない。
「勇者殿では無理ということですか、分かりました。では妹たちの討伐はこちらで主導します。どうぞお引き取りを。見つかったら報告しますよ」
「んな悠長なこと言ってる場合か! ヤロウどもは承継図書を手土産に他国に亡命を考えてるっつったのはテメエだろうが!」
「そうですね」
「そうですね、じゃねえよ! そうなったらどうすんだ!」
「レオニングが妹とともに亡命先と協力して、魔王を倒すでしょう」
「なっ……それでいいのかよ!」
「仕方ないでしょう。承継図書が他国に渡るのは痛いですが、ラーゼリオンがこれ以上リソースを割かずに人族共通の敵である魔王を倒せるのなら、それはそれで悪いことではありません」
「なっ……なん……」
「ただ、それでは真の勇者はエフォート・フィン・レオニングということになりますね。モチヅキ殿を勇者として担ぎ上げたラーゼリオン王国の面子は丸潰れです。困りました、どうしましょう?」
まったく困っていない口調で、ハーミットはシロウを見る。
シロウは煽られていることが分かりながら、それでも爆発寸前だ。
「この、クソ王子が……!」
「ちょっと、ご主人様!」
「王子ではありませんよ。まもなく略式の戴冠式をして、国王になります」
しれっと答えると、ハーミットはまた書類仕事に戻った。
その態度にシロウはまた腹を立てる。
ダン、とハーミットの机の上から羊皮紙の束を跳ね飛ばし、詰め寄った。
「……ああ分かったよ。オレが詳しく指揮をとってやる。全軍を上げてのローラー作戦だ。国境の端から端まで、しらみ潰しに草の根をかき分けてもヤロウを探し出せ!」
「貴方は馬鹿ですか」
「なっ!?」
率直すぎるハーミットの反応に、シロウは二の句が継げない。
「仮にそんな真似をしたとして、全軍をあげるなんて動きは容易く察知されるでしょう。動きも鈍くなる。その隙に反対側の国境から逃げられて終わりですよ」
そんなことも分からないのかと、心底冷めた目でハーミットはシロウを見る。
相手を見下し、侮蔑しきった視線。
シロウはその目つきに、よく見覚えがあった。
「……その目でオレを見るな」
魔力と殺気が膨れ上がる。
「ご主人様!」
ニャリスが両手を広げて、シロウの前に立ち塞がった。
「あの魔術師と王女を見つけるのに、王国の助けは絶対に必要ニャ! 短気を起こさニャいで!」
「どけ、ニャリス」
「どかニャい! これはご主人様の為ニャ!」
「……どけ。これは『命令』だ」
「ご主じっ……ニャアアァアッ!!」
隷属魔法の主人に逆らっても、それが主人の為であれば罰則術式は作動しない。それがシロウと仲間たちの契約だった。
だが、明らかな命令に対しての不服従についてはその限りではない。
胸の奴隷紋から発した耐え難い苦痛を与える稲妻が、ニャリスを襲った。
ニャリスは悲鳴を上げて胸を押さえ、倒れこむ。
「……ニャリス!!」
我に返ったシロウは、慌ててニャリスを抱き起こした。
「ニャリス! すまない、オレどうして、こんな……チクショウ、お前らを傷つけたくなんか、ねえのに!」
「わ……分かってるニャ、ご主人様。ご主人様は本当は優しい人ニャ」
抱えるシロウの手を、ニャリスは握って優しく笑う。
「……回復術士が必要ですか?」
「うっせえ、黙ってろ」
ハーミットの言葉を跳ねのけ、シロウは無詠唱で治癒魔法を行使する。
罰則術式の痛みは肉体的なダメージではないが、それでも痛みだけは速やかに癒され、ニャリスは立ち上がった。
「ありがとうニャ、ご主人様」
「……ああ」
シロウは無愛想に応えると、薄く笑っているハーミットを睨みつける。
「……テメエ、調子に乗るんじゃねえぞ! 国王になるテメエをこの場で奴隷にしちまう手だってあるんだ」
「やらないでしょう? 自分の意にそぐわない者を片っ端から奴隷にする。数人のお仲間ならともかく、国王にまでそんな真似をする者を、誰も勇者とは崇めない。秘密にしようにも、隷属魔法を受けた者は消せない奴隷紋を負い誰の目にも隠し通せない。君が勇者の誇りも栄誉も捨ててでもというなら、好きにすればいい」
シロウの性格も思考もすべて読み切っているハーミットは、転生勇者の脅しに僅かもたじろぐことはない。
「……クソが」
力づくで言うことを聞かせる手を封じられ、シロウは歯噛みする。
(……それが君とエフォートの差だよ、シロウ・モチヅキ。彼ならば望む物の為に手段も方法も選ばない)
そんな転生勇者を見てハーミットは、内心でシロウが聞いたら発狂しそうなことを考えていた。
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