第二章 魔王創造種の暴走編

31.アンバランス・パーティ

「……フィー……サ……フィーネ……大丈夫か、サフィーネ!」

「……はっ」


 サフィーネが体を揺さぶられて目を覚ますと、最初に感じたのは背中の痛み。

 王城のベッドではない、堅い地面に寝かされていたようだ。

 視界に飛び込んできたのは緑に茂る木々。

 緑の葉を透過して、柔らかな日差しが差し込んできている。


「よかったぁ、ようやく目を覚ました」


 顔を覗き込んできて安心しているのは、二番目の兄であるエリオットだ。


「……兄貴」

「ええっ? あ、『兄貴』!?」


 今まで『お兄様』と呼ばれていたのに、とエリオットは困惑する。


「なんで兄貴が……魔王はどこに行ったの?」

「魔王? おいサフィーネ、本当に大丈夫か? 頭でも打ったのか?」


 まだ夢と現実の区別がついていないサフィーネ。

 遅れてようやく、自分がどんな状況だったかを思い出してきた。


「……ここはどこっ!?」


 サフィーネはガバッと跳ね起きる。


「たあっ!?」

「痛っ!」


 強かに兄の頭に額をぶつけ、兄妹で悶絶した。


「……何をやってるんですか、殿下」


 茂みの向こうからやってきたエフォートが、呆れたように声を掛けた。

 サフィーネは額を押さえながら立ち上がり、駆け寄ってくる。


「フォート! なにこれ、どういうこっ……!」


 途中で膝に力が入らず、サフィーネはガクッと倒れそうになる。

 慌てて手を伸ばすエリオットよりも先に、正面にいたエフォートが王女を支えた。


「落ち着いて下さい。俺たちは魔力切れで気絶していたんです、力が入らないでしょう? 無理をしないで」

「そんなことより、ここどこ? なんでこんな森の中にいるの!? 私たち都市連合に転移したはずじゃ……!」

「殿下、待って下さい。エリオット王子が困惑していらっしゃいます」


 途中でサフィーネに突き飛ばされたエリオットは、お淑やかだったはずの妹が口調も態度もこれまでとまるで変っていることに、ただただ驚いていた。


「……サフィーネ? どうしたんだ、本当に頭を打っておかしく……それとも、そこの魔術師エフォートに洗脳されて!?」


 エリオットは立ち上がり、剣を抜こうと腰に手をかける。

 だがそこに剣は無い。王城での戦いでシロウの〈魔旋〉に砕かれていたのだ。


「ちょっと、お兄様……ってもういいや。兄貴、やめてよ」

「また兄貴って言った! サフィーネ!?」


 妹の変わりようを受け止めきれず、エリオットは涙目である。


「エリオット殿下。残念ですが妹君は猫被りでいらっしゃいました」

「フォート、言い方ってあるでしょ」

「エフォートです。エ・フォート。勝手に名前を縮めないで下さい」


 いつもの二人のやり取りだが、エリオットには俄かに信じられない。


「本当に、正気のサフィーネ、なのか?」

「……当たり前でしょ。ギルドの鑑定でも私に〈傀儡〉とか〈魅了〉系のステータス異常なんてなかったの、忘れた?」


 信用しない兄にサフィーネはため息をつき、客観的な証拠を基に説明する。

 しかしそれがエリオットには藪蛇だった。


「ギルドの鑑定って……そうだ、エフォートお前! 妹にファントムペ何とかって魔法をかけて脅してたんだったよな!? なんてことするんだ!」

「ああもう! だからアレは違うんだってば!」


 サフィーネは、エフォートに掴みかかろうとする兄を必死で抑える。

 傍から見てエフォートは深いため息をついた。


「話が進みませんね……。殿下、エリオット様に最低限の説明を」

「私に丸投げしないでよ!」

「ご兄妹でしょう」

「私たちの仲悪さ知ってるでしょう?」

「仲が悪いって、どういうこと!? なあサフィーネ!」


 少しの間、混乱が続いた。


 ***


「だーかーら。シロウはクソ女神が異世界から転生させたゲームの駒で、奴が魔王を倒しちゃったら、この世界はシロウの持ち物になっちゃうの! だから私はエフォートと一緒に、シロウに承継図書を渡さないように動いてたの、分かる?」

「!!!???」

「あ、この件でもしかしたら白い小娘が『それは違うかしらぁ』とか兄貴んとこ来るかも知れないけど、兄貴も見たでしょ? シロウの仲間の回復術士が親父を殺させたの。あれ女神の分体らしいからね? あんなのを信用しないでよ?」

「!!!???」


 森の中座り込みながら、取り急ぎ何も知らない二番目の兄になんとか状況を伝えようとするサフィーネ。


「……殿下、今のくだりもう少し詳しく、いいですか?」


 そこに、エフォートが口を挟んだ。

 エフォートが王城地下の結界牢から脱出できずにいた間の出来事。

「王が死んだ」と、そしてその死の間際に結界牢の魔力回路を切断したと、エフォートはシロウの仲間に聞かされていたのだ。


「あ……うん。そうだね」


 サフィーネは、エフォートが投獄されている間の出来事を要約して説明する。

 兄と同じく自分から自由を奪う敵と認識していた、父王。

 そのリーゲルトが最後に自分とエフォートを助けて死んでいったという事実。

 説明するサフィーネの表情が陰るのは仕方がなかった。

 話を終えた後、エフォートは王女に深く頭を下げる。


「殿下……申し訳ありません、自分のせいです」

「やめてよ。こうなるから、言いたくなかった」


 サフィーネは悲愴な表情のエフォートから目を逸らした。

 シロウに演技を見破られていたのは自分の責任もあると、サフィーネは思う。

 それに女神の分体による介入など、予測できたとしても防ぎようがなかっただろう。

 またリーゲルトのことについても、父の真意を事前に察していれば、連携することも可能だったのだ。

 それが出来なかったのは間違いなく、サフィーネの失態であると思えた。


「……そうね、フォートにミスがあったとすれば」


 王女の言葉に、エフォートは顔を上げる。


「幻痛の強制魔法、〈ファントム・ペイン〉をもっとしっかり掛けてくれてれば良かったかもね。アレがハリボテだってバレたのも大きかったと思うよ」


 それでもこの頭でっかちな真面目クン魔術師には、何かひとつでも咎を与えておかないとまたグルグル考えこみ自分を責め続けるだろう。

 そしてサフィーネのそんな思いやりもエフォートは分かったうえで。


「そうですね。次はもっとちゃんとします」

「うん、必要な時には非情にね」


 俺が悪い、私が悪いと、長く後悔している余裕は二人になかった。


「……とりあえず」


 エリオットがボソリと口を開いた。


「サフィーネが、本当は全然サフィーネじゃなかったってことは、分かったよ……うん。うーん……」

「なんか、大事なとこは分かってないっぽいけど、まあいいや。……兄貴」

「うん?」


 サフィーネはまだ首を捻っているエリオットの前に出て、視線を合わせた。


「助けてくれて、ありがとう」

「……なんで?」

「えっ?」


 礼を言ったらキョトンとされ、サフィーネは面食らう。


「な、『なんで』??」

「兄が妹を助けるのなんて当たり前じゃん。サフィーネがお礼を言う意味が分かんない」


 横でエフォートが噴き出した。

 エリオットが睨む。


「おいエフォート、なんで笑う?」

「あ、いえ失礼致しました王子。……サフィーネ様、本当にエリオット王子は貴女のお兄様ですか?」

「……いろいろな意味で失礼ね、フォート」


 サフィーネは咳払いをすると、顔を背ける。

恥ずかしくて、面と向かって顔を見れないのだ。

 エフォートが茶化してくれて助かっている。


「……それでもありがとう、兄貴。それからごめん」

「え?」

「私の為に、国を捨てさせて」

「く、国を捨てる? いやいや捨ててないよ俺??」


 泡を喰うエリオット。

 自分がしたことの意味を分かっていないのだ。

 サフィーネは真顔に戻って、兄を正面から見つめた。


「兄貴。私とエフォートは、王国と教会、冒険者ギルドも正式に認めた勇者から、承継魔導図書群を奪って逃げたの。グラン高司祭も言ってたでしょう? これは国家反逆のクーデター。兄貴はその手伝いをしたことになるのよ。リーゲルト王がいない今、これからはハーミット王子が仕切るラーゼリオン王国が、私たちを犯罪者として討伐しにくるでしょうね」

「えええええ!? うそ、嘘だろぉ!?」

「本当にごめん。もう、兄貴は引き返せない」

「ま、マジで……」

「マジ。でも大丈夫、兄貴のことは私が守るから。この恩は必ず返すわ」

「いやそんなのいらんけど。でもそーかー……まあ、ああしてなきゃサフィーネ、アイツの奴隷になってたもんな。うん、仕方ないっか。でも兄ちゃんが相手かぁ……キツそうだなぁ……そうか、父ちゃん、死んじゃったんだよな……」


 サフィーネのせめてもの詫びをあっさり拒否してから、エリオットは独り言を続ける。

 改めて父王が死んだことに、ショックを受けているようだった。


「兄貴……」


 思わず泣き出しそうになるサフィーネ。その肩にエフォートは優しく手を置いた。

 痛惜の念で出かかった涙を、サフィーネは根性で堪える。


「……ってそうだ、フォート。いいかげん話を進めよう!」


 そして堪え続ける為にも、前を向くことにした。


「ここはどこなの? 『つがいの石』の片割れは都市連合に預けてあるのに、なんでこんなところに!」


 サフィーネの問いに、エフォートは頷く。


「さっき、地形を見てきました。ここはまだラーゼリオン領内、王都のはるか北東のマギルテ地方です」

「……真逆の方向じゃない」

「はい。そして五年前、大きく迂回して侵入してきた都市連合の魔法兵団と俺が戦った、戦地でもあります」

「え、それって」

「そうです。俺がシロウと初めて会って、リリンを奪われた土地。あのクソ女神、嫌味な真似をしてくれました」


 エフォートは吐き捨てるように答え、続ける。


「『番の石』による空間転移を妨害したのは、間違いなくあの女神でしょう。俺たちは正直、かなりマズい状況です」

「そんな……じゃあ、シロウたちにも私たちの居場所は知られて」

「……それはどうでしょうか。魔王の口ぶりだと、女神は極端な干渉はしないはず。本気で妨害するつもりだったら、そもそも俺たちの転移自体を止めてたでしょう」

「それは、そうね」

「アイツはゲームを楽しんでる。おそらく簡単に都市連合に逃げ込まれたらつまらないからと、嫌がらせをしたんじゃないですか」

「うわあ……やりそう」

「エリオット王子」


 エフォートは、まだ地面に向かってブツブツ言っていたエリオットに声を掛けた。


「最初に目覚めたのは王子でしたね」

「おう。ていうか、俺はべつに気絶とかしなかったよ。城でさ、急にサフィーネとお前が宙に浮かんで、それに俺もしがみついて。それでなんかバーって光ったら、いつの間にかあっちの方でみんな倒れてた」

「あっち?」

「この森から少し離れた、開けた荒野? なんか何もないとこ。木陰の方がいいかと思って、目を覚まさない二人をここまで運んだんだ」

「ありがとうございます」


 そう言ってエフォートは自分の掌を見つめ、握って開いてを繰り返す。


「魔力切れによる気絶は、回復に時間がかかりますからね」

「えっ?」


 慌ててサフィーネも、自分の魔力を確かめる。


「開け、我が秘せし扉」


 差し出した掌の先の空間が一瞬歪んだ。

 だが異空間収納アイテム・ボックスの扉は開くことなく、すぐに元に戻ってしまう。


「ホントだ、開かない。……これじゃせっかく手に入れた承継魔導図書も、暫く出せない」

「無茶しないで下さい。魔力枯渇マインド・エンプティなんてとんでもない疲労感のはずですよ」

「それはお互い様でしょ」


 確かにサフィーネは、これまで感じた事のない怠さを感じ続けていた。

 それはシロウと激闘を繰り広げたエフォートも同様の筈だったが、エフォートはやや青白い顔色をしているが疲労感を感じさせずに、またエリオットに問いかける。


「エリオット殿下、俺達はどれくらいの間、気を失っていましたか? ちょうど陽は真上ですが、まさか一日以上ということはありませんよね?」


 エリオットはまさか、と首を横に振る。


「四~五刻ってところかな。さすがに心配になってきたところで、先にお前が目を覚ましたんだ」

「では、まだ追手の心配はないでしょう。万が一女神がシロウに俺たちの正確な居場所を伝えたとしても、王都からここまで、早馬で五日はかかります。……でも」


 エフォートは周囲の森を見回す。


「通信魔晶で各地に、俺たちを指名手配する通達は出ているはずです。それにこの森には、凶悪な魔獣も潜んでいる。夜までここにいるのはマズい、早急に移動を開始しましょう」

「移動って、どこにだよ」


 聞き返すエリオットの背中の方角を、エフォートは指さした。


「西に小さな村があります。徒歩で丸一日かかりますが、行き道で身を隠せそうな岩山もあったはずです。まずはそこを目指しましょう」

「うえー。俺、腹が減ったんだけど」

「森で適当に狩るか、木の実でも採るしかありませんね。後は水分補給をしましょう。途中、川もあった筈です。サフィーネ殿下の魔力が回復してアイテムボックスが使えるようになれば、最低限のキャンプ用品も出せます」

「うー、ごめん。どれくらいで回復するかな……」


 サフィーネは弱々しく漏らす。


「俺の魔力も回復したら、パサーしますよ。そうですね……半日もあれば」

「キャンプか! 何か楽しくなってきた!」


 エリオットがすくっと立ち上がった。


「おし、行こう。すぐ行こう。角兎ホーンラビットの丸焼きとかいいな。サフィーネ、胡椒は持ってきた?」

「……兄貴、遊びじゃないんだから」


 途端に能天気になったエリオットに、サフィーネはため息をつく。


「ところでサフィーネさ、その兄貴ってのやめない? 今までみたいに『お兄様』って……」

「兄貴! アニキアニキ兄貴!」


 サフィーネはふいと顔を背け、さっさと一人で歩き始めた。


「……っと」


 まだ疲労でふらつくサフィーネを、すぐ追いついたエフォートがまた支えた。


「あ、ありがと」

「……ご兄妹、仲のおよろしいことで」


 前を見ながら、ボソリと呟く。


「べつにそんなんじゃ! ……ん? ちょっと待ってフォート。妬いてるの?」

「何を馬鹿なことを」

「わ! 絶対そうだ、なになに嬉しい! 妬いてるんだねフォート!」


 サフィーネは疲れなど忘れたように嬌声をあげ、エフォートの腕にギュッと掴まった。

 そしてエリオットを振り返り、手をブンブンと振る。


「兄貴! アーニーキ、ほら行こう!」 

「殿下、前を向いて下さい。また転びますよ」

「……なんだろ、この呼ばれてるのに置いてけぼり感……待てよ、サフィーネ!」


 奇妙なパーティの逃避行は、こうして始まった。

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