45.魔王創造種の暴走

 それ・・はらわたは煮えくり返っていた。

 誇りある一族の者が、完膚なきまでに滅ぼされたのだ。

 それも、力も魔力も乏しく僅かな寿命しか持たず、群れて小賢しい知恵で立ち回ることしか出来ない矮小な存在に。

 許されざることだ。

 身の程を思い知らせ、屈辱を晴らさなければならない。

 だが。


(……あやつが噛んでいるか)


 白い存在が、それ・・の脳裏をよぎる。

 でなければ、かの者の一族がああまで容易く屠られることはあり得ないだろうと。


(確かめる必要がある)


 それ・・は決めた。

 これまではゴブリン・ロードやオーク・ロードが行ってきた茶番。誇りあるかの一族に連なる者が起こすべきではない。

 しかし、だからこそあの存在の裏もかけようとそれ・・は考えたのだった。


 魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピード

 魔王が魔物を操り暴走させるというイメージだが、被害に遭ってきた人族・亜人族の長年の研究により、それは違うだろうと判断された結果の言葉だ。

 間違っていない。 

 本来、魔王が人族や亜人族の過度な繁栄を抑制する為に産み出した、個々の欲望と本能のままに活動する魔物モンスターという存在。

 それらが、何らかの原因で一部の変異した個体により支配され、統率され、魔王のことわりより外れる現象なのだ。

 暴走スタンピードが統率個体を倒せば止まることが、それを証明していた。


 だからエフォートは、黒の幼女という魔王の分体が現れた時も、暴走スタンピードについて触れなかったのだ。

 どうせ話しても、面白がって自分たちで何とかしろと嘲笑われるだけだろうと思ったからでもある。

 だが今、エフォートは激しく後悔していた。

 何としてでもあの黒の幼女に、魔物の支配権を取り戻させるべきだったと。


「冥竜……プルート・ドラゴン……!」


 偵察隊から報告された、魔物の軍勢の最奥に現れた統率個体と思われる存在。

 思い出されるのは、影写魔晶で見たシロウ・モチヅキにより戯れのように蹂躙される姿。


「古竜が、一族の仇討ちだとでも言うのか……? くそ、いなければいないで、あの男のせいで……!」

「どうする、エフォート」


 歯軋りをするエフォートに、エリオットが問う。


「……作戦は変わらない、冥竜の相手は俺がする」

「でもエフォートは、魔力が……」

「シロウは簡単に倒した相手だ。同じ事が出来なければ、転生勇者に届きはしない……!」


 そして、ギールが予測した通り二日後。転生勇者のルースが村に着く前日。

 魔王創造種の暴走を止める戦いが始まった。


 ***


「グルォオオオオーン!!」


 それはいかなる魔物の咆哮であったか。万を超える魔王創造種デモンズクリーチャーによる軍勢の進軍が始まった。

 マギルテ平原を我が物顔で進み、まず蹂躙するのは、もっとも手近な人族の集落、ビスハ村。

 主な住人達は雑種モングレルと呼ばれ差別されているようだが、半端に魔物の血が混じっている程度では、彼らにとって人族となんら変わらない。

 今回の暴走スタンピードの統率個体である冥竜の呼び声に応えない時点で、明確に魔物とは異なるのだ。


「ゴガ?」


 先陣を切る、槍を多数括りつけた戦車チャリオットをコボルト達に引かせた、ボブ・ゴブリンの一部隊。

 その小隊長の一匹が、荒野に一人立つ少女の姿を見つけた。


「ひ……ひいっ……!」


 悲鳴を上げた犬耳の少女は、慌てて駆け出す。


「アギャ」

「ギャギャ」

「ギャヒィ……!」


 嗜虐心に駆られたホブ・ゴブリン達たちは、それぞれに戦車チャリオットを引くコボルト達に鞭を入れ、犬耳の少女を追わせた。

 進軍に対して「真横に」駆け出した少女を追って。


「ギャギャアギャ」

「ウギャ」


 魔物たちに統率者から下された命令は、まずビスハ村の蹂躙。

 さっそく横道に逸れてしまった先頭集団に、後続のマッドウルフに騎乗するオーク部隊のリーダー格は、制止を呼びかけるが。


「ブヒ?」

「アギャアギャ!」


 しかし逃げる犬耳少女の揺れる臀部を見るやいなや、即座に追撃の隊列に加わった。


「き……効きすぎ、効き過ぎだべ~ッ!! ガラフのアホ~!!」


 結果、犬耳少女は万の魔物に追われ、全速力をもってマギルテ渓谷へとマラソンを続ける羽目になる。


(……ぬ?)


 何らかの精神操作系魔法の影響を受け、早々に乱れた隊列に冥竜は疑念を抱く。

 だが、同胞を殺す力を持つ者が相手ならこんな小細工などしてこないだろうと、まずは相手の出方を伺うことにした。


「アギャアギャ!」


 速度を上げた戦車チャリオットに乗ったボブ・ゴブリンが弓矢を構える。

 ニタリと笑うと、シュピンと矢を放った。


「ひゃあっ!」


 文字通り人間離れした聴力を持つコボルト混じりは、迫る大軍勢の騒音から風を切る矢羽の音を聞き取り、すんでのところで躱した。

 だが足をもつれさせて、倒れ込む。


「あ……あ……」


 下卑た笑みを浮かべ迫るボブ・ゴブリンにオークの一団。

 少女の命運は明らか、であるはずだった。


「えーっと……」


 少女は懐から、鈍く光る金属の塊を取り出した。

 片手で持たれたそれは、魔物たちには金属の塊、としか認識できない。

 犬耳少女はそれを両手で構え、先頭のボブ・ゴブリンに向けて突き出す。


「アギャ?」

「えと、なんだったべか、呪文……そうだ」


 少女は片目を瞑って、狙いを定めるような仕草をする。そして。


「くッ、殺せーっ!」


 パァン!


 ミカは目を瞠る。

 サフィーネから戯れで教えられた嘘の呪文とともに破裂音が響き、ホブ・ゴブリンは額に穴を開けて前に倒れ込んだ。


 ***


「〈インビジブル〉解除っ!」


 ガラフの声とともに、ミカの背後の空気ぐ揺らぐ。

 そこに湧き出すように現れたものは、金属で作られた四輪の台車。後輪に繋がる形で、魔物たちにとってはまた奇怪な鉄塊としか思えないものが括りつけられている。

 台車にはガラフの他、三人のビスハの奴隷兵が乗っていた。


「ミカ、早くっ!」


 銃という、魔法と異なる存在に魔物たちが困惑し動きが止まっている隙に、ミカはガラフに促され台車に飛び乗った。


「ガラフ! なんだべあの、オラにかけた、チャ、〈魅力付与チャーミング〉とかいう魔法! 効きすぎだべっ!」

「文句ならフォートのニイちゃんに言えって! えっと……え、エンジン? こうだったよなっ!」


 ガラフは台車に括りつけられた機械の紐を、思いっきり引っ張った。


 ドルンッ! ドッドッドッドッドッ……!


 リズミカルな音とともにエンジンが振動を始め、そして台車は馬や獣に引かれているわけでもないのに、ひとりでに走り出した。


「……ギャ?」

「ブヒィ」

「アギャアギャギャッ」


 再び人族たちが逃げようとしているとようやく気づき、魔物たちがまた後を追い始める。

 だが、今度は容易く追いつくことができない。妙な機械エンジンを積んだ台車は、かなりの速さだ。


「わっ、わっ!」

「前前前! 岩っ! 右に体重かけろっ!」

「どっせーい!」


 ビスハ兵達はぎゃあぎゃあ叫びながら、ハンドルも付いていないエンジン付き台車を体重移動だけで操作する。

 並みの人間にはなかなか持ちえないバランス感覚と順応力だ。


「速え~!」

「つーかおい、ゴブリンどもついてきてねえぞ」

「スピード落とせって」

「ミカ、なんとかしろっ」

「オラに分かるわけねえべ! ガラフ!」

「あー、お姫様言ってたけど、これブレーキついてないって」

「ブレーキ?」

「燃料なくなるまで、止まらないって」


 ビスハ兵達は息を飲む。


「マジかぁぁ!?」

「どーすんだよ、連中置いてけぼりじゃ囮になんねーぞ!」

「……それ、心配しなくていいみたいだべ」


 爆走する台車にしがみつきながら、ミカは後方の空を指差した。

 魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピードの軍勢の上空から、此方に向けて迫る五つの影。


「……鳥?」

「いや、デケえぞ」

「……わ……」


 近づくにつれどんどんその大きくなる、空飛ぶ巨影。

 その正体を察知して、ビスハ兵の一人は悲鳴を上げた。


飛龍種ワイバーンだぁぁぁっ!!」

「グルアアアッ!!」


 ボヒュボヒュッ!!


 翼を生やした竜種の口から、咆哮とともに火球が打ち出された。


「右ィィ!! 全力で回避!! 風よ巻け、我らを守れ! <エアリアル・ガード>!!」


 ガラフは叫ぶと同時に、横転寸前の急カーブを描く台車を包み込むように風魔法による防御フィールドを展開する。


 ドゴオォォン!


 轟音とともに爆炎が巻き起こった。

 大地は大きく抉られ、たとえ直撃は回避できたとしても、余波だけで台車の一つや十は簡単に吹っ飛ぶレベルの破壊力だ。

 だが。


「うっひょおおお!」


 舞い上がった粉塵の中から、エンジン付き台車が勢いを殺さないまま飛び出してきた。

 三人のビスハ兵が必死の形相で操る台車の上で、しがみついたミカに懸命に抑えられながらガラフは笑っていた。


「あははははっ! すっげえ、オイラ天才! ワイバーンのブレス食らって生きてるとか!」

「ちょ……ガラフ、おめえ調子に乗んでねえ! フォートさんの魔法だべ!」

「使ってんのはオイラの魔力なんだから、これもうオイラの魔法ってことでよくね?」


 遠隔魔法。

 勇者選定の儀でもエフォートが使っていた技術だ。

 シロウと交戦していた研究院所属でサフィーネの師でもある老魔術師に、遠隔で時魔法を行使させていた。

 今回も、エフォートはガラフに遠隔魔法の魔術構築式スクリプトを仕込んでいた。さらに魔力を消費するのはガラフに設定し、自身の消耗を抑えている。


「よっしゃ~! あのワイバーンども、オイラが倒す! ニイちゃん、〈カラミティ・ボルト〉だ!」


 調子に乗ってガラフは上空に掌を差し出すが、まったく反応はない。


「……ひいっ! すみませんっ!」


 突然謝るガラフ。


「やーい、怒られたべ」

「いつまでふざけてんだっ! また来るぞ!」


 ワイバーンのうち二匹が、速度を更に上げて台車へと迫ってきた。

 今度はブレスではなく、直接その牙と爪で台車を破壊しようというつもりらしい。


「よし、こ、これの出番だべっ!」


 ミカは台車に格納されていた、「神の雷」を取り出して構える。


「ガラフ、オラ一人じゃ無理だ。体ごと支えてけれっ!」

「えー、ミカの貧相な身体にオイラ興味ないんすけど。やっぱお姫様みたいに、ボンキュッとしてねえと……嘘です嘘ですすぐやるッス!!」


 ガラフは慌ててミカの背後に回り、ともに対物ライフル神の雷を支える。


「よ、よし……いくべ、セーフティ解除、チャンバーに装填! 目標……確認!」


 訓練した通りにライフルを操作し、迫る飛龍種に狙いを定めた。


「あ、あとは呪文……」

「グルアアアッ!!」

「くっ! 殺せーッ!!」


 ドパンッ!!


 ワイバーンの頭部が爆砕し、巨体は土埃を上げて地面に落下した。


「うっひょおおお! やっぱすげえっ!」

「もう一匹だべッ! くっころーッ!!」


 ドパンッ!


 再びの一撃の結果は同じ。

 残りのワイバーン三匹は、未知の力に同族が容易く屠られた事を警戒して、大きく上昇。ミカ達から距離を取った。 


「見えたぞっ!」


 台車を操っているビスハ兵の一人が、ミカとガラフに向かって怒鳴る。

 進行方向に、大きな渓谷が見えてきたのだ。


「……ニイちゃんが、予定通り突っ込めって!」

「了解!」


 ガラフ経由での指示に従い、台車は谷へと突入していく。

 遅れて、魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピードの軍勢も左右に逃げ場のない渓谷へと誘われ突入してくる。

 その、予定であったが。


「グオオーン!!」

「アギャギャ、ギャ!」

「ブヒィィ!」


 魔物の軍勢は緩やかに制止した。

 そして渓谷の入り口を前に、半円を描くような形で展開していく。


(さすがに古竜が統率する軍勢……そう簡単にはいかない、か)


 魔物の動きを察知したエフォートは、乾いた唇を舐めた。そう予定通り事が進めば、誰も苦労はしないのだ。


(頼んだぞ……エリオット、それに)


「あら? 怖気づいたのかしら、魔物さんたち」


 渓谷の入り口に、薄く笑う幼女が立っていた。

 否、幼女ではない。

 国に逆らい、運命に抗うことを決めた一人の王女。


「このサフィーネ・フィル・ラーゼリオンがお相手します。皆様どうぞ、ご遠慮なくお進み下さいませ」


(無理はしないでくれ、サフィ!)


 作戦の第二段階が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る