46.望んだ力

「不謹慎だけど、私は感謝してる。この魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピードに」


 サフィーネは魔物の軍勢に、王女らしい気品に満ちた礼を見せる。


「こんな状況じゃなかったら。フォートはきっと、こんなに早く私に承継図書の力を渡してくれなかった」


 静かに、しかし堅い意志の力を込めて、サフィーネは呟く。


「どんなに私が偉そうなことを言ったところで、実際に戦うのはフォート。そんな状況、もう嫌だから」

「ギャギャギギョ!」

「ブヒィ!」

「グルアアアッ!!」


 先頭の魔物の一団が、気勢を上げてサフィーネに向かって駆け出した。

 それは外見は幼い少女でしかない王女の、静かな気迫に耐え切れず暴発したかのような行動。

 サフィーネは落ち着いて、掌を天に掲げた。


「あの異世界の魔導書ライトノベルには、実用化したい兵器がいくつも描かれてた。理論と正確なイメージさえあれば、後は材料か魔力があれば……開け、我が秘せし扉!」


 サフィーネの前に開いたアイテム・ボックスの扉から、あらかじめ道具創造アイテム・クリエイションで作り出しておいた兵器が現れる。

 手持ちの銃器ではない、重量級の兵器であるその名は。


回転式多砲身連射砲ガトリングガン! 毎秒六十発の鉛玉、その身に味わえ!」


 下部はアンカーで地面に固定され、砲身は左右と一定の仰角を取れる構造。

 サフィーネは迫る魔物達にそのガトリングガンの狙いを定め、砲身後方に付けられたハンドルを思いっきり回した。


 ガガガガガガガガガガガガガ!!


 破壊の暴風が吹き荒れた。

 襲いかかってきた魔物達は悲鳴を上げる間もなく、一匹残らず血飛沫を上げて肉塊へと変わっていく。


「ゴギャアッ!」

「グオアッ!」


 飛翔可能な魔物が、斜め上方から襲いかかってきた。


「無駄ですっ!」


 サフィーネはガトリングガンの基部を押し下げると、梃子の原理で砲口が跳ね上がる。


 ドガガガガガガガガ!


 対空迎撃した魔物の返り血を浴びても

、サフィーネは動じない。覚悟はとっくにできていた。

 冷静に、魔物達を血祭りに上げていく。


 ガガッ……


 しかし無限の弾丸を用意していたわけでもなく、また砲身がいつまでも耐えられるわけもない。

 鈍い音を立てて、ガトリングガンの斉射は止まった。


「よく保った方ね」

「ゴギャギャギャ!」

「グルアアア!」


 仲間の肉塊を踏みつけながら、さらなる魔物の軍勢がサフィーネに迫る。

 返り血にまみれた王女ブラッディ・プリンセスはニィッと笑う。


「……これで終わりと思った?」


 サフィーネがガトリングガンで時間を稼いでいる間に。


「神の雷隊ッ! 構え!!」


 エリオットが指揮する対物ライフルを装備したビスハ兵たちが、サフィーネの左右に展開していた。


「……放て」

「放てェ!」


 サフィーネの呟きとともにエリオットが吠える。五十を越えるバレットM99の砲口が一斉に火を噴いた。


 ***


(ありえぬ! なんだあの力は!?)


 威力はともかく。異質さでいったら、同胞を殺した金髪の人族など比較にもならない程に不可解極まりない力だ。

 魔法では断じてありえない、圧倒的な暴力。有象無象の人族や人族崩れが扱えるはずもない、戦術魔法に匹敵する攻撃を一兵士が容易く放ってくる。

 千年を超えて生きる古竜を以ってしてまったく未知の力に、プルート・ドラゴンは驚愕していた。


(……女神の力……? いや、ありえぬ。彼奴の気配などまるで感じぬ。それに)


 配下とした魔物達を通して視る限り、攻撃属性は完全に物理のみのようだった。であれば、金髪の人族に滅ぼされた同胞よりもさらに歳を経て、強固な竜鱗を得ているかの冥竜には、まだ敵ではないように思えた。


(とはいえ、人族に広まれば厄介な技術に変わりはない。今のうちに滅ぼさせてもらおう)


 冥竜は配下の軍勢に命令を下した。


 ***


「おりゃあ! 裂空斬!」


 ビスハ兵が撃ち漏らした魔物の一群を、エリオットが一刀のもとに切り裂いた。

 神の雷隊の隊長だったはずのエリオットだが、早々に剣を抜いて特攻してしまった為、指揮はギールが引き継いでいる。


「第三部隊交代ッ! 第四部隊は前へ! ……王子、前に出過ぎです! 味方が撃てません!」

「気にせず撃ってよ、当たんないからさっ!」

「くっ……放て!」


 魔物が迫ってきたこともあり、ギールは止むを得ず発砲の指示を出す。

 宣言通り、エリオットは背中に目がついているかのように背後からの射線から身を躱し、同じく銃撃を逃れて迫る魔物を斬り倒していった。


(兄貴……なんだか、城の時より強くなってない?)


 異常な程の身体能力を示す兄を見て、サフィーネは眉をひそめている。

 本当にこの戦いが終わったら、エリオットの秘密を問いたださなければならないだろう。


「第一部隊、また前へ! ……王女殿下は、もう少しお下がり下さい。危険です」

「いいえ、ギールさん。これ以上後退しては、前線の変化が分からなくなります」


 サフィーネはギールの進言を却下した。

 ギールはフッと笑って頷く。


「了解です。……困った兄妹だ」

「何か言った?」

「前の主人には持ちえなかった不満を。第一部隊、放てッ!」


 サフィーネ達のビスハ部隊は、先程の位置よりやや下がり、渓谷のちょうど入り口に展開していた。

 側面や後方に回り込まれる心配がない分、火力を前面に集中させることができる。

 しかし情勢に、変化が生じた。


「ギョギャ」

「ガルル」


 撃たれる恐怖を感じないような魔物たちの猛攻が、僅かに緩んだ。それはサフィーネが前線にいたから感じ取れた、微かな変化。

 同時にエリオットも、動物的な勘でそれを察する。


「サフィーネッ!」

「分かってるっ! ガラフ君!」


 ドドドッとミカが、ガラフを背負ってサフィーネの前に爆走してきた。


「ガラフお届けだべ!」

「呼んだ? お姫様っ」


 ミカの背から飛び降りたガラフがニッと笑う。


「出番だよ!」

「オッケーッス!」

「神の雷隊、射撃しつつ後退しろっ!」


 ギールの指示に、兵たちは冷静に従う。自分たちが優勢な時の後退命令は、通常の軍ではなかなか通りにくいものだ。名誉欲に駆られた者が突出しがちである。

 だが皮肉なことにビスハ兵たちは、隷属魔法による統率で問題なく後退した。


「アギャ?」

「ガガガッ!」


 前面の魔物たちが好機とばかりに攻勢に出る。その背後から迫る、味方からの冷酷無比な滅びの力に気づかないまま。


「グラアアアアァァァァァァァァ!!」


 前面の魔物たちとは格の違う咆哮とともに、空が怪しく光った。


「ガラフ君、今!」

「了解っ! 王国最強の反射魔術師はっ……今日からこのオイラだー!!」


 グレムリン混じりの少年が両掌をかざすと、ビスハ兵たちを囲むように空間が歪み、半透明の反射壁が出現する。

 そして、間髪を入れず。

 ゴブリン・ハイシャーマンが、ワイト・キングが、ガーゴイルが、トレント・ウィッチが、ワイバーンが、ゾンビプリーストが、スキュラがカーバンクルがキマイラが。

 前方の味方を巻き込むことに一切の躊躇もなく、一斉に攻撃魔法・ブレスを放った。

 それは一つの町を消滅させる規模の、戦略級に匹敵する威力。前方の魔物たちは何の障害にもならずに消滅し、ビスハ兵団も禍々しい輝きに照らし出される。


「うおおっ!?」

「ちょ、待っ……!」


 兵たちから狼狽の声が上がるが、サフィーネは動じなかった。

 ガラフは叫ぶ。


「跳ぁねぇっ……か・え・せぇぇぇぇ

ぇ!!」


 名状し難い轟音が響き渡る。

 エフォートの遠隔魔法でガラフの魔力により発動した反射魔法が、魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピード主力の放った一斉極大魔法・遠隔集中飽和攻撃を全て、跳ね返した。


「ゴガッ……!?」

「ヒィィ!?」


 知性の高い魔物は信じられないと驚愕し、そうでないモノは何が起きたのか分からないまま。魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピードの軍勢の大半が、一瞬の内に壊滅する。


 そして。


「ようやく姿を現したわね」


 サフィーネが乾いた唇を舐めて呟く。

 魔物たちが姿を消したマギルテ平原に、巨大な漆黒の古竜、冥竜プルート・ドラゴンがその姿を露わにしていた。


 ***


(ありえぬ……ありえぬ、ありえぬ、ありえぬ!)


 壊滅した軍勢と同じように反射攻撃をその身に浴びながら、竜鱗によりほとんどダメージを負うことのなかったプルート・ドラゴンは動揺していた。


(反射魔法だと!? そんな魔術構築式スクリプト女神ヤツはこの世界に用意していなかったはずだ! ……いや、それよりも)


 人族ごときの策にまんまと嵌められたと、冥竜は憤る。

 あの『ガトリング・ガン』なるものや『神の雷』なるものは、こちらの最大集中攻撃を誘う為の餌に過ぎなかったのだ。

 敵が反射魔法を持っていると知っていれば、こんな戦術を取ったはずがない。まずは未知の物理兵器群でこちらの全力飽和攻撃を誘い、満を持して反射する。

 お陰で、せっかく誇りを捨てゴブリン・ロードの真似事までして集めた魔物の軍勢が、あっと言う間に壊滅だ。

 そもそもの目的であった、女神の手先と思われる金髪の人族を誘き出すことすらかなっていない。


(……まあ、よい)


 冥竜は嗤った。

 それは自嘲でもあった。

 かの竜は、同じプルート・ドラゴンでも先に金髪の人族に滅ぼされた、年若い冥竜と格が違う。

 何を焦ることがあろうか。魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピードなどただの戯れ。己が一頭だけで、その何倍もの力を持つ。

 その身一つで人族を討ち滅ぼし、女神の手先を呼び出して見せればよいのだ。


 プルート・ドラゴンは顎を開き、竜族の最大奥義であるブレスの魔力を練り上げ始める。

 禍々しい黒光が収束を始めた。


(我が竜鱗は若造とは物が違う。反射されたとて、己がブレスで灼かれるほど脆くはない)


 悠久の年月を経た古竜の竜鱗は、あらゆる刃、魔法を通すことはない。それは自身のブレスも同様だ。

 おそらくこの一撃も反射されるだろうが、人族の尺度でいう戦略級の威力のブレスを反射し続け、魔力が持つはずがない。対して冥竜にはほぼ無限に近い魔力がある。

 勝負は初めから、決まっていたも同然なのだ。


「グゥオオオオ……ッ!!」


(滅べ! 卑小なる人族どもよ!)


 冥竜プルート・ドラゴンによる滅びのバースト・ブレスが放たれようとしたその瞬間。


「〈インビシブル〉解除。〈浮遊レビテーション〉発動」


 落ち着いたトーンの呟きとともに、黒髪の魔術師が唐突に冥竜の眼前へ現れた。


(なっ!?)

「この瞬間を待っていたよ」


 ブレスの魔力が充填し切った竜の顎の中に、反射壁を展開させるエフォート。

 温存した魔力はこの時の為のものだ。


(馬鹿なっ!?)

「もうブレスは止められないだろう? 竜鱗も意味を為さない体内で、思う存分自分のブレスを味わうといい」


 そして。

 冥竜プルート・ドラゴンは体内から爆散し、その命脈を断たれた。

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