47.選べ

「うおおおおーっ!」

「やったぞ~!」


 ビスハ兵達は、冥竜の爆散を目撃して歓喜の声を上げる。

 自分達を道具としか考えていない管理兵団に、彼らが逃げる時間を稼ぐための捨て駒にさせられるだけだと諦めていた奴隷兵たち。

 唐突に現れた美しい王女と王子、それに魔術師から強力な兵器を渡されて、まさか一人の死者も出さずに本当に勝てるとは思ってもいなかった。


「……フォート!」


 サフィーネは、冥竜を屠ったエフォートの元へと駆け出した。

 だが、プルート・ドラゴンは万を超える軍勢の後方にいたのだ。王女の足ではかなり時間がかかると思われた。


「お姫様、失礼するべ!」


 一瞬で追いついてきたコボルト混じりのミカが、サフィーネを担ぎあげ、そのまま走り続ける。


「ミ、ミカちゃん?」

「早くフォートさんのとこに行くべ! お二人は、オラ達の英雄だべさ!」


 降り返ると、サフィーネに続いてビスハ村の皆が、笑顔で追ってきていた。

 その先頭にいる男の顔が引きつっている。


「二人? 誰か忘れてるよね」

「お、おお王子も、もももちろんだべ!」


 ビスハ兵に混じって駆けてきたエリオットの突っ込みに、ミカは慌てた。


「凹むなって、エリオットの兄貴。オイラの次くらいには兄貴も頑張ったぜ!」

「ガラフ、お前な」


 グレムリン混じりの少年に肩を叩かれ慰められて、エリオットは苦笑する。


「な、なんだっ?」


 約三百人が遠くから駆け寄ってきて、エフォートは新たな暴走スタンピードでも発生したかと狼狽した。

 先頭がミカに背負われたサフィーネでなければ、身を守るために反射魔法を展開してしまったところだ。


「サフィーネ殿下? そんなに慌てて、不測の事態ですか?」

「不測の事態って……フォート……」


 反射の魔術師の前に辿り着き、ミカの背から降りたサフィーネは、彼らしいと言えば彼らしい反応に思わず苦笑する。


「……やったねフォート。プルート・ドラゴンをこんなに簡単に倒した。シロウが倒した竜より古い個体だったんでしょう? フォートの勝ちだ」

「簡単ではありません。殿下の道具創造アイテム・クリエイションと、それを運用したエリオット王子、そしてビスハ村の皆の功績です。俺は最後に美味しいところを貰っただけで」


 照れくさそうにエフォートは頬を掻いた。


「いやいや、フォートのニイちゃん! オイラの活躍も別格っしょ?」

「ガラフ、おめえはまた!」


 遠慮なく自己主張するガラフをミカが諌めるが、エフォートは笑って二人の頭にポンと手を置いた。


「そうだな。俺の代わりに魔法を使ってくれたガラフに、最初に危険な囮をやってくれたミカ。ありがとう」

「うへへ」

「お、オラはそんな、とんでもねえべ」


 照れるガラフとミカの横で、「私より先に頭ポンポンを……!」と顔を強張らせるサフィーネ。幸いなことにエフォートは気づかなかった。知らぬが仏である。


「エフォート殿。それにサフィーネ殿下、エリオット殿下。我らビスハ一同、命を救われました。感謝してもしきれませぬ」


 ギールが跪き、頭を下げた。

 後を追って全てのビスハ兵達がザッと跪き、ギールに倣う。

 サフィーネは咳払いしてから、静かに首を横に振った。


「ギールさん、何を言ってるんですか。私たちの能力を聞いて、この作戦を提案したのは貴方です」


 サフィーネは優しげな微笑みを浮かべ、高潔な王女様モードに切り替わっていた。


「それに他の皆さんも、さすが数多の戦場を駆けてきたビスハの勇兵たちですわ。未知の異世界兵器を僅か二日で使いこなし、恐るべき魔物の軍勢と見事に戦って下さいました。誇って下さい、皆さんは魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピードを阻止し、この国を守った英雄です」


 サフィーネの美声に聞き惚れていたビスハ兵達は、その言葉に胸を打たれる。


「ビスハの勇兵……?」

「俺たちが……」

「国の、英雄……」


 奴隷だった。

 雑種モングレルだった。

 戦争の為の、汚れ仕事の為の道具だった。

 それが、今は追われる身とはいえ一国の王女が、過去の自分たちを「ビスハの勇兵」と称し、今の自分たちを英雄と称えてくれた。

 これほど嬉しいことがあるだろうか。


「……バカじゃねえの」


 その喜びに水を差す一言が放たれた。ビスハ兵達の歓喜の声が一気に鎮まる。


雑種モングレル雑種モングレル。所詮、オレたちは魔物混じりの下等な道具だ。王国に隷属して軍の道具としてしか、生きていけねえんだよ。王女だか王子だか知らねーが、そいつらがやったことは意味のねえ自己満足だ」


 辛辣な言葉を吐いたその男は、村門でミカを殴っていたオーク混じりの大男。

 ギールは立ち上がり、鋭い眼光で睨みつけた。


「ブルゴー、なぜそんな事を言う? サフィーネ殿下たちは、己が身も危険に晒してまで我らを」

「だからお前はバカなんだ、ギール」


 ギールの言葉に、ブルゴーと呼ばれたオーク混じりは嘲笑して答える。


「なぜだって? それはオレがお前らより賢くて、つくべき相手を分かってるからさ。……基本命令ベーシックオーダー、『いかなる権限移管がされようと、最後に従うべきは軍の命である』」


 ブルゴーはニタリと笑うと、一枚の羊皮紙を広げてギールに突き付けた。


「……ッ!?」


 羊皮紙は、軍の命令書だった。その文言を見てしまったギールは、手にしていた対物ライフルを儀礼の剣のように顔の前に掲げ、敬礼する。


「サー・フィル・ラーゼリオン!」

「なっ……!?」


 突然のギールの行動に、エフォート達は目を瞠る。そしてギールは叫んだ。


「全ビスハ兵、軍令である! 逆賊サフィーネ・フィル・ラーゼリオン一党を捕縛する。構えっ!」


 ザッ!!


 王女の道具創造アイテム・クリエイションで産み出されたライフルの銃口がすべて、サフィーネに、エリオットに、そしてエフォートに向けられた。


「そんなっ……どうして!?」

「サフィーネ、俺の後ろに!」


 狼狽するサフィーネを庇うように、エリオットが立つ。

 だがビスハ兵たちは王女たちを囲んでいる。背後にも逃げ場などない。


「くっ……管理権限を移譲された者として命令する! お前たち銃を降ろせ!」


 エフォートが叫ぶが、一斉に向けられた銃口は一つも下がることはない。


「……基本命令ベーシック・オーダーだと!?」

「ブハハハハッ……ご苦労でしたな、両殿下。それに魔術師殿」


 サフィーネ達を囲む輪の中に、にやけ顏で入ってきた肥満体の男。

 エフォートとサフィーネは苦々しくその男を睨みつけた。


「バーブフ……!」

「まさか本当に、魔王創造種の暴走デモンズクリーチャー・スタンピードを阻止するとは思いもしませんでしたな。その上、強力な未知の兵器群に逆賊の捕縛。ここまでの手柄を手に入れれば、ワシは王都への復帰どころか、軍団長の座すら夢ではない! グハハハハッ!!」


 供の管理兵たちも従え、高笑いするバーブフ。エフォートは舌打ちする。


「貴様、どういうことだ? ビスハ兵たちの管理権限は、俺たちに譲ったはずだ」

「ブハハ、悪名高い禁忌の魔術師を出し抜けたとは、光栄だ」


 この上ないドヤ顏で、バーブフはエフォートを嘲笑う。


「五年前、どこの馬の骨とも分からぬ男にオーガ混じりの女奴隷を連れ去られて以来、軍は隷属魔法の安全装置セキュリティを強化しておる。どんな権限移譲があろうと、最優先命令の権限は軍という組織が持つ。そう基本命令ベーシック・オーダーに組み込んでいるのだ。そこのオークには、このような事態に陥った時にはワシの軍令を受け取りに来るよう、あらかじめ仕込んでいる」

「はっ」


 命令書を持ったブルゴーは短く答え、どうだと笑った。

 バーブフは銃口を向けられて身動きできずにいるサフィーネに近寄り、下卑た表情で王女を睨め回す。


「すべてはこの豚から聞いておりましたぞ、殿下。神の雷とやら、すべてこのワシがもらい受ける。頼りの禁忌の魔術師も、プルート・ドラゴンの相手をして魔力は残されてないでしょう? 殿下の御身、このワシの意思ひとつでどうとでもなるということをお忘れなきよう……ブハハッ」

「……お前の、意思ひとつ?」


 サフィーネが、バーブフの言葉に反応した。


「ということは、この後に及んでお前はまだ、王都に私たちのことを報告してない?」

「そうですぞ~。通信魔晶を壊されましたからな。だからチャンスですぞ、殿下。ワシの機嫌を取れば、王都に引き渡されることはないかもしれませんぞ。フヒヒ」


 バーブフは涎を垂らしながら、サフィーネの豊かな胸を指差した。

 サフィーネとエフォートは目配せする。エフォートは頷き、王女は口を開くと短く呟いた。


「兄貴」

「りょーかい」


 エリオットがまるで瞬間移動のように動いた。


「ごぎゃぶべっ!?」


 バーブフの顔面に渾身の拳が突き刺さって、肥満体は弾けるように吹っ飛ばされる。


「閣下ッ! くっ!?」

「だ、ダメだべお姫様、に、逃げ……!?」

「いやだぁっ! オイラ、ニイちゃん達を撃ちたくないっ……!」


 ギールがライフルを、ミカとガラフが護身用に渡されていたハンドガンを震わせる。

 だが、隷属魔法の基本命令ベーシック・オーダーは絶対だ。

 本人達の意思に関係なく、ビスハ兵達の引き金にかかった指が絞られようとした、その時。


「その役割を終えよ、道具創造アイテム・クリエイション、解除」


 パキィィン……!


 サフィーネの短い詠唱とともに、鋭い音が響いた。ビスハ兵達の手にしていた銃器が、一斉に解体する。


「な、なんっ!?」


 焦るブルゴーの前に、エリオットが現れた。


「お前、あいつに豚って呼ばれて笑ってたな。なんだよそれ」

「ぶげらっ!」


 容赦なく殴り飛ばされるブルゴー。エリオットはその手から命令書を奪い取り、破いた。


「これで軍の命令なんかっ」

「ご、ごべっ……、む、無駄ばっ! そんなもの破いだどごろで、命令ば生きでいる!」


 歯を折られ血を流しながら、バーブフが叫んだ。


「お前らッ……! ごいづらを、だだぎのめぜッ……ばブッ!?」


 バーブフの顔面が踏まれ、地面に押しつけられる。

 踏みつけたのは、鋭い眼光をビスハ兵達に向けた、エフォート。


「閣下!」


 王国兵を守れという基本命令ベーシック・オーダーに縛られたビスハ兵達は、各々に剣や武器を抜いて構える。


「動くな! 動けば『閣下』を一瞬で焼き尽くすぞ!」


 エフォートは手のひらを這いつくばるバーブフに向け、鋭く言い放った。


「人ひとり、僅かな魔力で容易いことだ」

「ほっ……ほ前ら動ぐなばッ!」


 バーブフも悲鳴をあげ、兵たちは動きを止める。


「フォ……フォートのニイちゃん……」

「オ、オラたち……こんなこと……」


 ガラフとミカは、涙を流しながらエフォートを見つめる。

 剣を構えたまま、ギールも口を開いた。


「エフォート殿……お許し下さい。我らは、やはりこの呪縛には逆らえな」

「許さないよ、ビスハの者たち」


 エフォートは、ギールの言葉を遮って言った。


「ちょっと、フォート」

「だから選べ、自分たち自身で」


 口を挟もうとするサフィーネも遮り、エフォートは続ける。


「今までのようにこんなクズに、王国に道具として扱われ、豚と呼ばれ雑種モングレルと呼ばれて生きるのか。それともビスハの勇兵として、救国の英雄として、奴隷解放を謳うサフィーネ殿下とともに誇りをもって戦い生きるのか」


 エフォートの言葉に、ビスハ兵達に動揺が広がる。


「奴隷解放……?」

「サフィーネ殿下が……?」

「……っ! そうです、皆さん!」


 エフォートの意図を察したサフィーネは、彼らに迫ることになる選択の残酷さに躊躇しながらも、意を決して声を上げた。


「私はこの国から奴隷制をなくす為、王国と袂を分かちました! その為には、皆さんの強い意志が必要なのです!」

「し、しかし……!」


 ギールが苦しげに喘ぐ。


「我らとて、殿下たちについて行きたい……! しかし、我らの魂を縛る隷属魔法が、それを許さないのです……!」

「だから、選べと言っている」


 エフォートは告げる。


「俺は既に、隷属魔法から魂を解放する術を手に入れている。だがそれには、お前たちの覚悟が必要だ」


 グレムリン混じりのガラフ、禁忌破りの魔力を持つ少年という魔力供給源を得たエフォート。既に自身の魔力を消費し、承継図書の〈魂魄快癒ソウル・リフレッシュ〉を会得していた。

 しかし。


「お前たち全員の隷属魔法を解除するには、どれだけ魔力があっても足りない。だから必要なのは、お前たちの解放されたいという意志と覚悟の強さだ」


 エフォートはサフィーネを一目見てから、続ける。


「素材が揃った道具創造アイテム・クリエイションの消費魔力が少ないように、奴隷が誇りを失わず、罰則術式に打ち勝つ覚悟をもっていれば、俺は今の魔力量でもお前たちを隷属の呪縛から解放できる」


 沈黙が、場を支配した。

 マギルテ渓谷前に巻く風の音だけが、静かに鳴っている。

 やがて、エフォートは冷酷に選択を迫った。


「いつまでもこうしているわけにはいかない。今、選べ。服従か抵抗か」

「……お、オラは……っ」


 ミカが最初に口を開こうとした、その時。


「エフォート!!」


 エリオットが突然、バーブフを踏みつけていたエフォートを突き飛ばした。


「なっ!?」


 ギィン! ドォォォン!!


 直後、金属の擦れ合う音が響き、地面が爆発した。


「なっ、なにが……! 貴女は!?」


 両腕で顔を庇っていたサフィーネが、爆発の正体を認めて声をあげる。

 土煙が晴れるとそこには、エリオットの剣で軌道を逸らされ、地面を抉った戦斧を手にした者がいた。

 露出の多い甲冑に褐色の肌を包んだ、ウェーブがかった髪のセクシーな女戦士。


「……あの背中は……」


 いまだ隷属魔法に縛られているミカに向けられた、その女の背中。

 ミカがずっと追いかけてきた、そして追いかけたかった背中。


「……ルースッ!」


 ミカは絶叫した。

 振り返らないまま、ルースは戦斧を構え直す。


「この性悪魔術師め……アタシの妹に、家族に、村の皆に、何をしているっ!!」


 そして再び、エフォートに向かって襲いかかってきた。

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