44.ガン&マジック
書名:
『ガン&マジック~ミリオタ少年のハーレム異世界征伐記~』
魔王が現代日本から召喚し、エフォートに与えたライトノベルのうちの一冊である。
現代日本に暮らしていたミリタリーオタクの引きこもり高校生が、異世界に転生。
前世の記憶を元に多数の銃器を製作し、美少女ヒロイン達とともに魔王を討伐、そのまま全世界を征服し、王の中の王となるストーリーだ。
解読を終えたエフォートとサフィーネは、ストーリーはともかく銃器という存在に興味を持った。
特にサフィーネが高い関心を抱く。
ヒロインの『非力な女でも、銃ひとつで男と対等以上の力を持てる。これは、アタシの為の武器だ』という台詞に感銘を受け、なんとか実際に銃を作れないか、密かに工房に働きかけていたのだ。
ライトノベルには異常に詳細な銃に関する描写があり、うまくいけば再現できるのではと考えた。
しかし当然、いくら詳細でも小説レベルの記述で、たとえば高性能な火薬の配合率や、ミリ単位以下の精度が要求されるバレルの精製技術など分かるわけがない。
ライトノベルではバレルは発達した錬金術で作り出し、また火薬の配合についても主人公が偶然の産物で発見している。
爆発力で弾丸を射出するという発想から、実験的に圧縮空気で刃を撃ち出すスペツナズ・ナイフ等は作り出せたが、その辺りが限界であった。
「〈
集会の後。兵舎の一室で、サフィーネはアンチ・マテリアル・ライフルを抱いて呟いた。
横で
「……恐ろしい魔法です。理論と製図が頭に入っていれば、後は構成物質だけで望んだ通りのアイテムを創り出すことができるなんて……」
その構成物質にしても、足りない分は魔力を消費して、万物を構成するマナから補えるのだ。
サフィーネは嬉しそうに続ける。
「王都の工房で何度も失敗していて、良かったよ。図面も何もかも、全部ここに入ってたからね」
そう言うと王女は、指で自分の頭をトントンと叩いた。
「だけど、相当訓練が必要だぞ? サフィーネ」
奴隷兵たちへのデモンストレーションで実質的に対物ライフルを撃ったエリオットが、浮かれているように見える妹に釘を刺す。
「確かに威力は凄いけどさ、反動も大きいよ。俺だから撃てて命中もさせられたけど、『非力な女でも戦える』ってのは無理があるんじゃないかなあ?」
「大丈夫、ちゃんと考えてるよ」
サフィーネはバレットM99を、テーブルの上に置く。
「こういう大口径のライフルは、力のある魔物混じり混じりの方達に使ってもらって。腕力のない人も扱える銃も、ちゃんとあるの」
サフィーネはスカートの裾をたくし上げ、あらかじめ創り出し装備していた拳銃を抜いた。
「グロックっていうハンドガン。威力は対物ライフルに比べるべくもないけど、たとえばゴブリン程度なら充分倒せるよ」
エリオットを見て、機嫌よく微笑む。
「これがあれば、もしかしたら私でも兄貴に勝てるかも」
「ふふっ、いくら速くても、直線的にしか飛ばない鉛玉なんて怖くないよ」
割と本気でエリオットは笑った。
それは自分の技量に対する絶対の自信でもある。
「失礼するだっ」
部屋にミカが飛び込んできた。
「準備できたべ、結構集まっただ!」
「ありがとうミカちゃん。ガラフ君の魔力の回復具合は、どうかな?」
サフィーネは礼を言ってから、別室で休んでいるガラフについて問いかける。
〈
創る道具に対して準備できている構成物質の量・割合によって大きく異なるが、大量創造するとなれば、サフィーネだけの魔力で補える規模ではないと思われた。
「本人が言うには、半分くらいだそうだべ。もう広場に行ってるみてえだ」
「……もう?」
簡易瞑想中のエフォートが驚きに目を見開いた。
「さっき、
エフォートは嬉しそうに身震いする。
横からのジト目に気づかないまま。
「……承継図書の魔法を覚えてすぐ、銃を創り出した私には才能ないのかなぁ」
「えっ?」
「凹むなあ。フォート、ガラフ君とか承継魔法自体は褒めるけど、基本的に私の頑張りについてはノータッチだよね」
「ええっ!? な、ち、違っ……サフィが凄いのは、もう何年も前から知っててっ……!」
サフィーネの恨みがましい言葉に、本気で慌てるエフォート。
瞑想は何処へやら、泡を喰って弁明する。
「そもそも、未知の異世界兵器の図面が全部頭に入ってるとか、その時点でサフィは天才でっ……君が頑張ってきたのは知ってるから、今回の幸運を活かせたのは、サフィの努力を知ってる俺としては当然というか……」
「当然? そっか当然か」
「違、そういう意味ではっ……俺は君がもう本当に凄いって最初っから……ちょっと待て! 笑ってるなサフィ!?」
堪えきれず俯き、肩を震わせて隠しきれない笑いを漏らすサフィーネ。
先程の頭ポンポンの仕返しができたと満足している。
「あの……皆んなが待ってるべ」
困ったミカが声をかけるまで、王女は笑い続けた。
***
広場の中央に積み上げられていた物を何も知らない者が見たら、間違いなくただのゴミの山と思っただろう。
折れて使い物にならなくなった剣や槍、錆びた鎧はなどはともかく。
鉄鍋、木炭、河原の石、あげく畑の堆肥までが積み上げられている。
「なんなんだよ……」
「こんなゴミ集めさせて、どうするつもりだ……」
命令に従いそれらを集めた奴隷兵達は、自分達がバーブフ以上に頭のおかしい主人を持ってしまったと、本気で頭を抱えていた。
そこに、兵舎に行っていたミカが戻ってくる。
「お姫様たちもうすぐ来るべ。皆んなもう少し待っ」
「ミカぁ!! どういうつもりだ、アイツら何なんだ!?」
オーク混じりの男が、ミカを怒鳴りつけてきた。昨日、村門でミカを虐めていた男だ。
「てめぇなんで、王子や王女と知り合いなんだっ!」
「知り合いじゃないべ。昨日、初めて会っただ」
「なんでそれで、てめえを庇った!?」
「そうだ! お前何か知ってんのか!」
オーク混じりに続き他の奴隷兵達も、サフィーネ達を手伝っていたミカに畳み掛けるように問い質し始めた。
「なんでクーデター起こした王族が、こんな村に来た?」
「あの得体のしれねえ魔導具はなんだ?」
「管理権限を移譲されたって、どういうことだ!」
「なんでこんなゴミの山を集めさせる!?」
囲まれミカは狼狽する。
「そっ、そっただいっぺんに聞かれても、オラ、答えらんねえべ!」
「ふざけんなてめえっ!」
オーク混じりはミカに拳を振り上げた。
迫る
奴隷兵たちは心理的に追い詰められていた。
そしてそのストレスは、より立場の弱い者への暴力という形で発散されようとする。
ミカに迫るオーク混じりの拳。
「やめるべ」
俊敏なミカはヒラリと躱した。
「くそがっ、避けんな! おいお前ら、コイツ押さえつけろ! 拷問してでも吐かせてやるぞ!」
「おう!」
「やめておけ。ミカはサフィーネ殿下達のお気に入りだ。後悔することになるぞ」
落ち着いた声が、いきり立った男達を制止した。
声の主は、オーガ混じりの奴隷兵団リーダー。
司祭のいない村の教会にあった鉄製の大鐘を一人で担ぎ、歩いてくる。
「チッ……ギール」
「すべて殿下達が説明してくれる。大人しくしていろ」
「ケッ、てめえといいミカといい、強え奴に取り入るのが得意なのはルース譲りか。竜の威を借る
オーク混じりが忌々しげに吐き棄てるが、ギールは表情も変えない。
「今まで管理兵団に媚びへつらって、陰でミカをいたぶってきたお前らに言えたことか」
声のトーンは抑えられているが、眼光の鋭さに容赦はない。
オーク混じりは慄き、たじろいだ。
「……何を騒いでいるのですか?」
サフィーネが、エフォートとエリオットを従えて兵舎の方から歩いてきた。
「両殿下、エフォート殿。お見苦しいところを」
ギールがやや大袈裟に、脇に控えて膝を折り、首を垂れる。
かつてバーブフたち管理兵団に対しては取ったことのない、敬意の態度。他の奴隷兵達に見せつける為の所作だ。
ミカも慌ててギールを真似て、その場で膝をついて頭を下げる。
「楽にしてギール、ミカ。頼んだ物は集まったかしら?」
ギールの意図を察したサフィーネは、わざとさん付けもちゃん付けもせずに、王族としての風格を以って応対する。
ギールは更に頭を下げた。
「はっ。村の者たち総出で、これだけ集められました」
「そうですか、どうもありがとう」
礼を言われて、奴隷兵たちは騒めく。
人族に、それも隷属対象に礼を言われたことなど初めてだったからだ。
サフィーネへ奴隷兵たちを見回して、胸を張る。
「皆さん、何の説明もなくこのような物を集めさせられて、さぞご不安でしたでしょう」
銀鈴のように通る声が日の落ちた広場に響く。
「これより、その理由をお見せします。……ガラフ君」
「ファイヤーボール!」
広場を囲んでいた松明に、次々と火が灯っていく。
離れた樹上からガラフが火の魔法を放ったのだ。
ゴミの山が煌々と照らし出される。
「お姫様、お待たせっ!」
飛び降りたガラフが駆け寄ってきた。
サフィーネはゴミの山の前へと歩み寄る。
「先程お見せした、神の雷……あれならば魔物を屠ることは簡単です。けれど皆さん、こう思われたのではないですか? それでも一つだけでは、万の軍勢相手では無謀だろう、と」
勘の良いものは、その言葉だけで気がついた。
ガラフは笑みを浮かべるサフィーネの後ろに立って、その背に掌を当てる。
「いつでもいいよっ」
「それでは。これより皆さんに『希望』をお渡しします!」
サフィーネは掌を集積物の山へと向けた。
銀色の魔力の淡い光が、その小さく美しい躰を包み、王女は詠唱を開始する。
「……鉄よ」
エフォートがハッと息を飲んだ。
「綺麗だ……」
他者の魔力を感じ取れるエフォートだからこそ理解できる、彼女の清廉な光に満ちた水晶の如き魔の輝き。
「鋼よ、ニッケルよ、アルミニウム、チタン、合わせ金となり型を成せ! 真鍮、鉛、放たれし砲弾。硫黄、硝石、爆ぜる粉!」
サフィーネの頭上に、輝く光の幕が出現した。
それは術者であるサフィーネにのみ可視化される、膨大な
「その体を為せ、役を果たせ! 我が命と名のもとに、創り出でたるを求む!」
生成物の素材として集められた集積物に、魔力の輝きが緩やかに降りてくる。
その美しい光幕の端が、微かに歪んだように見えた。
(……まずい!)
気づいたエフォートが駆け寄り、サフィーネの魔力を補っているガラフ少年の肩に手を置く。
「えっ? なに、ニイちゃ……」
「静かに。お前はサフィへのパサーに集中していろ」
エフォートにも他者の
だが感じ取れる魔力の気配から、サフィーネがスクリプトに描き切れていない部分があることを察したのだ。
自分自身の魔力はサフィーネが承継魔法を覚える際に渡し枯渇していることから、ガラフを通じて操作する。
「なんだこれっ!?」
ガラフはこれまで経験のない魔力を他者に操作される感覚に焦るが、それでもなんとかパサーを継続する。
大魔法に集中して背中で起こっていることに気づかないサフィーネは、詠唱を続けた。
「……論より飛躍し、因を超え果を示せ! 〈
魔導の輝きが炸裂した後。
一見ただのゴミの山だった場所に、大口径対物ライフルが百丁、整然と並べられていた。
***
「すげえ、これが神の雷……」
「これが、魔力がない奴でも使えるなんて」
「これだけあれば、本当に
事前に凄まじい破壊力を見ていた奴隷兵達は、それぞれ銃を手にして高揚していた。
「お前らに『命令』する! ライフルの砲口を絶対に仲間に向けるな!
エフォートが、興奮している全員に向けて叫んだ。
命令という単語に、ふざけて銃を構えていた何人かが慌てて下ろす。
「時間がない!
「オレが撃ち方、教えるよっ!」
エフォートの言葉を受けて、エリオットがヒラヒラと手を振った。
エリオット自身、つい先程サフィーネから口頭で使用法を教えられたばかりだが、天才的なセンスにより数回の試射で、あっと言う間に扱いをマスター。皆の前でのデモンストレーションでも、一撃で目標に命中させてみせた。
「腕力に自信のない方は、『神の雷』には不向きです。今夜はまず休んで下さい」
サフィーネがエフォートの後を引き継ぎ、指示を出す。
「明日の朝には、反動の小さい別の種類の『神の雷』を用意しておきます。ガラフ君も休んで、また
「まかせとけって!」
快活に返事をするガラフ。
そこでハッと気付いたように口を開いた。
「あ、でもお姫様! さっきの魔法やるなら、お姫様と俺だけじゃダメだからね」
「えっ?」
「だってさっきもニイちゃんが」
「殿下、後はお願いします。エリオット王子と一緒に対物ライフルの指導を皆に。王子だけでは不安ですので」
ガラフの言葉を遮って、エフォートが割って入った。
「彼だけでは不安ですので」
「……そうね」
サフィーネは、さっそく奴隷兵達に説明を始めた兄に視線を移す。
「いいか、『神の雷』は撃つ時に暴れんだ。だからグッと抑えてドパンと」
「こ、こうですか?」
「違う違うっ、それじゃガッと抑えてんじゃん。グッだよ、グッ!」
「???」
まずは構え方から教えているようだったが、効率は悪そうだった。
「……感覚型だなあ、兄貴は」
「フォロー、お願いします。ガラフは俺と瞑想だ」
エフォートがガラフの肩に手を置く。
「ついでに、いくつか役に立ちそうな魔法を教えてやる」
「マジで? やたっ!」
「後はギール、非力な亜人混じり用のライフル創造に使う、素材をまた用意しておいてくれ。必要な物は同じだ」
「了解した」
「終わったらすぐ、俺のところに来い。作戦を立てる。
「心得た。ミカ、来い!」
「分かったべ!」
ギールは頷くと、すぐに対物ライフルは行き渡らなかったが体力はありそうな者達を連れて、ミカと共に素材集めに向かった。
サフィーネはエリオットのサポートへ、そしてエフォートはガラフとともに兵舎へと戻る。
「……なあニイちゃん、ニイちゃん達は、いつ寝るんだ?」
「寝ない」
「え?」
「三百の手勢で万の魔物を倒すんだ。寝ている暇などない。俺たちは、神に絶対の力を与えられた主人公じゃない。努力しなければ、死ぬだけだ」
「うへえ……」
そうして、それぞれに時は過ぎていった。
各々がやるべきことに、持てる力を費やして。
(グフフ……)
否、そうでない者がいた。
牢に拘束されている管理兵団長バーブフは、下卑た笑みを浮かべている。
(約束など守る必要はない。あの王女も王子も、そして魔術師も、とんだ世間知らずだ。こんな辺鄙な村に左遷させられて五年、ようやくチャンスが巡ってきた。反逆者討伐と
カタッと牢の外から、足音が響いた。
「……来たか、遅いぞ」
バーブフは現れた人影を見て、ニタリと笑った。
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